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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

大切な友達を忘れる方法

作者: ろう

文化祭に提出したものです。

昔、道に捨てられたぼろぼろのぬいぐるみを拾ったことがある。チェックのシャツと、つなぎのズボンを履いている、くるくると丸まった茶色の毛がかわいらしい兎のぬいぐるみ。頭にほつれて破けた布がくっついていたから、多分かぶっていた帽子は取れてしまったんだろう。ウサギは泥やなんかにまみれていて、抱きしめるとカビの匂いがして、乾いた泥で服が汚れた。

ウサギは私の大切な友達になった。

私はぬいぐるみにジェニーという名前をつけた。

ジェニーと遊ぶのは家の外。近所の大きな雑木林の、背伸びしないと届かない位置に大きめの洞がある木の周り。そこが私とジェニーの秘密の遊び場だった。木の実や小石を使ったおままごと。家から持ってきたぬいぐるみを仲間に入れての寸劇。あの頃は生身の友達と遊ぶより、ジェニーと一緒にいる方が楽しかった。毎日お昼前に家を飛び出して秘密の場所でジェニーと遊ぶ。お腹がすいたら一度家に戻り、ご飯を食べてまた遊ぶ。私がお昼を食べに家に帰っているときは、ジェニーは拾った麻袋の中に入れて、木の洞に隠してお留守番をしてもらっていた。本当は一緒にご飯を食べたかったのだけど、父が、家が汚れるからとジェニーを家に入れてくれなかった。駄々をこねるとジェニーを捨てられそうになったから、私は雑木林をジェニーのおうちにするしかなかった。本当は、カーペットの上で遊びたかったのだけど。


ジェニーとの別れは突然だった。

ある日、私はちょっとした事故に遭って、一ヶ月ほど外出禁止になった。ありふれた交通事故だったけど、死にかけたし、後遺症を患った。一ヶ月も家に缶詰で、いい加減うんざりしていた私は母の目を盗んで家を飛び出し、雑木林へ駆けた。ジェニーが待っているし、母はすぐに気づくだろうから、言うことを聞かない足を引きずって必死に走った。そうして私が目にしたものは、高い高い壁だった。雑木林はある貴族の庭になっていた。大切な友達を残したまま、秘密の場所は閉じられた。ジェニーは今も秘密の場所にいる。


「ねぇ、何で今もそこにいるってわかるの?」

短い亜麻色の髪の娘が言った。私は少し苦笑いをして答える。

「だって、旦那様の意向で雑木林は手付かずそのままじゃない。あるがままの方が美しい、とかなんとか。」

「そうだったかな・・・」

「自分の家のことなのに。」

彼女はむっとした顔になる。

「しょうがないじゃない、この家、しばらくは別荘扱いだったから出来たばかりの頃のことなんて覚えてないのよ!」

「じゃあ私と初めて会った時のことも覚えてない?」

「覚えてるわよ。あんなの、忘れられるわけ無いじゃない。」

「君、腰を抜かしていたよね。そんなに怖かった?」

「ええ、恐かったわよ。本気で死者かと思ったわ。」

彼女は眉根を寄せて紅茶をすする。私はその時のことを思い出して、思わず笑ってしまった。

 私が家を抜け出した日の夜、私はジェニーを救い出そうと、貴族の庭に忍び込んだ。壁は高かったけれど、壁の近くに生えた木によじ登って、枝を伝っていけば簡単に壁の上に立てた。そこで私は得意になって、ヘマをした。つまり、私は落ちた。壁の内側に。落ちる瞬間に壁を思いきり蹴飛ばしたおかげで、固く補強された壁の土台部分に激突することはなかったが、代わりに泥沼に突っ込んだ。もがいて、どうにか立ち上がると全身泥まみれで、生ゴミっぽい臭いがした。おまけに不自由な方の足は妙な方向にねじ曲がっていて、焼け付くような痛みがあった。私は泣いた。

惨めったらしく泣きながらジェニーを探してさまよい歩いていると、突然悲鳴が聞こえた。

ギョッとして振り返ると、綺麗な服を着た女の子が腰をぬかして私を見ていた。顔は気の毒なくらいに真っ青で、つやつやとした唇はわなないていた。思わず手を伸ばすと、女の子は悲鳴を上げて後ずさった。大きな目が、限界まで見開かれていてこぼれ落ちそうだった。その目が綺麗な夜色で、ああ、ジェニーとおんなじだな、と思ったところで私の意識は途切れた。いろいろと限界だったのだ。


「何笑ってるのよ、失礼ね」

「ごめん、でも思い出したら、ね。可笑しくって。」

私は時計を見る。そろそろだ。

「もう時間、かな」

「何よ、もう帰るの?」

彼女が不機嫌な顔になる。本当に分かりやすい。

「うん。私もこれから用事があるから。」

「そう・・・残念ね。」

彼女は眼を伏せる。今日からは、今までのように気軽に会うことが出来なくなる。

「それで、頼んでたものなんだけど。」

「え?ああ、そうだったわ。ちょっと待って。」

彼女が部屋を出て行く。外から話声が聞こえて、彼女が戻ってきた。ぬいぐるみを抱えている。擦り切れた、ぼろぼろのぬいぐるみだ。洗ったのか、泥は付いていない。きっと抱きしめても、カビの匂いはしないのだろう。

彼女は、ウサギをしげしげと見ている。

「ずいぶん汚いのね」

「そりゃあ、十年近く野ざらしだったんだから仕方ないよ。」

「ねぇ、本当にこんなものでいいの?」

その目には、どうしようもない苦しみがある。彼女のバッサリと切られたばかりの髪が、彼女の肩に触れた。

「いいんだよ、これで。」

私は彼女の目を見ずに、ぬいぐるみを受け取った。うさぎの目は無機質に輝いている。

私はあの時、友達の、ウサギのジェニーを忘れた。けれど、代わりに大好きな友人を得たのだ。


「そう。・・・ねぇ、また、会いに来てくれるのよね?」

「もちろん。」

私は、笑って言った。

「結婚、おめでとう。」


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