第6話 蒼天の牙 VS リザードテイル
◆ユアン・リーフ
旧資料館の裏手には、小規模な模擬戦フィールドが設けられていた。
整えられた石畳の広場で、四隅には安全結界を維持する結界石が埋め込まれている。周囲を囲う低い煉瓦塀の内側は、ちょうど訓練用に切り取られた空間だった。
中央には淡い光を帯びた境界魔法陣が刻まれている。模擬戦の開始とともに発動する区画結界だ。
その魔法陣を挟み、蒼天の牙とリザードテイルが向き合った。
ガルドが前に出る。レオが右、マルタが左。シェナは一歩後ろに下がり、ボクはその隣に構えた。
対するリザードテイルの三人。
前に立つのはカナンさんだ。肩を回し、軽く跳ねる。
その左後方で、ユリウスさんが魔導書を持っている。
そして右後方に、ヴァンさんがいる。所持品はない。そう言えばヴァンさんの役職は何なんだろう。
「条件は単純だ」
ヴァンさんが言う。
「蒼天の牙は四人でユアンは不参加。時間制限は十分。戦闘不能になったヤツ、フィールド外に出たヤツはリタイヤだ。先にパーティの全員がリタイヤした方が負けだ」
ボクは戸惑った。
「……あの、ボクは皆さんと一緒に戦えないんですか?」
「悪いが、それは無理だな。こいつらはお前を外して四人でA級になるつもりらしい」
ヴァンさんにとっても、ボクは追放するものとして確定しつつあるみたいだった。
ボクは蒼天の牙の仲間の手を一人ずつ握って声をかけると、大人しく、フィールドの外へと退場した。
レオが剣を上段に構える。
「邪魔者はいなくなったな。一応言っとくが、俺らは強いぜ」
「へぇ」
ヴァンさんが心底楽しそうに笑う。
「断言するぜ。お前らは勝てない。もしも勝てたなら、俺がA級への推薦状を書いてやるさ」
結界石が光り、フィールドが淡く照らし出される。
次の瞬間、地面を蹴る音が響いた。
ヴァンさんとユリウスさんの二人が同時に背を向けて走り出す。
「……え?」
気が付いた時には、二人は結界の外へ出ていた。
「我々はリタイアです」
「カナン様! やっちゃってください!」
ヴァンさんが情けない声で、そう言った。
「は?」
ガルドの目に怒りがにじむ。
「予言の“お前は俺に指一本だって触れられはしない”ってそういうことか。随分と馬鹿にされたものだな」
残ったのは、中央に立つカナンさん一人だけだ。彼女はため息をついた。
「……はぁ。まったく、あいつらは、いつもいつもいつも……」
言い終わる前に、地面が砕け、カナンさんが消えた。
いつの間にか、カナンさんはレオの前に立っていた。慌てたレオの剣が振り下ろされる。
カナンさんは半歩で間合いを詰め、柄を拳で弾いた。レオの体勢が崩れる。
そのままカナンさんの回し蹴りが炸裂し、レオが吹き飛ぶ。
なんて力だ。
だがこれはレオとカナンさんの1対1の戦いじゃない。
控えていたマルタが魔法を放った。得意の氷の槍だ。
カナンさんは真正面から踏み込み、拳で叩き割った。破片が散る。
「強い……!」
思わずボクは声を漏らした。
ガルドが前に出る。腰を捻り、両腕で大剣を水平に振り払う。空気が裂け、地面の砂塵が巻き上がった。
カナンさんは刃の軌道を正確に見切り、懐に潜る。
衣服の端が風圧に揺れるが、触れてはいない。
彼女が入りこんだ先は大剣の間合いの内側だ。ガルドの顎が、拳で突き上げられる。
鈍い音が聞こえ、ガルドの身体がわずかに浮いた。
「いいぞいいぞ、カナン! ゴリラ女! 怪力お姫様!」
「筋肉の天使! 岩砕き姐さん! 握力の暴君! 筋肉だけで生きてる女!」
ヴァンさんとユリウスさんが好き放題に叫んでいる。
「あんたら、うっさい! 気が散る!」
その一瞬の隙を捉えて、レオが横から斬り込む。マルタの詠唱が重なる。シェナの癒しの光がガルドを包む。
「負けるな! みんなは強い。強いんだ!」
気付くとボクは声を張り上げていた。
端から見れば、ボクは哀れな、追放されかけの人間だ。拳を握り、必死に声を出すだけの、役立たず。
だが、そう見えたってボクは構わない。彼らには、勝ってほしい。少しの間かもしれないけれど、一緒に過ごした仲間なのだから。
ボクの声援が届いたからか。ガルドの反応速度がわずかに上がった。レオの踏み込みが力強くなる。マルタの魔力が満ちている。シェナが彼らを支え続ける。
「今だ! 押せええ!」
ボクはそう叫んだ。
カナンさんがレオの剣をかわし、拳がガルドへ向かう。だがガルドはすんでのところで避けきった。
マルタの詠唱がさらに深まる。フィールドの空気が震え出すと、地面に展開された魔法陣が赤く光った。
ボクは思わず地面に手をついた。
「頑張ってくれええ!!」
低く軋むような音が地面の奥から響いてくる。
その刹那、マルタの魔法が発動した。
中心に立つカナンさんを囲むように、地面から光の鎖がせり上がる。
「アース・バインド!!」
マルタの声と同時に、爆発が起こる。圧縮された魔力が一点に収束し、衝撃波が走る。直撃すれば、動きを止めるには十分な威力だ。
カナンさんの姿が爆煙の中に消えた。
光の鎖が地面に食い込み、石畳が砕ける。
蒼天の牙の誰もが動かない。それはヴァンさんとユリウスさんも同じだった。黙って爆煙を見つめている。
レオが息を呑み、ガルドが構えていた剣を下ろして呟いた。
「……決まったか?」
数秒の沈黙が続いた。
「惜しかったわね」
カナンさんの声が頭上から聞こえ、ボクらは空を見上げた。そこには、信じられない高さまで跳び上がったカナンさんの姿があった。人間の跳躍とは思えない高さだ。
「それじゃあ、次はわたしの番!」
大声を張り上げたカナンさんが、右手に力を込める。
振り上げた拳の先で、星が光っているように見えた。ボクは呑気にそう思ってしまった。
力の塊が地上に降ってくる。
そのときだった。
「時間だ」
ヴァンさんの声が響く。
「十分経過。ここまで」
模擬戦終了の合図だった。
結果は、引き分けといったところだろうか。
いや、カナンさんにはまだ余裕があった。カナンさんが技を発動させていたらどうなっていたかわからない。
蒼天の牙は間一髪で逃れられただけだ。
突如、カナンさんの声が頭上から降ってきた。
「……え、ちょっと待って。この技もう止められないんだけど」
「バカ! お前、なんて技使ってんだ! 止めろ! 全力で止めろ!」
ヴァンさんが絶叫する。
「うふふ、ごめんね」
――隕石が落ちてきた。
いや、違う。
それはカナンさんだった。
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