ドグラ・マグラ 夢野久作
ついに手を出してしまいました。『ドグラ・マグラ』です。私は作者と作品、どちらも重視するのですが、この小説に関してはレッテルと評判だけが先走りしてしまっているように思います。
それもそうでしょう。
ずいぶんとすごい宣伝をされているものですから。
日本三大奇書のうちのひとつ。
この本を読んだ人は必ず一度は精神に異常をきたす、という仰々しい文句ですし。読んではみたいもののなんだか怖いなあ……という人も多いのではないでしょうか。
大丈夫です。
私は多分、いまもまだ正常です(もしくはすでに狂っているか)。
脅すのはこれくらいにしましょう。
前半部分では本の宣伝をするというのが私のポリシーですから、この作品の魅力を語っていきたいと思います。
まずは朗報です。
『ドグラ・マグラ』は著作権が切れているので、わざわざ文庫本を買わなくともインターネット上で読むことができるのです。青空文庫万歳ですね。
他にも夢野久作の作品がいくつも読めますから、ぜひとも一度目を通してほしいものです。
過去の作品と侮ることなかれ、面白い小説は今も昔も変わりません。
あらすじを書くのは無理です、ごめんなさい。
理由は読んでみたらわかりますというのも乱暴な話ですが、もしこれを要約しなさいといわれたら私は白紙の回答を提出するでしょう、そのくらい難解な小説なのです。
我こそは読書家、というレベルでないとちょっと挫折するかもしれません。
初心者が読むと本が嫌いになってしまう可能性があるので、もっと後で手に取ってみることをお勧めします。それでも結構、という方はどうぞご堪能ください。
――――――――――ここからネタばれあり―――――――――――
ネタばれとはいえ、なにを書けばいいのかさっぱりです。
要は――要はどういうことだったんだ? 珍しく読み終わっても頭が混乱したままでした。
ひょっとしたら全部、呉一郎の妄想だったんじゃないかと疑いたくなります。誰の気が違っていて、誰が正常なのか。
人間だれしもおかしいのかもしれない。
そんなことを考えはじめると私までおかしくなりそうです。
でも、人間の先祖の記憶を継承するという点だけにおいて、私は確実に違うということを確信しておりましたので、どうにか小説の世界に惑わされることなくすみました。
母体のなかで人間が微生物からの歴史を高速でたどっていくというのは、私も思っていたことでした。
それが胎児の記憶として残っているのかどうか、私達が知るすべはありません。
今回はこれくらいにしましょう。
あれだけ意味不明な内容でも、小説として成り立ってしまうのだから懐が広いです。




