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◇ ◇ ◇



「いらっしゃい……お帰りなさいませ」


がらがらと引き戸を開ける慎に、妻・房江は言った。


「お客様かと。今日はお戻りにならない日では?」



……その通りだ。



慎は、正妻・房江と愛人・茉莉花の間それぞれに男子を一人もうけている。週のうち3日は正妻の、4日は愛人の家で過ごすという、大変大胆かつ捩れた生活を送っていた。


茉莉花も房江もどちらか一方に決めるように迫ることはないのでここまで続けてこれたのだが、大きな爆弾庫の上に息をひそめて過ごすような小心者ではない慎は、堂々と双方の家を行き来していた。


「ちょっと、いろいろあってな」


靴を脱ぎながら慎は答える。


「であれば、あらかじめお知らせ頂けないと困ります」


「何か問題でも」


「ご飯が足りません」


「ご?」


「炊飯器、さっきセットしたところなのに。ホント、困ります。最近は政さんもよく食べるようになったから。どうしましょう。ごはんも、そうそう、きっとおかずも足りないわ」


我が家では、亭主の安否より、晩飯のご飯とおかずの量の方が重要なのか。


これも自業自得と言われてしまえばそれまで。


飯の沙汰は女性陣次第なのだ。


慎は1,2,3と頭の中で数字を数え、ため息をついた時、長男・政が「ただいま」と玄関の引き戸を開けた。


「あ、お父さんだ!」と満面の笑みを浮かべ、「お帰りなさい!」と腕にまとわりついてきた。


近頃の政は、父親に向かって目に見えた甘えを見せるようになった。


父親が単身赴任で自宅を留守にした期間が長かった上に、週の半分以上自宅にいないのだから、息子からしてみれば当然といえた。


「政さん」房江は長男に言う。


「今日はお父様がいらっしゃるから、お相手して下さるそうよ。ご飯の仕度ができるまで遊んで頂きなさい」



できますわね? これからあなたの分も食事を増量させなければならないのですから、時間がかかりますの。



口にせずともわかる。妻の静かなる恫喝だ。



できるとも。



房江と政にさっさと追い立てられた慎は、庭先に立っていた。


手にはグローブ、もう片方の手にはボールを持って。


この当時は、男子は例外なく父親との触れ合いで、野球のキャッチボールをしていたものだ。慎も求められれば長男・次男どちらの相手もした。


あまり球技が得意ではなかった慎は、10投げれば5以上を落としたり外したりした。


しかも、今は茉莉花と次男の様子が気にかかる。


ぽっとんとボールはグローブから落ち、投げるボールは的を外した。


庭の向こうとこっちで、投げたボールを拾いあう、全然噛み合わないキャッチボール。



まるで犬に芸を仕込んでいるようだな。



ボールを追いかける長男を目で追い、拾ったボールをキャッチして、投げ返した時、またもボールはとんちんかんな方向へ飛んだ。


白球は真っ直ぐ飛んで、縁側の窓に直撃する。


ぱりーんと、模範的な擬音を上げて、窓ガラスは四散した。



お父さん、ノーコーン!



息子の声は夕焼けに溶けて消え、ぎざぎざだらけになった窓ガラスは笑った口のような穴をぽっかりと空けている。


あなたは、また1つ私の仕事を増やしましたね、と、口には出さず目で訴える妻の無言の圧力はとても強く、慎は素直に「すまん」と謝ったのだった。


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