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慎の連続帰宅は一週間目に突入していた。
つまり、茉莉花・慎一郎母子の家出も一週間を計上していた。
毎朝学校に息子の休暇を告げる時、「いつになったらいらっしゃいます?」と問う担任に「いつか必ず」と答える父親は立場がなかった。
妻との会話を極力避けたい慎としては長男が頼りだったが、つれなかった。
最初の2,3日は慎に甘えていた長男は、7日間の終わりの頃には、甘え方が半減以下になった。
「お帰り」と書斎で新聞紙を広げている父親へ一瞥をくれるその目は「僕もいろいろと忙しくしてるから、父さんの相手もしてられないんだよなあ」と告げていた。
庭でのキャッチボールは、一日目で終了した。ガラスの修繕代が、昨今の社会情勢も手伝い、当初想定していた価格の2倍では効かなかったので、房江より禁止令が出ていた。
週の内半分を過ごすのであれば自分の居場所があった自宅は、日に日に針筵の上に座っているように居心地が悪くなる。
いたたまれない。
もう出よう。
今日は別の場所で寝よう。
「今晩は戻らない」と房江に伝えると「わかりました」と返答がきたが、歓迎しているのは明らかだった。
実家には戻らない。愛人宅にも人がない。
ならばいくらでも遊び放題のはずなのに、こういう時に限って食指が湧かない。
つまみ食いや遊びは、帰る場所がきちんとあるからその気になれる。
いい歳したおじさんが夜の街を彷徨うのは寂しい。年末のネオン街ではわびしいことこの上ない。
仕方がない。研究室で寝よう。
スーパーマーケットで、売れ残りとはっきりわかる菓子パンをあるだけ買って行った研究室は、いつもなら誰もいない時間帯にも関わらず、横山助手を始めとしたゼミ生に部屋が占拠されていた。彼らは深夜にもかかわらず激闘を交わしていた。
彼らは自分達の指導教官が現れても相手をせず、「何か用でも?」と、白々とした視線の集中砲火を浴びせる。
「横山」
「はい。何か?」
「何かと……」
「今日はここをお借りすると、先生が帰る時にお伝えしましたが。お忘れですか?」
お忘れだったとはとても言えなかった。
慎は差し入れを装って菓子パンを全て横山に渡し、静かにドアを閉めたのだった。
冬の寒空の下の野宿は避けたい。月明かりの中戻った高輪の家は、朝刊夕刊含めてごちゃっと新聞受けに放り込まれた数日分以上の新聞紙が、家人の不在を告げていた。
電気もつけず、室内に差し込む月光を浴びながら、慎は一人侘びしく、茶を啜った。