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ギロチンと首と 1/2

 探偵のもとに、三件目の首無し死体が発見されたとの報が寄せられたのは、夜も深まった深夜零時過ぎのことだった。床に入りかけていた探偵はすぐに身支度を調えると、迎えに来てくれた警部の覆面パトに飛び乗った。


「死体の状態は前の二件と同じ。手首が後ろ手に縛られていた。だが今度は凶器が現場に残されていた。君の推理どおりのな」

「では?」

「ああ……」覆面パトの運転席で警部は、ごくりと一度喉を鳴らしてから、「被害者の首を切断したのは、やはりギロチンだった」


 探偵は深く息をつくと、助手席の背もたれに深く体を預けた。


「死体発見と通報の経緯は、こうだ」


 警部は話し始めた。

 日付が変わる少し前、ひとりのホームレスが河川敷を歩いていると、橋の下に何やら大掛かりな物体があるのを見つけた。そのすぐそばでは、ひとりの人物が中腰になって作業している姿も見受けられる。近づいたホームレスの足音を耳にしたのか、その人物は突然、ぴたりと動きを止めた。その日は雲のない夜で月明かりが地上を照らしていたが、橋の下は直上に架かる橋自体が遮蔽物となっているため、月光はその人物の足下にしか届いていない。よって顔を見ることは出来なかったが、ホームレスは代わりに別の顔を目撃することになる。顔は謎の人物の足下にあった。その顔の正体を知ったホームレスは腰を抜かして悲鳴を上げることになった。彼は、謎の人物の足下に転がっている生首と目を合わせてしまったのだ。

 謎の人物は数瞬だけ逡巡したような素振りを見せたが、すぐに行動を開始した。そばに立つ物体に向き直ると、何かを引き上げるような音と、ロープのようなものを刃物で切断した音が聞こえた。直後、ガチャンという落下音。続いて即座に、足下にある生首の頭髪を鷲掴んで持ち上げると、謎の人物はホームレスが歩いてきたのとは反対方向に走り出した。足音はすぐに聞こえなくなり、バタンという車のドアを閉めるような音に続きエンジン音が鳴った。その人物は車、正確にはトラックに乗り、その場から逃走したのだった。

 携帯電話など持っていなかったホームレスは、堤防を越えて近くのコンビニに駆け込み、そこから110番への通報が成された。


「駆けつけた警官が、橋の下で首無し死体と凶器を発見したわけだ」

「凶器って、ギロチンを、ですね」

「そういうことだ。被害者の体はギロチン台からどかされ、地面に置かれた状態だった。犯人は恐らく、ギロチンを解体して、用意してきたトラックに積み込もうとしていたんだろう」

「その最中を運悪く目撃されたということですね。僕らにとっては幸運なことでしたが」

「まったくだ」

「それで、その逃げた犯人とトラックは?」

「すぐに非常線を張ったが、犯人が君の推理どおりの男だとすると、引っかかりはしないだろうな。時間からいって警察が出動した頃には、すでに自宅に戻っているはずだ。現場からやつの自宅まで、車なら十分とかからない。目撃者のホームレスが携帯を持っていないことが仇になった。現場からコンビニまで走るだけで、十分程度なら軽く消費してしまう」

「そうですか……」

「話にもあったとおり、目撃者のホームレスは犯人の顔を見ていない。車のほうもナンバーは見ておらず、シルエットから漠然とトラックだということが分かっただけだそうだからな。そっちの証言から突くのも無理だろう。まあ、一応明日の朝になったら話を訊きに行くが、恐らく無駄だろうな。今までの例からすると……」

「ええ、被害者の死亡推定時刻には、確固たるアリバイを持っているでしょうね。あの、明石(あかし)は。今までの二件同様」


 ハンドルを握る警部は黙って頷いた。



「男の首無し死体がありますよ」

 そう警察に通報があったのは、二週間前のことだった。通報者の声はヘリウムガスを吸ったか、変声機を通したように加工されていた。指定された町中の未使用倉庫に警察が駆けつけると、通報どおり男性の首無し死体が発見された。両手は背中側に回されて縛られた状態だった。着ていた背広の懐には財布が残されており、免許証からすぐに身元は割れた。


