逆ハーEND目前、まったく堕ちない書記くんにしびれを切らしたヒロインが、偶然見かけた彼に嫌がらせとして集団で絡んでみた結果
一部修正致しました(2019/05/10)
「……ふぅ」
山奥に建つ煌びやかな校舎、ありえないほどの金額をかけて造られたそこには、十五を迎えた令嬢令息が通っている。彼らはここで三年間かけてさまざまなことを学ぶ。他と協力し、他と競い合い、人として成長し、卒業していくのである。
そんな校舎の最上階に位置する生徒会室で、黒羽怜衣は大きなため息をついた。
年齢に似合わぬそれには疲労の色がにじみ出ていて、淀んだ切れ長の両目の下には酷い隈があった。普段は綺麗にとかされているであろう髪は、この頃の忙しさを表すように跳ねまくっている。
大きく伸びをした怜衣は、足の踏み場が見あたらない教室を見渡して、苛立ち紛れに頭をかきむしった。
原因はわかっている。生徒会長含む生徒会役員たちの仕事放棄だ。書記の玲衣を残して彼らは遊び歩いている。
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すべては今年の四月、庶民の転校生がやって来たところから始まった。
天美愛良。
小柄で庇護欲を誘う見た目。自分を熟知し計算された可愛らしさ。男に求める言葉を与える口。常識が欠けた頭脳。
『あざとい肉食系女子』。
これが怜衣の愛良に対する評価だった。偶然を装って富豪の息子たちに近づいていく姿は、まるで獲物を定めたハイエナだ。「なんだか苦手なタイプの人間が来たな」くらいに思っていた。
だが、他の生徒たちは違ったらしい。
生徒会長は生意気なところが気に入ったと言う。
副会長は素を認められて気に入ったと言う。
会計はセフレを怒られたから気に入ったと言う。
双子庶務はそれぞれが見分けらたから気に入ったと言う。
保健教師は純粋さが気に入ったと言う。
数学教師は優しさが気に入ったと言う。
風紀委員長はまっすぐな姿勢が気に入ったと言う。───
なにかおかしいぞと怜衣が気がついた頃には、役職持ちの全員が愛良によって仕留められていた。
とはいえ、その誰もが仕事はきちんとこなしていたし、きっといつかは冷める。なら転がされててもいいかと放っていたのだ。
しかし、5月を過ぎた辺りからそれが瓦解し始めた。
一般生は許可なしに立ち入りできないはずの生徒会室に愛良を連れ込んだり、生徒会特権で授業に参加せず遊んだり。
食堂で騒いでも風紀委員長は注意するどころか、自らハーレムの一員になる体たらく。
見かねた生徒たちに警告されれば家を潰すぞ発言。
怜衣がギャアギャア煩い彼らを生徒会室から追い出せば、「黒羽が仕事をボイコットしている」なんてありもしない虚言をわめき散らす。
彼らの人気は急速に落ちていった。去年のときのようにキャアキャア言われなくなっているのに気づかないのか、憐れなくらい威張っている。そして怜衣のストレスは溜まり続けている。
アホの尻拭いはさせられるわ職務は滞るわ、授業に参加できないわ。おまけに苦労して実行したイベントごとには嬉々として現れて場を荒らしていくわ。
「クソ野郎どもがああああああああああああ!」
思いっきり叫んだ怜衣を責められる者は誰もいない。
今では不憫な人として学園に認識されていて、仕事中の差し入れも増加中だ。怜衣の体調を慮ってちょこちょこと差し入れを持ってきてくれる彼や彼女らだけが怜衣の癒しである。
(……食堂でなんか食べるか)
遠い目で回想を終えた怜衣は一週間ぶりに外に出ることにした。いい加減ちゃんとしたものが食べたかったのもあるし、このまま部屋にいては気が滅入ってしまう。
痩せこけた怜衣に、廊下に溢れる生徒は気遣わしげな視線を送った。誰も彼もが自然に道を空けていく。怜衣はそれに「ありがとう」と手を振って、よろよろ食堂へ入った。
「日替わりAセット頼む」
「…大丈夫ですか? 顔色悪いみたいですけど…」
掠れた声を心配されて、怜衣はほの暗く笑う。
