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領主が鉄の女になるまで、そしてそれから

領主の哄笑

 笑いが止まらない。ココス領主レイン=ココスは数年振りに腹の底から笑った。

 扉を隔てた向こうでは、よくも顔を見せに来られたものだと怒声を上げる使用人。隣にはそれをどう宥めたものかと苦笑いの執事。我が家人の忠誠を外に肝心の私は愉快で仕方ない。喧騒を肴に酒が進むというものだ。

 「やってくれたなデンター」

 恥をかかせた元婚約者に頭を下げに来たとは本人の言。何故今なのか、意味がわからない。貴族なら誰もが疑いを持たずにはいられない言い分は喜劇的なことに本気なのだろう。

 馬鹿正直で四角四面の無神経さがレインの擦れた精神を嬲る。懐かしい愚かさだ。胸の奥で燻るなにかを煽り立て切り裂く。

 いっそ殺してくれればいいのに。レインは投げやりにデンターとの面接を許可し、乾いた唇の端を舐めた。ざらついているのは舌か唇か。

 通常当主は飛び込みの客人に対面しない。実務を優先する風潮から半ば風化しつつある慣例だが、レインが属する貴族階級では健在だ。故に儀礼に乗っ取り客間に通したデンターに姿を晒さない。

 応対を先代からココスに仕える執事に任せ、レインは隠し通路に繋がる壁を背に聞き耳を立てる。この場に公私共に頼れる存在がいることが殊更に有り難かった。

 「っ、あぁ」

 不鮮明なデンターの声が響く。それだけでぞくりと官能の波がレインの理性を攫う。頭に血が上り、身体の力が抜けるのが朧げに感じられたのを最後に意識を飛ばした。

 デンターの嗚咽が夢うつつに聞こえる。止めて、止めてよ。もう私を忘れて。私はあなたみたいに純粋な想いを育めない。私は利用する為にあなたを手懐けた人間だもの。

 「まったくろくでもない。本当にろくでもない」

 壁にもたれ掛かる姿で眠っていたらしく、衣服が埃っぽい。政務に掛かり切りで血も睡眠も不足していた。

 だから、だから血迷ったのだろう。デンターに利益を餌に再度の婚約を求められたとき、レインはなにも考えずに頷いた。

 あれからココス家の婿にと手を挙げる者は、銭ゲバか平民の成り上がり志望で占めめられている。正直、政治基盤が真っさらな貴族は喉から手が出る程欲しい。それが養子なり嫡子なり誰であれ、次代の領主に後継ぎ争いをさせたくない。

 加えて述べると、デンターの軍時代の人脈は文官から技術者にまで繋がっている。軍と他の部所のパイプ役を担うデンターは有用な人材だった。彼自身も軍事の専門家で国軍の訓練を取り入れて領軍に革新を齎している。レイン=ココスに逃げ道は残されていなかった。

 恙無く華燭の典を終え、デンターがココスの家に組み込まれた。レインはめでたいめでたいと浮足立つ周囲を笑い、一番おめでたいのは私か侮蔑も露に吐き捨てた。

 「麗しの花嫁はご機嫌ななめのようだ」

 「いや、ちょっとばかり面白い話だ。今回集まった連中の内、何人が昔の私達を笑い者にしたのかと思ってな」

 ワインをボトルから直に含み、一気に飲み干したレインが口角を僅かに動かして笑む。仄かに漂う甘い香りが口の滑りを少し良くしていた。

 「そこの夫人を見てみろ、酔ってもいないのに私より顔色を変えている」

 目を向けた先にいるのは状況証拠になるが、レインに暗殺者を差し向けた疑いのある家の当主夫人だ。彼女は実に素晴らしい教師だった。

 後ろ暗い物事に使う人間の調達、隠蔽工作を手ずからに行う姿勢には感嘆の溜息を漏らしたものだ。また、そこに至る動機が王に求婚されたことへの嫉妬と言うから始末に終えない。例に漏れず尾鰭の付いた噂をばらまいてもくれている。

 さて、どちらで青くなっているのやら。知らず知らずにレインの笑みが深くなっていく。レインの後ろでデンターが楽しそうに手で髪を漉いていた。

 「これからのココス領について相談をしなければならないか」

 結婚式の出欠表に赤で斜線を三つ。後日、三人の男女がココスの使用人曰くの執務室送りに処された。

 さよなら、我が領の旧支配者達。私に教育を施してくれた人。

 そして、新たな夜が訪れる。



レイン「相談がすべてを解決する。お前達ががいなければ問題は起こらない」

名も無き貴族達「」

レイン「よろしい、執務室送りだ」

これでシリーズは大体終わり。多少甘いエピローグを一本書いて締める予定です。もしかしたらリストリン視点のものも書く・・・・・・かなぁ。いや、書かない。


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