「ひとり目は、町金の社長でしたね」


 探偵は運転席側を見て言った。そうだ、と警部は、


「町金とは言っても、暴力団の資金源になっている半分非合法の店だ。正規の金融会社のブラックリストに載った顧客が相手なのをいいことに、かなりあくどい商売を重ねていたらしい」


 それから一週間後、またしても首無し死体が出る。事件が発覚したのは、またしても加工された声での通報からで、今度の現場は、繁華街の裏路地に面する雑居ビルに囲まれた狭い空き地だった。この死体にも財布が残されており、


「二人目の被害者は、少女売春斡旋組織の親玉でしたっけ」

「そっちは完全に非合法の組織だな。家出少女や、夜の町をぶらついている女性を言葉巧みに捕まえては食い物にしていた、とんでもないやつだったよ」


 警部の表情がことさら険しいものになった。

 これら二件の首無し死体には共通した特徴が見られた。両手が背中で縛られていたことと、首の切断面が極めて鋭利な刃物にて一撃で切断されていること。傷口の状態から同じ凶器によるものであることも検死によって太鼓判が押され、二つの死体は同一犯による犯行であることが確実視された。加えて首の切断面には生活反応があり、現場に残された(おびただ)しい血液量から言っても、被害者は死体発見場所にて首を切断されたことが死因であることも間違いないとされた。

 当初、凶器は日本刀のようなものであると考えられ、一刀のもとに首の切断が成されていることから、暴力団関係者から剣術道場の師範まで、刀の腕に憶えのあるものが次々に容疑者として挙げられた。が、動機、アリバイなどの問題もあり、警察は一向に容疑者の的を絞れずにいた。



 二件目の死体が発見された直後に、この奇怪な首切り事件の相談を警部から持ちかけられた探偵は、二つのことに疑問を持った。まず、容易に死体の身元が割れる状態であったにも関わらず、犯人が被害者の首を切断して持ち去った理由。警部の話によれば、身分証明書がなくとも、死体の身元を特定するのに難儀はなかったということだった。被害者は両名とも元暴力団構成員であったため、指紋に加えてDNA情報までも警察のデータベースに保管されていたためだった。探偵曰く、


「であれば、切断した首を持ち去ったのは、死体の身元隠蔽以外の理由があったということですね」


 そしてもうひとつの疑問は、


「そもそも、どうして首の切断なんていう面倒な手段で殺さなければならなかったんでしょうかね?」


 第二の現場を訪れた探偵は、そこで三つ目の疑問に遭遇した。死体が発見された空き地を囲むビルのひとつは、近々解体が計画された物件で入居者はすでになく、空き地に面した側にある裏口も施錠されていない状態だった。探偵の疑問は、すなわち、


「殺すなら、このビルの中でやればよかったはずです。どうして、わざわざ屋外で殺害したんでしょう?」


 これらの疑問から、探偵は一種荒唐無稽な凶器を推理した。


「警部、もしかして凶器はギロチンなのでは?」

「な、何だって?」


 探偵の事務所でそれを聞いた警部は、含んでいたコーヒーを噴き出しかけた。探偵の推理はこうだった。


「二件目の殺害が屋外で行われたからですよ。ギロチンというものは高さが五メートルくらいあるんです。そんなに高さのあるものを屋内に持ち込めるわけはありませんから。それくらいの高度から鋭利な刃を落下させるため、一撃のもとに人間の首を切断可能なわけです。殺害方法とも一致します」

