世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド 村上春樹
こんにちは、しんどうみずきです。
相変わらず遅々としたペースで読書を進めています。気づけば十月も中頃、今年も残すところあと少しとなって参りました。
もうひと月もしないうちに毎年恒例のクリスマスソングが流れてきて、ああもう一年が終わってしまうんだなあと感じるわけですね。本当に月日の経つのは早いものです。私が遅いんじゃなく、時間が早いだけです。
そういえば村上春樹さんはノーベル文学賞に選ばれなかったとのこと。
これも毎年のことなのでそろそろ風物詩化してきましたね。彼の作風に関しては賛否両論あって好き嫌いが別れるところでしょうが、私個人としてはわりと好きな部類に入ります。
とりあえず「やれやれ」と呟きながらおしゃれな会話とモテモテな主人公と美味しそうな食事と、時々出てくる変なキャラクターを楽しめれば十分なんじゃないでしょうか。
こんなひどい感想ですみません。
決してけなしてるわけじゃないんですよ。ただ、あちこちがメタファーに満ちすぎていて、もはやどこから考えたらいいものか迷ってしまうんです。
読み飛ばしてしまいそうな情景描写の細部にさえ文学的要素が隠されているのですから、それを一々拾っていては十年かかっても読み終わりません。そういうのは研究者たちに任せて、私はおおざっぱな紹介だけさせてもらいます。
とりあえず一言。めっちゃ面白いですよ。
まずは恒例のAmazonさんから、あらすじを引用します。
高い壁に囲まれ、外界との接触がまるでない街で、そこに住む一角獣たちの頭骨から夢を読んで暮らす〈僕〉の物語、〔世界の終り〕。老科学者により意識の核に或る思考回路を組み込まれた〈私〉が、その回路に隠された秘密を巡って活躍する〔ハードボイルド・ワンダーランド〕。静寂な幻想世界と波瀾万丈の冒険活劇の二つの物語が同時進行して織りなす、村上春樹の不思議の国。
らしいです。
村上春樹は1Q84でも行なっていましたが、二つの視点から物語を描く手法をとることがあります。
今作はファンタジーとハードSFが交互に登場し、それぞれが密接に関わって、一つの物語を織りなしています。謎だらけで、どこか哀愁に満ちている『世界の終わり』と、近未来的な設定で冒険する『ハードボイルド・ワンダーランド』はどちらもそれ単体のみで十分な魅力を持っていますが、最後の最後にすべてが明かされるとき、真の意味を持つことになるでしょう。
どちらも素晴らしい、彼らしい世界観で構築されていて、一瞬たりとも飽きることがありませんでした。
私の特殊な性格――面白い本ほど読むのが遅い――によって、かなり読み終わるまで時間がかかってしまいましたが。
『ノルウェイの森』などよりもエンタメ性が強いので、村上春樹ってちょっと苦手かも……と感じているあなたにもオススメです。世界観とか設定が大好きなあなたも読んでみてください。
ーーー――ここからネタバレ有りーーーー
こいつはネタバレ重要なので、もし興味本位で覗いている人は引き返してください。
今のうちですよ。
取り返しがつかなくなりますよ?
さて、本題。
いやー、面白かったっすね。
なにがいいって、同時進行と見せかけながら、時間軸的には全く重なっていないところですか。
私の解釈が間違っていなければ、世界の終わりの主人公は、車のなかで意識を失ったハードボイルドの主人公その人です。
つまり思考の核に幽閉された状態の主人公ですね。
そのことに気づくチャンスは無数にあったはずなのに、私は最後の最後までその設定を認識することができませんでした。ひょっとしたら主人公は助かるんじゃないか、という想いがずっと抜けなかったんですね。
勝手に頭を改造されて、そのまま死に近いような状況に追いやられる。あんまりに理不尽じゃありませんか。
よくよく考えれば悲しすぎる物語ではあります。
けど、ハードボイルドの方で最後祈っていたせいか、世界の終りでは希望を見つけ、生きる理由を得ることができています。決して悪いばかりの人生じゃなさそうですね。
図書館の彼女と恋をして、自分自身の心である影を殺されることなく脱出させ、そして自分は創りだしてしまった街と向い合って生きていく……。そんな終わり方の先には、どこかで救済が待っているような感じがします。
太った若い美しい娘が、きっとそのうち目覚めさせてくれるんじゃないでしょうか。
そう信じられるからこそ、ただの胸糞悪い小説で終わることなく、ある意味でのハッピーエンドになったんだと思いますね。
これはあくまで私の希望的解釈ではありますけど。
どうも二つの世界が同時進行していたというよりは、つながった物語として解釈したほうがしっくりきます。
というわけで、今回はココらへんで失礼します。
しんどうみずきでした。




