表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

エレベーター内の死闘

作者: れっど
掲載日:2026/04/05

深夜のオフィスビル、22階。


私は疲れた体を引きずるようにしてエレベーターに乗り込んだ。


スーツのスカートが少し皺になり、ハイヒールが足の裏を痛めている。


今日も残業で終電ギリギリだ。


「ふぅ……」


ため息をついたその瞬間、閉まりかけたドアの隙間に手が差し込まれた。


「すみません」


低い声とともに、男が入ってきた。


スーツ姿で、ネクタイを緩め、髪は少し乱れている。


三十代半ばくらいか。


一瞬、目が合ったが、私はすぐに視線を逸らした。


この時間、この階。同じ会社の人かもしれない。


でも、知らない顔だ。


エレベーターは静かに下降を始めた。


1階まであと少し。


私はスマホをいじりながら、早く家に帰ってシャワーを浴びたいと思った。


そのとき——


男が突然、ニヤッと笑った。


唇の端が歪み、目が細くなる。


次の瞬間、彼は私の腕を掴み、壁に押し付けた。


「へへ……いい匂いだな、お嬢ちゃん」


吐息が耳にかかる。


酒の匂いと、男の体臭。


私は反射的に抵抗しようとしたが、力の差は歴然だった。


男のもう片方の手が私の胸元に伸びてくる。


「やめ……!」


声が震えた。


膝で蹴ろうとしたが、男は素早く脚を絡めて封じてきた。


壁に叩きつけられ、肩が痛む。


スマホが床に落ち、画面が割れる音がした。


「大人しくしてろよ。すぐに終わるから」


男の指が私のブラウスを乱暴に引き裂こうとする。 


恐怖が喉を締め付ける。


負けるかも——そう思った瞬間、頭の奥で別の声が響いた。


(……こんな男やっつけちゃえ!)


私は空手の黒帯だ。


高校から大学、社会人になっても続けている。


稽古で何百回、何千回と打ち込んできた技が、体に染みついている。


男がさらに体重をかけてきたその瞬間——


私は息を止めた。


男の右腕が私の首を狙ってきた隙。


腰を沈め、わずかに体を捻る。


その動きは、ほとんど無意識だった。


「——っ!?」


男のバランスが一瞬、崩れる。


今だ。


私は渾身の力を込めて、男の脇腹に肘打ちを叩き込んだ。


「てりゃぁぁぁぁぁっ!!」


肘が肉にめり込む感触。 


男の体が大きくのけぞる。


「ぐぁっ……!?」


目を見開き、男が後ろに下がる。


その顔に、初めて焦りの色が浮かんだ。


「な、なんだお前……!」


私は一歩踏み込み、構えを取った。


スカートが少し捲れ上がっているが、そんなことどうでもいい。


ハイヒールは邪魔なので、片足で脱ぎ捨てた。


「あなたこそ、何様のつもり?」


声が低く、冷たく出た。


男が再び襲いかかってくる。


パンチを繰り出してきたが、それはあまりにも遅く、隙だらけだった。


私は軽くステップを踏み、男の拳を外側に払う。


そのまま体を入れ替え、一撃を決める。


これが女の本気よ!!


「でりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


正拳突き。


拳が男の鳩尾に、綺麗にめり込んだ。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」


「この俺が女に負けるなんてぇぇぇ」


男の悲鳴がエレベーター内に響き渡る。


体がくの字に折れ、口から泡を吹きながら膝をつく。


そのまま床に崩れ落ち、大の字になってピクピクと痙攣した。


私はゆっくりと息を吐いた。


「……参ったか?」


「ぎょぇぇぇぇぇぇ、たすけてくれぇぇぇ」


白目を剥いて、泡を拭きながら床に転がる男


ピンポン!


エレベーターのドアが開いた。


1階ロビー。


私は落ちていたスマホを拾い、乱れたブラウスを直しながら降りた。


ハイヒールは片方だけ履き、もう片方は手で持つ。


振り返ると、男はまだエレベーターの床に大の字のまま倒れていた。


ドアがゆっくり閉まっていく。


私は小さく微笑んだ。


「空手を習ってて……本当に良かった」


安堵の息が、夜のロビーに静かに溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