第9話 追放された付与術師のボクは銀髪の美女と共に最強のパーティを目指さない
◆ユアン・リーフ
ボクの追放が決まってから――ちょうど一ヶ月。
怠惰な日々を過ごしていた。
朝は遅く起きて、パンをかじり、寝転びながら昼までぼんやり天井を眺める。依頼掲示板を見に行くこともなく、装備の手入れもしていない。杖は壁に立てかけたまま、ローブは椅子の背に引っかかっている。
パーティを抜けたあとは、いつもこうだ。ただ、空白の日々をなぞる。今回も例外じゃない。
が、そんな生活も今日で終わりだ。
理由は単純だ。ギルドから、一通の手紙が届いたからだ。
夕方になって、ようやく外に出る。行き先は決まっている。赤鹿亭だ。
木製の看板に描かれた赤黒い鹿の角が、夕陽に染まっている。安い酒と、塩気の強い肉料理。ステレオタイプの店だが、ボクは嫌いじゃない。
扉を押すとすぐ、笑い声、ジョッキのぶつかる音、どこかのパーティの武勇談が聞こえてくる。酒と汗の混ざった匂いが鼻をかすめる。
ボクは、隅の席に腰を下ろす。
「エール、ひとつ」
店主が無言で頷く。運ばれてきた濃い黄金色のジョッキを、ゆっくり傾ける。苦味が、喉をゆっくりと落ちていく。
その味で、不意に思い出す。
一ヶ月前。
まだ蒼天の牙の一員だった頃、みんなでここに来た。A級昇格を目指す話。追放の話。
そして「その追放、俺に預けてくれないか?」と提案してきた男、ヴァン・サンライト。
彼の登場で、一瞬、ボクのこの先の運命が変わるかと思った。
――でも、気のせいだった。
ジョッキを置く。そのときだった。
「もしかして、蒼天の牙のユアンさん、ですか?」
顔を上げる。
そこに立っていたのは、銀髪の美しい女性だった。
「ユーリと申します」
二十歳にはいかないくらいか。背が高く、ロングスカートが似合っている。腰の位置までまであるロングヘアーは輝き、切れ長の瞳がまっすぐこちらを射抜いている。可愛いというより、美人という形容が合う。整いすぎていてどこか近寄りがたいが、彼女は確かにボクに微笑みかけている。
ボクは肩をすくめる。
「ボクはもう、追放されたよ」
「そうだったのですか……。ごめんなさい」
声は少し低めで、落ち着いている。理知的、という言葉が似合う。
「では、元・蒼天の牙のユアンさん、ですね」
「肩書きが長いね」
思わず笑う。
彼女も顔を綻ばせた。
「では、今はおひとりなんですね」
「まあ、ね」
「私のパーティに入ってくださる、ということは可能でしょうか?」
「ボクが?」
「はい」
迷いがない返事だ。
「ユアンさんは付与術師ですよね。そして物腰がとても柔らか。私には、今、分かりました。貴方が必要なんです」
エールが喉につかえる。
追放された男に、美女が現れて「あなたが必要です」なんて。
ボクが純粋無垢な心を持ち、且つとんでもない力の持主なら、ここから何かの物語が始まるのだろう。
だが、現実は違う。
「ボク、弱いよ」
「そんなこと、絶対ないですよ」
即答だった。ボクの眉尻がぴくりと動く。
「でも、驚きました」
ユーリは、悲しそうに目を伏せた。銀髪が、灯りを受けて淡く光る。
「蒼天の牙は“黒天蓋”で壊滅したと聞きましたから」
「……」
そう。今日ボクがギルドから受け取った手紙にも、蒼天の牙が壊滅した旨が記されていた。
「黒天蓋の深層踏破に挑み、帰還者ゼロと聞きました。もう、登録抹消も済んだとか。だから、そのメンバーであったユアンさんの姿を見つけて、驚いたんです」
帰還者ゼロ。
その言葉が、胸の奥に静かに広がった。
黒天蓋から生還できる者は、そう多くない。ましてや深層だ。当然の結果と言えばそれまでだ。
所属したパーティが消えた。これまでも、そうだった。
喉の奥が、ゆっくりと緩む。
ボクはジョッキを持ち上げる。
手は震えていない。むしろ、落ち着いている。
「……そうなんだ」
口元を隠すために、ジョッキを傾ける。苦味が、舌に広がる。
ユーリが、ボクを覗き込む。
「やはり、あなたは私の探していた人です」
彼女は興奮した様子で続けた。
「こんなところで燻っている場合ではありません。来てください」
「え?」
言い終えるより早く、ユーリがボクの二の腕を掴んだ。
思いのほか強い力で、ぐいっと引き寄せられる。
「ちょ、ちょっと……!」
席から半ば引きずられるように立たされる。
そのとき、彼女の手元が目に入った。
しなやかな白い指に、シルバーの指環。どこかで――いや、確かに、見たことがある。
けれど、思い出す前に、ユーリはそのままボクを引っ張って歩き出してしまった。
「行きますよ」
会計を済ませると、赤鹿亭の扉が勢いよく開ける。夜の空気が、一気に流れ込んできた。
ユーリは振り返りもせず、ボクの腕を掴んだまま歩く。
石畳を抜け、狭い路地へと曲がった。
街灯の魔導ランプが、ところどころに灯っている。
薄い光が石壁に滲み、路地は半分ほど影に沈んでいた。
二人の靴音が、乾いた石畳に小さく響く。ユーリの足取りは迷いがない。彼女は並んで歩くとボクよりも背が高かった。
ボクはまだ腕を掴まれたままだ。華奢な娘なのに、不思議なくらい力が強い。
「……ユーリ」
「はい?」
「その……、どこに行くの?」
「ユアンさんを、私の仲間に紹介したいんです」
彼女の切れ長の双眸が、わずかに細まる。
「私たちのパーティの名前は――」
視線の先に、長身の男が立っていた。長めの黒髪を無造作に流し、どこか崩した立ち姿。
ヴァン・サンライト。
その隣では、金髪の女性が手を振っている。
カナン・ハンマー。
ボクはゆっくりと、ユーリを振り返る。彼女が手を頭にやる。
銀色のロングヘアーのかつらがするりと外れ、さらにロングスカートも脱ぎ捨てた。そこに立っていたのは、もう、美女じゃなかった。
ユリウス・メトリカ。
「――パーティの名前は、リザードテイルと言います」
ユリウスさんが淡々と告げた。
なるほど。そういうことか。
ヴァンさんが一歩、前に出る。
視線が、まっすぐボクを射抜く。
「遊びは終わりだ。そろそろ、真実を聞かせてもらおうか」
ボクの口角が、わずかに上がった。
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