第7話 予想通りの結末
◆ユアン・リーフ
事務所内の床には、土と石粉がうっすらと落ちていた。
窓を開けっぱなしにしていたせいで、カナンさんが叩き壊した石畳の残滓がフィールドから流れ込んできたらしい。
蒼天の牙のメンバーは、ソファに並んで座っている。
ガルドの鎧は胸部がひしゃげ、レオの剣は刃こぼれしている。マルタのローブは焦げ、シェナの袖も破れていた。致命傷ではないが、全員が擦過傷や打撲で満身創痍だ。フィールドの外にいた無傷のボクは、その横に立っている。
カナンさんは床に正座している。
その後ろで、ヴァンさんとユリウスさんが腕を組み、無言で彼女を睨んでいた。
「……今回って模擬戦、だったのよね?」
マルタが呟く。
「そのはずだ」
ヴァンさんが押し殺した声で答えた。
カナンさんが両手を床につける。
「ごめんなさい! 本気出すつもりなかったんだけど、ちょっとテンション上がっちゃって!」
頭を下げると、金髪のポニーテールがぶらんと揺れた。
「ホントーにホントーに、申し訳ございませんでした!」
カナンさんの心からの謝罪のように感じられたが、ヴァンさんが額を押さえる。
「謝る相手が違う!」
「え?」
「俺に謝れ」
カナンさんが瞬きをする。
「……ほえ?」
「フィールドをボロボロにしやがって」
窓の外を指さす。
結界石は半分埋まり、石畳は陥没し、塀の一部は崩れている。
「修繕費に加え、蒼天の牙のメンバーの治療費、装備の修理費、全部誰が出すと思ってるんだ?」
「……ギルド?」
「俺だ」
ユリウスさんが静かに付け加える。
「概算、三千ディドル。団長の懐事情は深刻です」
「うわ、高っ!」
ヴァンさんは溜息をつく。
「模擬戦でフィールドを叩き割るな」
「だって、気持ちが乗っちゃったんだもん!」
「だもん、じゃない。お前のために払ったこれまでの修繕費、いくらだと思ってるんだ?」
「……すみませぇん」
カナンさんがしょんぼりと肩を落とす。ヴァンさんは再び大きく溜息をついた。
室内の空気が、少しだけ緩んだ。
カナンさんがようやく立ち上がり、スカートについた埃を払う。
ガルドが、ゆっくりとカナンさんを見上げる。
「……あんた、何級だ?」
問いは短い。
カナンさんは首を傾げた。
「わたし? さあ?」
拍子抜けするほどあっさりした返事だった。
ユリウスさんが眼鏡を押し上げる。
「念のため申し上げておきますと、カナンの過去戦績、討伐難度、単独制圧記録から推定すると、実力は理論上S級の最上位相当です」
「はあぁっ!? S級戦士!?」
レオがわなわなと肩を震わせる。
ヴァンさんが、ひとつ咳払いをした。
「さて、本題に戻る」
空気が切り替わり、視線がボクに向く。
「ユアン。最終確認だ。追放について、お前の意思を聞かせてくれ」
室内が静まる。
ガルドは何も言わない。腕を組み、壁を見ている。シェナは唇を噛んでいる。
ボクは少しだけ考えるふりをした。長くは沈黙しない。
「……悩みました。でも、受け入れるつもりです」
できるだけ淡々とした口調を心掛けながら、続ける。
「蒼天の牙は強い。これからもっと上に行く。ボクがいない方が、合理的だと理解しています」
嫌味に聞こえたのか、ガルドが、はんっと吐き捨てる。
「ボクに未練はありません」
ユリウスさんが記録する。
「対象者、追放受諾の意思表明。自発的承諾と判断します」
ヴァンさんは視線をガルドへ移した。
「リーダー。手続きをここでしていくか? 準備はできているんだろ?」
ガルドは無言で懐から書類を取り出した。すでに記入済みのようだ。
机に置く。
ギルド紋章入りの正式な申請書だ。
そこにはボクの名前と、蒼天の牙からの除名理由が簡潔に記されている。
――戦力再編に伴う構成変更。
余計な言葉はない。
ガルドは最後の欄に署名する。インクが紙に染み込んでいく。
いよいよ、終わる。
ヴァンさんは書類を受け取り、確認する。
署名、押印、構成員名、理由欄。不備はないようだ。
「よし、ではこちらは預からせてもらう。この書類を俺が受理したら、晴れてユアンの追放が決定だ」
ユリウスさんが端末を操作する。
「追放受理を決定した折には、書類送付、及びインフォメーションを行います」
事務的な声音だった。
ガルドは何も言わない。ただ一度だけ、ボクを見た。感情は読めない。
レオは視線を逸らし、マルタは唇を引き結ぶ。シェナは何か言いかけて、やめた。
「行くぞ」
ガルドが言う。“新しい”蒼天の牙が立ち上がった。
扉が開き、閉まる。足音が遠ざかる。
部屋に残ったのは、リザードテイルの三人と――、もう、どこにも所属していないボクだった。
扉の向こうの足音が、完全に消える。
ボクは、息を吐く。
これで、終わりだ。
ボクは確かに、蒼天の牙の一員だった。
苦しい時もあった。
でも、楽しい時の方がたくさんあった。
短い時間だったかもしれない。
だけど、ボクらは確かに仲間だった。
追放という結果は変わらないだろうけれど、ヴァンさんの働きで、ボクは一日だけ長く蒼天の牙でいることになった。
今はただ、彼らのこれからに思いを馳せるだけだ。
「皆さんとはもう会うことはないかもしれませんが、今日は楽しかったです。ありがとうございました」
リザードテイルのメンバーに頭を下げ、ボクは一人ぼっちのまま事務所を後にした。
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明日17日19時に
第8話『 そのしっぽ、落とすか、残すか』を更新します。




