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第8話 そのしっぽ、落とすか、残すか

◆リザードテイル


 扉が閉まり、ユアンの足音が完全に遠ざかったのを確認してから、ヴァンはゆっくりと椅子に腰を下ろした。


 事務所にはまだ、土埃の匂いが残っている。窓の外では、崩れた石畳が夕陽に照らされていた。

 リザードテイルの三人、ヴァン、カナン、ユリウスだけが室内に残っている。


「ねえ」

 カナンが机に両肘をつき、ヴァンを覗き込む。


「なんで蒼天の牙をわざわざ呼んだの?」

 不思議そうな目でカナンは問いかける。

「最初から全員、追放に同意してたじゃない。あれなら、ウチがわざわざ介入しなくてもいいじゃない?」


 ヴァンは指先で机を軽く叩いた。

「妙だと思ったからだ」


「何が?」


「全員が、あまりにも同じ方向を向いていた」


 カナンは数秒考え、納得したように頷いた。

「そういえば……そうかも」


「普通は揉める。誰を追放するかという点だけではなく、誰が追放したがってるか、どうしてそいつを追放したいのか、そして、追放される側にだって言い分はあるはずだ。全員の意見が完全に揃うなんてことは、まず無い」

 ヴァンは指を一本立てる。

「だが、あいつらは、一致し過ぎていた」


 ユリウスが頷く。

「全員が同一の論理構造を採用していました。『A級昇格条件は四名編成』『戦力効率を考慮すれば追放対象はユアン』。追放対象者本人さえも、この意見を持っているのは極めて稀有です。一応、シェナが抵抗を見せていましたが、良心の呵責程度のもの。要するに、見かけだけです」


「だろ?」

 ヴァンは椅子にもたれた。


 カナンが腕を組む。

「意見が一致してたってことよね。それって、リーダーが優秀ってことじゃないの?」


「そうかもしれない」

 ヴァンは肩をすくめる。


「カナン」


「なに?」


「模擬戦、やってみて、どう思った?」


 カナンは椅子をくるりと回し、天井を見上げる。

「問題なし」

 即答だった。


「あの四人、普通に強いわよ。連携も悪くない。ガルドは前衛として安定してるし、レオは周囲にいばり散らすだけの力はある。マルタの詠唱速度もなかなかね。シェナの回復も的確だった」


 どこか楽しそうに、カナンは続ける。

「十分、A級下位の実力はある」


「つまり、戦力的にユアンは必要じゃない、と」


 ヴァンの問いに、カナンは一瞬だけ視線を伏せた。

「まあ、率直に言うのもあれなんだけど、四人で十分やれると思う」


 カナンは椅子を揺らし、首をかしげた。

「でもね」


「でも?」


「気になったのが、アース・バインド」


 ヴァンが眉をひそめる。

「マルタの拘束魔法か」


「うん」

 カナンは軽く拳を握った。

「あれ、強すぎる。正直、直撃してたら一瞬止められてたかも。だから、反射で本気出しちゃった」


「随分と高く飛び上がってたな」


「うん。やばって思ったもん」


 ユリウスはカナンの戦闘データ・ウインドウを確認しながら、ふと手を止めた。

「……そう言えば一つ、先ほど報告していなかった事項があります」


 ヴァンが視線を向ける。

「何だ?」


「ユアンの所属履歴についてです」


 空中に、先ほどの五つのパーティ名が再び表示される。


 ≪星屑旅団≫

 ≪灰鴉の翼≫

 ≪白槍同盟≫

 ≪銀の虹≫

 ≪蛇いちご≫


 ユリウスは続けた。

「これらのパーティには共通点があります」

 指がスライドされ、画面が切り替わる。


「これら五パーティは、現在いずれも存在しません」


 カナンがぱちぱちと瞬きをする。

「……解散ってこと?」


「解散、壊滅、吸収消滅。形は異なりますが、いずれも登録抹消済みです」


 ヴァンの目が訝しげに光る。


 端末に時系列が並ぶ。

「ユアン脱退後、平均半年以内に消滅しています。例外はありません」


 カナンは顎に拳を当てて考える。

「ほら、パーティの解散なんてよくあるし、偶然なんじゃない?」


「確率的事象として整理します」


 空中に簡易な分布図が浮かぶ。

「一般的なC〜B級帯パーティの半年以内解散率は概算で三割前後。これを独立事象と仮定した場合、五連続で該当する確率は約0.3の五乗、すなわち0.00243。約0.24%ということです」


 ユリウスは淡々と続ける。

「偶然と断定するには、有意水準を下回っています」


 ヴァンは天井を仰いだ。

「……気になる点が、もう一つある」


 ユリウスが端末から視線を上げる。

「何でしょう?」


「“黒天蓋の深層踏破”」

 ヴァンはその名を、ゆっくりと噛みしめるように口にした。

「あんな危険なダンジョンを目標に据える。誰の発案だ?」


 カナンはあっさり答えた。

「当然、リーダーのガルドじゃないの? 上を目指すってタイプでしょ、ああいうの」


 ヴァンは即座に首を振った。

「それはない」


「え?」


「ガルドは堅実だ。野心はあるが、無謀じゃない。あいつは“合理的判断”信奉者だ」

 模擬戦を思い返すように目を細める。

「連携を重視し、戦力差も把握できる。ガルドは本来“勝てる戦いしかしない”タイプだ」


 ユリウスが補足する。

「同感です。僕のプロファイリングでも同様の見立てです」


「それが、いきなり“黒天蓋の深層”だ?」


 カナンが軽く拳を突き出し、空中でしゅっしゅっと打ち込む。

「でも、A級に上がるなら、いずれは狙うでしょ?」


「“いずれ”な」

 ヴァンは呟くように言った。


 夕陽が完全に沈み、事務所の中に影が濃く落ちる。壁に据え付けられた魔導ランプが、夕闇に反応するようにひとつ、またひとつと灯った。


 しばらく沈黙が続いたあと、ユリウスが口を開いた。

「……ヴァン」


「ん?」


「あなたの“眼”には、もう答えが見えかけているのではないですか?」

 その声音には、疑問よりも確信の色が濃かった。


 ユリウスの問いを受け、ヴァンはしばらく黙ったままだった。


 やがて、ゆっくりと息を吐く。

「……それじゃ、始めるか」


 椅子に深くもたれ、指先を組む。ヴァンは目を閉じた。


 窓から入る風が、前髪をふわりと持ち上げる。


 カナンは動かない。ただ視線だけをヴァンに預ける。

 ユリウスも端末操作を止め、言葉を挟まずその様子を見守る。


 ヴァンの唇が、かすかに動く。

「そのしっぽ――」

 室内の空気が張り詰める。

「落とすか、残すか」


 その顔には表情がない。

 目を閉じたまま、ヴァンの声が静かに続く。


「前提を整理する」


「ユアンは全員から弱いと認識されている」


「脱退後のパーティは消滅する」


「五件連続」


「パーティは、少しだけ無理をする」


「合理的判断を信奉するガルドが、黒天蓋を目指す」


「蒼天の牙を応援するユアン」


「強すぎるアース・バインド」


「ユアンは追放に納得している」


 ヴァンの口角が、わずかに上がる。


「結論――」


 はっきりと、ヴァン・サンライトは言った。


「ユアン・リーフは、追放だ」



読んでいただき、ありがとうございます。

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感想もいただけたらとても嬉しいです!


本作は毎日19:00更新予定です。

明日18日19時に

第9話『追放された付与術師のボクは銀髪の美女と共に最強のパーティを目指さない』を更新します。

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