「ビルの中で殺害しなかった理由がそれか? そういえば、一件目の現場も倉庫だから天井が高かった。五メートルのギロチンを立てることなんてわけない」

「ありえるでしょ?」

「だ、だが、どうして犯人は凶器にギロチンなんて代物を使ったんだ? 運搬するだけでも大変だぞ」

「それですよ警部。現場付近で、ギロチンを運べるような怪しいトラックの目撃情報がないか、調べてもらえませんか?」


 警察の聞き込みと付近の監視カメラの映像により、死体発見の前後に、現場近くでレンタカーのトラックが通行していたことが掴めた。



「きちんとした業務用のもの以外で、怪しいと言えるトラックはこれくらいだな」


 後日、探偵の事務所を訪れた警部は応接テーブルの上に、トラックが写った数枚の写真を広げた。


「荷台が完全に囲われた、アルミバンと呼ばれる車種ですね」探偵も写真を覗き込んで、「荷物の積み卸しに使うパワーゲートも装備されているから、ギロチンの運搬も容易に可能ですね。このレンタカーの借り主は?」

「当然調べた。明石という名の家具職人だ」

「家具職人?」

「ああ、店舗や個人からオーダーメイドで受注した家具を作っている。そういった商品の運搬のため、トラックをレンタルすることはよくあるそうだ。自分でトラックを持つより、その都度レンタルしたほうが維持費や何やらと比べると安く済むらしい」

「なるほど。で、肝心の……」

「そっちも抜かりはない。この明石という男、随分前に奥さんと病気で死に別れていてな、さらに、ひとり娘も亡くしてる」

「それって、まさか」

「その、まさかだ。娘の死因は自殺だ。おかしな男に騙されて借金を抱えて、一時は違法風俗で働かされていたらしい。その金を借りた相手と違法風俗の店主というのが……」

「ひとり目と二人目の被害者」

「そういうことだ」

「動機的には完全に黒ということですね」

「ギロチンで斬首するなんていう――君の推理が正しいとしてだが――猟奇的な犯行方法も、娘の復讐という目的であれば納得いかないでもないしな。だが……」

「何か障害が?」

「大ありだ。アリバイだよ。明石は被害者の死亡推定時刻のどちらも、町の食堂で食事をしているところを目撃されている。通報が早かったおかげ、と言っていいかは分からんが、死体はどちらも死後間もない状態で発見されている。だから死亡推定時刻の絞り込みが容易で、その幅は十分しかない。明石のアリバイはその十分間に完全にまたがる」

「明石は難攻不落のアリバイを持っているというわけですね」

「そうだ。だが、怪しい点がないわけじゃないんだ」

「何ですか?」

「明石がいた場所だ。どちらの場合も明石は、死体発見場所から車で十分程度しかかからない食堂やファミリーレストランにいたんだ、おまけに、そのどちらでも明石は店員と些細なトラブルを起こしている。だから店員もやつのことをよく憶えていて、アリバイが立証されたんだ」

「明らかに作為的なものですね。そうであれば、事件の通報者も明石自身で間違いないでしょう」

「ああ、できるだけ早く死体を発見させて、死亡推定時刻の幅をなるべく狭まらせるためだな。自分のアリバイがより強固なものになるように」


 そこまで言うと警部はソファに背中を預けて、


「明石の家宅捜索が出来れば一発なんだがな。君の推理どおり凶器がギロチンであれば、そんな代物を家に隠し通すことなど不可能だ。持ち去った生首も見つかるかもしれないし、そうでなかったとしても、何かしらの物証が出てくると思うんだが……」

「現時点で何の証拠もないのに、令状が下りないでしょう。明石はそこまで分かって犯行に及んでいるのでしょうね。で、犯人は明石に間違いなく、動機が娘さんの死にあるとしたなら、次に狙われそうな人物も割り出せそうな気がしますが」

「それも押さえてある」


 警部は、懐から柄の悪い男性が写った写真を二枚取りだして、


「こっちが、明石の娘が働かされていた違法風俗店で用心棒のような仕事をしているチンピラだ。調べによると、娘さんは一度店を脱走しかけて、それをこの男に見つかって手ひどい暴行を受けている。そしてもうひとりは、娘さんが借金を抱える直接的な原因となった、当時付き合っていた男だ」