「はは……一週間、軽いものしか食べてない。休む暇もないんだ。生徒会はブラックだよ。入らなきゃよかった」
「……デザートおまけしときますね」
「恩に着る」
プレートを受け取って、窓側にポツンと空いた席に腰をおろす。
久しぶりのまともな食事は美味しいものの、食べなさすぎて狂った胃はなかなか食べ物を受け付けない。
それでも咀嚼して飲み込む怜衣に「頑張って~」と心中で応援をしていた生徒たちは、廊下から聞こえてきた声に眉をしかめた。
「今日も俺様の愛良は可愛いな」
「何を言うのかと思えば…愛良は私のものですよ」
「「ちがうよ~あーちゃんは僕のだよ~」」
「えー、愛良ちゃんは俺のでしょ?」
「天美愛良…俺では駄目か?」
「愛ちゃん。保健室で個人授業なんて、どう…?」
「天美、その…補習受けに来ないか?」
「うふふ。もぉー、愛良はみんなのものだよ?」
例の逆ハーレム群襲来である。
生徒の一人が素早く怜衣の周りを固めるような席取りを指示、ドア付近の生徒は問題が起こっても対処できる教師を呼びにいくため走り出す。
守られている本人は気づかぬまま警戒体制は整えられ、ピリピリと張りつめた空気がその場を包む。
「あ。見て見て、季節限定のケーキだってぇ~! 愛良、食べてみたいかも」
「俺様がすぐに準備させよう」
「愛良、私の隣に座ってください」
「「僕たちの隣でしょ~?」」
「愛良ちゃんおいで?」
「「「「……愛良愛良うるせぇ」」」」
生徒たちは揃って小さく悪態をついた。表立ってつけないのは、彼らが一流企業や財閥の子息であり、不興を買いたくないからだ。
喧しい軍団にようやく怜衣は顔を上げ、メンツを確認して手にしたフォークを握りしめた。荒れ狂う怒りを無理やり抑え込もうとしているらしいが、握力でフォークが曲がっている。そのうち折れてしまいそうだ。
愛良は取り巻きに勧められたとおりに座って、辺りをキョロキョロ見渡したのち、にやぁと傍から見れば嫌な笑みを浮かべた。
「あ~!書記の怜衣くんだぁ」
「なんだと!?」
「なんですって!?」
「「裏切り者だ~!」」
「ファンの子と生徒会室で遊んでるんだっけ?」
「黒羽怜衣…風紀を乱している馬鹿か」
「学校でそういう行為は慎んでほしいな」
「黒羽、反省文を書いて提出しろ」
ぐにゃり。
「…おい、黒羽様のフォーク折れたぞ」
「怜衣様はストレスが溜まっていらっしゃるのよ…」
「避難させた方が…」
怜衣は「まあ落ち着け落ち着け俺まで問題起こしたらいろいろ終わるだろとにかく落ち着くんだ平常心」と何かの呪いのように呟いていた。
そんな怜衣に怖がることなく近づく愛良。
わざとらしいほどにゆっくり、お供を引き連れてやってくる愛良に怜衣の呪いは量を増していく。
「怜衣くん、一緒に座ってい~い?」
「(平常心平常心)……他の生徒が座ってるから。断る」
「そうですよ愛良。阿呆がうつったら大変でしょう?」
「「向こうで食べよ~よ」」
メキッ。
「……黒羽様のコップにヒビが入ったぞ」
「……ス、ストレスよ」
「……」
こんなことで動揺する愛良ではない。怜衣の隣に座っていた男子を見てにやりと笑う。
「ねえ、その席、愛良に譲ってくれるよね?」
「え…いや……」
「愛良ちゃんに譲らないとかオカシイでしょ」
「「普通は譲るよねぇ~」」
「俺様の愛良が座りたいって言ってるんだから退けよ」
「………」
無駄に強大な権力に立ち向かえるほど、彼は裕福でも勇者でもなかった……。
無言で立ち上がった男子生徒に向かって、一斉に非難と軽蔑の眼差しが送られる。が、もうひとつ立ち上がった影に和らぐ。
「怜衣くん?」
「黒羽怜衣、どこへ行くつもりだ?」
「…生徒会室。茶番に付き合う暇はないんで」
「忙しそうなフリもいい加減にしておけ、黒羽。そんなにも天美の気を引きたいのか」
「具合が悪いなら保健室に行ったらどうかな…? いや、都合が悪いなら、だね…」
(((何いってんだ馬鹿教師。お前らの目は節穴か!)))
