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作者: とある貝
掲載日:2017/08/07

部屋の時計は、午後三時少し前を示している。

僕はあまり、デジタル時計が好きではない。液晶に表示された数字の列は、反論の余地なく現在の時刻を映し出す。そこには余白もなければ、にじみもない。境界は常に明確で、その何を差し挟む余地もない感じが、僕には合わない。

シンプルな木造アパートの三階、六畳一間の僕の部屋に置かれているのは、レトロな雰囲気のアナログ時計だ。表記はローマ数字で、ローマ人ではない僕にとっては、それを見ると同時に判別することは難しい。僕はいつも、この時計から輪郭のぼやけた時間を受け取る。

僕の部屋には、この愛すべきアナログ時計のほかに、ブラウンのテーブルが一つと、簡易な折り畳みベッド、そして淡い山吹色の本棚が一つ置かれている。フローリングの床に合わせて、木製の家具で統一した僕の部屋は、それらの醸す柔らかい空気で包まれている。ベッドは枕が北に来るように置かれ(僕は風水などにはあまり興味がない)、その足元、つまり南側に簡単なベランダがある。本棚はベッドの反対側にあり、そこには僕の好みの本(ほとんどが小説だ)が窮屈そうに並んでいる。僕の小説の趣味については、あまり語るつもりはない。おおむね、時計の趣味と一致している。

僕は日曜日の午後を、その決して広くはない部屋で、コーヒーを飲みながら小説を読んで過ごしていた。窓の外では、雨がさらさらと世界をいたわるように降り注いでいる。室内にはコーヒーの香りと、雨の日特有の木々のむせ返るような空気感が漂っている。

今、僕の手にあるのは、カポーティの「ティファニーで朝食を」。原文で読めたらどんなに素晴らしいだろうと思うのだが、英語力の枯渇という実際的な問題により、今僕が読んでいるのは訳書である。

普段はたいてい音楽をかけているのだが、今日は何も流していない。あたりに響いているのは降り注ぐ雨の音のみであり、僕は日曜日の午後のBGMに、この雨音を選んだ。


ホリー・ゴライドリーが主人公におしゃれな鳥かごをプレゼントしたあたりで、僕のケータイが着信を知らせた。一般的な、ライン電話の通知音。読みかけの本に多少の未練を感じながら、スマホを手に取る。

電話は、予想したとおり彼女(といっても、恋人のことではない)からだった。画面の電話マークを横にスライドし、機械の向こうの彼女に問いかける。

「どうしたの。」

特に要件があるわけではない。そんなことは承知しているけれど、儀礼的に。

「雨が、あなたに電話しろっていうから。」

彼女の町にも、雨が降っているらしい。付け加えておくと、僕が住んでいるところと彼女の住んでいるところとでは、天気予報は違う地域を見なければならない。

「随分と」

少し、間を開ける。人と喋るときの、僕の癖だ。

「気の利いた雨だ。」

スマホの向こうの彼女の雰囲気が、少しだけ和らいだ、気がする。

「雨は好き?」

「…うーん」

彼女は基本的に、僕の問いかけには真摯に反応してくれる。

「優しい雨なら。」

「優しい雨、って言うと」

「霧雨とか?」

「ううん、違う。」

彼女が言葉を探す。自分の中に漠然と浮かぶイメージに、輪郭を与え、僕と共有するために。

「例えば、本当に悲しいことがあって、叫んでしまいたいような気持の時。そんな時には、霧雨じゃなくて、全部流して、かき消してしまうくらいの激しい雨に降ってほしい。私の言う、優しい雨っていうのはそういうこと。私の気持ちを組んでくれる雨。」

思わず笑みがこぼれた。彼女に、できるだけ淡々と告げる。

「世間では、君のような人をご都合主義者と呼ぶ。」

「わたしをそんな、つまらない言葉でくくるのはやめてよ。」

「わかった。今度君にふさわしい言葉を探しに、東急ハンズへ行ってくる。」

「あなたに贈るのは百均でいいよね?」

「安くない?」

「金欠なの。」

外では雨音が、優しく世界を包んでいる。

今度雨が降ったら、僕はきっと、それが優しい雨なのかどうかを考えるのだろう。また、僕の生活に、彼女の占める割合が増える。

それは喜ばしいような、少し、苦しいような。

少なくとも、僕に電話しろ、と彼女に伝えた今日の雨は、事実として優しい雨だった。

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