少女は身体を失い少年は自身を失う①
失意のままに治癒院まで彼女を運び、無理と知りながら頼んだ。
「彼女を生き返らせてくれ」
当然無理だ。そんなことができるなら、ジャンおじさんも、カレンさんも、泣いたりしない。
ジャンおじさんは息子を失い、抜け殻のようになってた。
カレンさんは恋人を失い、彼の名を繰り返し呟いていた。
きっとそれは大切な人を失った自分を、大切な人すら守れなかった自分を、責めるために天から与えられた贖罪の時間なんだ。
治癒院の婆さんは言った。
「それは無理だよぉ」
知ってる。
「そんなことはぁ、できないんだよぉ」
当然知ってるさ!
「お前、親はいるかぁ? 兄弟はぁ? 親戚はぁ?」
死んだ。みんな死んだ。
「そうかい、そうかい」
婆さんはニヤリと笑い、言った。
「彼女と共に生きたいかい?」
言われた時には叫んでいた。
考えずとも、反射的に、自分でもうるさいと思うほどに。
「生きたいに決まっているだろう!!」
自分がゴミであるとか、天から与えられた贖罪の時間だとか、そんなものは、自分を責めることで自分を守っているにすぎない。この結果に原因や理由を求めることで現実逃避しているにすぎない。
心の底の本音はシンプルだ。彼女に生きて欲しい。彼女に隣にいて欲しい。彼女に笑って欲しい。
彼女がいればいい。それだけ。
だから、治癒院の婆さんがさも当然のように言った言葉を、一瞬理解できなかったんだ。
「できるよぉ」
…………イマ、ナンテ、イッタ?
「お前はぁ、彼女とぉ、共にぃ、生きていける! それも、お前が死ぬまで永遠に!」
踊るように身をくねらせ、唄うように抑揚をつけ、高らかに声を張って。
婆さんは言った。
今自分は何を聞いているのだろうか?
ついに幻聴が聞こえるほどに狂ってしまったのか?
きっとそうだ、そうに違いない。
そうでなければ、死人が生き返るなどあるはずがない。
婆さんは相変わらず、ニヤリと笑ったままだ。
「どうするねぇ? 彼女と共に生きたいかい?」
幻聴でもなんでもかまわない。
答えなんて決まりきったことだ。
「生きたい、です。彼女と、彼女と一緒に」
「おいでぇ」
婆さんはよりいっそう笑みを深くして呟くようにそう言うと、俺に背を向け、よたよたと治癒院の奥へ進んだ。
ミリヤを抱いたままゆっくりと婆さんに着いていくこと10分程して、一つの部屋に着いた。途中階段を降りたので、ここは地下ということになる。
全体的にくすんだ茶色をベースとした部屋だ。
あるのは椅子と机とベッドが一つずつ、あとはよく分からない魔導具や、殴り書きでよく読めない紙束。
「そこに寝なぁ」
ミリヤを先に寝かせて、言うとおりに俺もベッドに横になる。
「気持ちを落ち着けて、その子との楽しい思い出を浮かべてごらん」
俺は思い出す。彼女との楽しい記憶を。
そしてだんだんと意識が曖昧になり、婆さんが俺の額をトンと叩いた後、夢の世界に旅立った。