食堂にいる生徒全員が同じツッコミを繰り出して──もちろん心の中でだ──いると、怜衣は俯いた。細かく肩を震わせている。
「………んで」
「なんか言った?聞こえないんだけど~」
「な、んでっ…誰も、俺の言うこと、信じてくれないんだよ……っ!?」
「「「「「「…え?」」」」」
怜衣は目を見開いたまま、ぽろぽろと涙を落とした。我慢の限界によって涙腺が決壊したのだ。
静まりかえる食堂。ハーレム群たちも予想外の展開に言葉をなくして黙っている。愛良ですら困惑している。
「俺はっ、何度も仕事が溜まってるって、ちゃんとしてって、言ったのに……、俺を無視するくらい、嫌いかよ…」
「いや、べ、別に、好きではない……」
「うわぁあああああああ!!!」
代表で生徒会長が答える。怜衣はついに大声で泣き出した。
批難の視線に堪えきれなかったのか、彼は「好きって言ったらホモだろうが」と言い訳した。
「もぉやだ…どんなに頑張っても仕事減んないしっ…、誰も帰ってきてくれ、ないし…」
「それは貴方が生徒会室を封鎖していたからでですね……」
「だって、ッグ、その女連れこむじゃん…っ! うるさくて気が散るから止めてって、っ、説明したのに…」
副会長はばつが悪そうに押し黙った。
双子が戸惑いながら怜衣を見る。
「「れーくんは……」」
「ヒッグ……気安くあだ名付けて呼んでんじゃねぇよクソが。てめえらのせいで連日休めねぇしふざけんなよ。だいたい双子だからシンクロとか気持ち悪りぃ」
「「「怜衣様が壊れた」」」
怜衣は開き直った。どうにでもなれ。
双子は誰からも言われたことのない暴言に固まった。
役員の中で比較的マトモな人であるチャラ男会計は恐る恐る怜衣に歩み寄る。
「あー、く、黒羽くん? 具合悪かったのは本当だったんだね、分かったから保健室に……」
「保健室のセンセーがそこにいるのに? ハッ、ざけんな。給料支払われてんだ、仕事しろよ仕事。俺なんか給料出ねぇのに連日仕事してるわ。お前が女に傅くために学校は雇ってるワケじゃねぇっての。この給料泥棒が」
油断していたホスト教師は流れで傷つけられた。呆気にとられていた愛良は、恐ろしい顔で睨みつけられて怯えたように一歩下がった。
怜衣を宥めようとして逆に被害者を増やしてしまった会計は慌てている。
「じゃ、じゃあアレだ、別の教室で休もう? 今の黒羽くんは混乱してるんだよ! 頭を冷やした方がいいって」
「はぁあああ? 頭冷やすのはそっちのほうだ、たかだか一生徒に夢中になりやがって。お前らなんて言われてるか知ってる? 犬だぜイヌ!! たった一人を馬鹿みてぇに追っかけ回して取り合って、そのために責任とか放り出して、こんなのが優秀とか信じらんねぇ!」
"犬"の部分で会長たちはビクリとした。他生徒の方を振り返れば誰も自分たちなど気にしていない。ひたすら怜衣を心配そうに見ていた。
「生徒会入ったときはこれから仲良くやってけるかなとか思ってたのに、とんだ期待はずれだ。もうムリ、こんな奴らとどうこうするとかムリ。もうおれ、生徒会辞める」
その一言に歓声が上がる。令嬢の一人に白紙とペンを手渡された怜衣は生徒たちの方を向く。
「リコール届けに署名してくれるやつ、集まって」
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あれよあれよとコトは進み、(先生たちには必死に引き留められたが)怜衣は生徒会を辞めた。
ついでに元仲間と顔を合わせたくないとクラス替えを希望し、転入先のA組にはあたたかく迎えられた。
あの後、生徒会長と会計は冷静になったのか生徒会室に向かい、書類の山を見て卒倒しかけた。今は懺悔の言葉と悲鳴を上げながら片付けている最中らしい。
副会長と双子庶務も一時は反省していたが、結局は変わらず愛良に引っ付いたままで、見かねた校長から彼らの保護者に話が伝わり、愛良ともども学園から姿を消した。軟禁されているだとか男子校に移されただとか、噂は飛び交うが、真偽は定かではない。
保健教師は生徒たちの視線に耐えられず自主退職。数学教師は何事もなかったかのように振舞っているも、他の教職員にチクチクと刺される嫌味で学校内では常に顔をひきつらせている。
風紀委員長は委員長の自覚が足らないとして、ただの風紀委員に格下げされた。厳しい監視の目に肩身を狭くしつつ、真面目に働いているそうだ。
耳にした怜衣は笑った。
「ざまぁ!」
続編はございません。
*気が向けば登場人物の解説を載せる予定です。
ありがとうございました。




