星の王子様 サン=テグジュベリ
もはや児童文学の鉄板みたいな本作ですが、私は児童文学というのは子供のころに一度読んでおいて、大人になって分かるようになったときの優越感を楽しむものだと思っていますので、一冊にカウントしましょう。
決して数稼ぎのために短い小説を取り入れたわけではありません。ホントですよ。
子供のころに読んだときは、最初のページから意味が分からなくて脱落しました。中途半端に大人ぶっていたせいかもしれません。
これは無理に子供に読ませるための本じゃありませんね。
逆に絵本が嫌いになりそうです。
大人になるとたくさんのものが見えるようになります。
同時に、多くのものが見えなくなっていきます。童心を保つのはものすごく難しいことです。新聞の子供が書いた詩のコーナーを読んで「こんなの簡単じゃん、おれでも余裕」と高笑いしてた幼少時代がなつかしいです。
あの頃は本当に、適当にそれっぽいこと書いてるだけの気がしたんですよね。
新聞の投稿欄なんでそうかもしれないですけど。詩なんて好きじゃありませんでした。今は素敵な詩もあるってことに気付けて良かったです。
こんな風な変化が、知らず知らずに起こってるんですね。
子供にだけ評価される作品は生き残れない、悲しいけれどこれは多分真実です。大人に評価される文学だからこそ、ここまで幅広い人々に読まれているのでしょう。
そしてまた、私も大人に近づいて来てるのがすこし残念でなりません。
文字数的にはたいしたことありませんので、ふと自分を見つめ返したくなったら読んでみるのをお勧めします。
ここまで来てしまったのかという感慨が得られるはずです。
それから、私は青空文庫の訳者あとがきを読んでみることを推奨します。あちらのタイトルは『あのときの王子くん』となっているのですが、それにも深い意図が込められていて、翻訳の大変さ、伝えることのむずかしさが感じられると思います。
とても興味深い内容ですので、ぜひ目を通してみてください。
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ボアがゾウを丸のみにしてるとか、それが帽子に見えるとか、昔はさっぱり意味がわかりませんでした。羊のはいった箱を描いたなんてヘ理屈でしかありません。
だから私はずいぶんと長い間『星の王子様』が嫌いでした。
それを読みなおしてみようと思い立ったのはほんの偶然です。
正直言うと、ちょっとばかり考えさせられてしまいました。メタファー的な登場人物と、バラと喧嘩した王子様と、飛行機乗りの主人公。
安易ないい方をすると誰もが傷を抱えている。そいつを変に隠そうとしているのが大人で、他人をごまかすために自分さえも暗示にかかってしまっているような。
解釈の仕方は人それぞれ、時間と場所によっても違うでしょう。
人生の節目ごと、たとえば一年、五年、十年に一度でも、この作品を読み返してみると、鏡のように自分を映し出してくれると思います。
そのとき映っているものが醜くないように、やつれていないように、疲れていないように、私も頑張っていきたいと思いました。
小学生の読書感想文には不向きですね、たぶん。