「この男たちの身辺に――」

「言われなくても、警官を配備してるよ。だが、こういった連中のことだ、いつ警察の監視の目を抜けてしまうか分からんがな」


 三人目の被害者となったのは、用心棒のほうだった。



 警部と探偵は現場に到着した。真夜中ではあるが、警察の用意したライトで現場周囲は真昼のように照らされている。


「明石――犯人の指紋が残っているとは期待しないほうがいいだろうな」


 警部がそびえ立つギロチンを見上げて言った。


「ええ、ここまで用意周到なやつですからね」

「目撃者が聞いたという音の正体は何だと思う?」

「それはすぐにわかりました」探偵はギロチンに近づいて、「あれですよ」


 と、ギロチンのてっぺん辺りを指さした。そこにはギロチンの刃を繋ぐロープを通す滑車が取り付けてあり、そこからわずかにロープの先端が飛び出ていた。


「犯人は逃走する直前、ロープを引いて刃を持ち上げ、そのロープを途中で切断した。それによって刃は再び落下したんです。目撃者が聞いた音と全て一致します」

「確かにな……だが、どうしてそんなことをしたんだ?」

「ロープを持ち去るためでしょう」

「ロープ?」

「そうです。現場から切断されたロープは見つかっていませんよね」

「ああ、そういう報告はない。だが、どうしてそんなことを?」

「それはまだ分かりませんが、犯人は、どうしてもそれを現場に残していくわけにはいかなかったのでしょう。目撃者が腰を抜かしてくれたからよかったですが、取り押さえようと跳びかかってくるような果敢な相手だったら、ロープを切るわずかな時間さえも致命的だったはずです」

「あっ、その部分だけ犯人の指紋がついていたとか?」

「ここまで周到な犯人が、そんな初歩的なミスをするでしょうかね。作業中も当然手袋はしていたと思われますし……」


 ギロチンのそばを離れた探偵は、


「ちょっと、今までの状況を整理してみましょうか。犯行に使われた凶器は、やはりギロチンで間違いありませんでした。最初の二件では犯行後、犯人は現場からギロチンを持ち去っています。それ自体はいい。何の疑問もありません。次の犯行でも使うのですから。でも、切断した頭部まで持ち去ったのはなぜでしょう? 財布などの所持品が残されていたことから、被害者の身元隠匿が目的でないことは明らかです。

 三件目である今回の犯行時、犯人はいつものようにギロチンと頭部を持ち去ろうとしましたが、その現場をホームレスに目撃されてしまいました。そこで犯人が取った行動は、即座に逃げることではなく、多少の時間を割いてでも生首と、そして、ロープを切断して持ち去ることでした。拾い上げるだけでいい生首は理解できるにしても……どうして切断するという手間をかけてまでロープを持ち去ったのでしょう? それは当然、そこに何か重要な手掛かりがあったからです。現場に残してはまずい何かが……警部、他に遺留品などは見つかっていませんか?」

「おい」


 警部は近くを歩いていた鑑識員を呼び止めて話を聞いた。


「事件に関係があるかは分からんが、数本の歯が落ちていたそうだ」

「歯?」

「そうだ、明らかに人間のものだ。まだ新しく、つい最近抜けたものらしい」

「歯……持ち去られた頭……後ろ手に縛られた死体……そしてロープ……」


 探偵は呟くと、両手を組んで額に押し当てた。これが探偵が思案を巡らせるときの癖だった。しばらくして手を解いた探偵は、


「分かった!」

「何がだ?」

「犯人が頭部を持ち去った理由ですよ!」

「本当か?」

「犯人は、アリバイトリックを暴かれることを恐れて首を持ち去ったんです」

「首がアリバイにどう関係するんだ?」

「警部、犯人、明石が現場から持ち去ったのは、正確にはギロチンと頭部だけじゃなかったんです」

「何? 他には何を?」

「歯ですよ」

「はっ?」

「明石は現場に散らばった被害者の抜け歯も持ち去っていたんです。今度の場合はそこまで回収することは出来ませんでしたけれどね」

「待て、どうして現場に被害者の歯が残っていたんだ?」


 探偵は警部の疑問には答えず、


「警部、こうなったら、明日の朝に勝負を掛けます」

「勝負? 明石にところに行くのか? だが、今の段階で令状は……」

「ええ、だから、民間人の僕がひとりで行きます」

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