おつかい魔王
僕は魔王。ごく普通の男の子さ。
今日はお使いを頼まれたんだ。誰からって?僕のお父様の友人で、僕の教育係りのタートルさんから、頼まれて、パン屋におつかいなの。
魔王城からちょっと遠く離れた人間の城下町。
おいしいパンを十六個、魔王城の幹部に配れるように、おつかいおつかい、行ってきます。
闇の森を通って
泉のそばでひと休み
スケルトンの屋敷を通って
ご領主さん、お邪魔しました
そして、長い長い下り坂を通り抜けたら、
人間さんの城下町に到着!
けど、随分と静か。
魔王城の城下町とは大違い。人気がなくって、寂しい。
それでもパン屋さんはやってるかもしれない、とてくてく歩く。
足が疲れたなぁ。
普段座ってばかりいるからかなぁ。
やっと目の前にあるパン屋さん。誰もいないのかな、真っ暗だ。
「ごめんくださーい」
僕への返答は何もなし。変なの。
やってないのかな。そうだ、やってないんだ!
今日はいい日、いい天気。白い太陽がテラテラ光って、ふくろうウキウキ鳴いている。
おつかい失敗。
やってなかったよ、パン屋さん。人がいないんだもの、当然ね。
長い長い坂道を上って、
リッチなご領主さんに挨拶して、
闇の森の泉を渡って
ただいま!
教育係りの記憶
お前が拾ってきた小さな子どもは、魔王としての力は十分でも、知力が足りていなかった。
今もそうだ。
人間からの略奪を期待して城下町まで出掛けさせたというのに、人がいなかったからと手ぶらで帰ってきた。
「おつかい失敗しちゃった?」
ああ、失敗だ。失敗だとも。
今は赤い太陽が沈んだ夜。人間どもが店を開いている訳がない。
所定の位置に収まっている魔王が歌うように言った。
「幹部の人たちがっかりしてるかなぁ」
がっかりしていることだろうさ。
この上なく人間的に全うに育ってしまった魔王に、落胆しないはずがない。
人間に攻撃することに消極的な魔王なんてな。
ああ、お前との会話が恋しいよ。
意思が通じ合うという意味がどれだけ大切なのか思い知ったから。どうか。
「タートルさんはお父様が好きなんだね」
そうさ。おまえよりかはずっと、好きだったさ。
おまえがあいつの傷を治してくれれば、どんないいか。
傷が治れば帰ってくるなんて、とんだ夢物語だと知っている。
だけど、そう願わずはいられない。
「でも、会わせてあげられないの」
いつも願いは叶わない。
分かってる。決まっているんだ。
魔族の性質が、それを束ねる魔王の性質が、望まれていることに反する、だから。
永遠に、絶対に叶うはずがないんだ。
「もう寝るよ、タートルさん」
好きにすればいい。
そう思ったときには魔王の姿はなかった。
どうせ寝室まで転移したんだろう。
確認するのも億劫で、そのまま眠ってしまった。
「おやすみなさーい」
2020.3.23 設定に矛盾があったので後書き部分を一部修正。