クラインの壺 岡嶋二人
最近びっくりするのは、読んでいる本が新たに執筆中の長編の内容とかぶること。
実は私は何冊かの本を並行して読むのが好きで(小説書くのにおいてもそうです)、逆に一気読みができないという体質なのですが。
今回の本「クラインの壺」は友達から借りたものですが、作者の想像力にビックリさせられました。
ファミコンの時代に、全感覚型のゲームを想像できるものでしょうか。
いまやゲームの世界にトリップする物語が流行していますが、それはゲームの現代までの発展を考えれば自然な発想なのかもしれません。
将来のゲームはどうなることやら。
クラインの壺とは、立体的なメビウスの輪であるらしい。
表と裏の区別がない。
私の想像力では足りないのですが、歩いていると気付けば裏側にいるらしい。
よくわかんないですね。
でもまあ、想像の一歩上をいかれました。
さすがというべきでしょうかね。
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わたしもゲームは好きです。
いつか作中に出てくるような、すべての感覚が体験できるゲームができればいいなと思ってます。
しかし、それって怖いですよね。
現実が現実である必要がなくなってしまう。
絵本のなかから出てこられないピーターパンみたいなもんです。
クラインの壺というタイトルからして展開は想像できてました。
ゲームが現実で現実がゲーム。
どっちがどっちだかわからないトリックです。
伏線もはっきりし過ぎるレベルで、ミステリーとしては簡単でしょうか。
個人的に物足りなかったのは、ゲームの内容を中心にしたストーリーではなかったこと。
やっぱり、読者としてはゲームに飛び込んだ世界を体験させてほしいと願ってしまいます。
ここのサイトにもたくさんありますけどね。
でも、最後の最後までどっちがどっちだかわからないとは思ってませんでした。
主人公リア充だし。
兎にも角にも、想像力って必要ですよね。
いまの調子でいくと未来はどうなるんだろう、それをどこまで見通せるか。
そういうことの大切さを教えてくれるんじゃないでしょうか。




