第5話 追放と失恋
◆ユアン・リーフ
部屋に残されたのはボクとシェナの二人だった。
他のメンバーは隣室で待機している。もしも、ここにシェナがおらずボクだけだったなら。
あの人たちは大人しく隣室にとどまることなく、間違いなくボクを置いて帰っていただろう。
ヴァンさんは、ボクたちのそんな人間関係を見抜いているようだった。
「さて、昨夜の赤鹿亭での話だ。シェナ。あんただけはユアンの追放に反対していたよな」
「……はい」
シェナは小さく頷き、指先を膝の上で絡めた。
「ユアンは弱いから要らない、なんて言い方が嫌なんです。仲間って、そんなふうに切り捨てていいものじゃない。それに、ユアンは私がつらいときに、いつも手を握って『大丈夫。シェナは戦える』って励ましてくれました!」
必死に訴えるシェナの言葉を聞き流すようにヴァンさんは言った。
「確認させてくれ。“弱いから要らないと言うのが嫌だった”。つまり、あんたもユアンは弱いと思っているわけだ。違うか?」
「そ、それは……」
シェナは助けを求めるような目でボクを見た。
「いいんだよ、シェナ。ボクがみんなの足を引っ張っているのは事実なんだから」
自分を下げる言葉が自然に出てくる。
「……ユアン」
シェナの声が震えた。
ヴァンさんはボクを見ない。感情を交えず、シェナにだけ言う。
「追放対象者本人の自己評価は要らない。今、聞いているのは、あんただ」
ヴァンさんの声は冷たくないのに、逃げ道だけを消した。
シェナが視線を揺らすたび、ボクの胸がきゅっと縮んだ。
「ヴァン」
カナンさんの心配そうな声がした。
「女の子を追い詰めてどうしようっていうの? 彼女の気持ちはもうわかったわ」
「まぁな。重要な事実は確認させてもらった」
そして、ヴァンさんはついにボクと目を合わせた。
「それで、ユアン。そもそも、お前はなぜ蒼天の牙に加入したんだ?」
「前のパーティでも足手まといだったボクはクビになって、付与術師は、一人じゃ、食べていけなくて」
ユリウスさんがボクのデータを確認しているようだ。
「ええ。確かに、彼は以前、星屑旅団に所属していたようですね」
「星屑旅団か……。聞き覚えがあるな」
「現在、星屑旅団は存在しません」
ユリウスさんが事務的に答える。
「ギルド公式記録では“戦闘不能による壊滅”として登録されています」
ヴァンさんが眉を寄せる。
「ほう、何があった?」
「無謀な挑戦です。推奨B級のダンジョンに、C級構成で突入。いわゆる身の丈に合っていない攻略でした。生還者は少数。ユアンさんは軽傷で帰還しました」
「……それは、大変だったわね」
カナンさんが、いたわるように言った。ボクは何も言えなかった。
「星屑旅団以降の所属履歴も確認済みです」
ユリウスさんが指をスライドさせると、空中に名前が並ぶ。
≪星屑旅団≫
≪灰鴉の翼≫
≪白槍同盟≫
≪銀の虹≫
≪蛇いちご≫
「計五パーティですね」
室内が静まりかえり、シェナの絡んだ指先に力が込められるのが見えた。
「自分が情けないです」
ボクはそう答えることしかできなかった。
「在籍期間は総じて短いですね」
「……ボクが弱いからダメなんです」
ヴァンさんは肩をすくめた。
「わかったわかった。お前の“力不足自慢”は聞き飽きたよ」
冗談めかした言い方だったが、目は笑っていない。
「それで、今のパーティについてはどう思ってる?」
ボクは少しだけ間を置いた。
「一緒にいられて、楽しかったです。とても」
嘘ではない。
「今までで一番。……その、シェナも、いますし」
シェナが目を見開く。
「あら! あらあらあら!」
カナンさんが目を輝かせ、興味津々といった様子で身を乗り出す。
「ユアン……」
シェナは戸惑いを隠せない様子だ。
ユリウスさんが静かに端末を操作した。
「ギルドの情報によると、シェナさんはガルド・ルーゼンバーグと交際関係にありますね」
「……え?」
ボクとカナンさんが、同時に間の抜けた声を漏らした。
シェナを見ると、彼女は顔を赤くして俯いた。
「さ、最初に二人だった時期から……」
「……そう、なんだ」
ボクはぎこちなく微笑んで見せた。
「こんなことを言うのもおこがましいけど、ボクが抜けても、安心だね」
ガルドとシェナ。美男美女のお似合いのカップルだ。
「だめだ……俺こういうの弱いんだ……」
「ああもう……こういうの弱いのよ私……」
ヴァンさんとカナンさんが二人で目元を押さえている。
ユリウスさんが呆れたようにその光景を見ている。
数秒後、ヴァンさんは何事もなかったかのように真顔に戻った。
「……さて」
そしてボクを見る。
「お前は今のパーティについてどう思う?」
「本当に強い、いいパーティだと思っています」
視線をヴァンさんからシェナへと動かす。
「蒼天の牙なら、A級になって“黒天蓋の深層踏破”だってやれるよ」
「黒天蓋!?」
カナンさんが興奮した声で繰り返す。
B級では立ち入り禁止とされる超高難度区域だ。
ヴァンさんの目が細まる。
「ずいぶん具体的だな」
「ガルドなら、みんななら、必ずいけます」
ボクは迷いなく言った。
「ボクがいなくても、いえ、いない方が、きっと届きます」
ヴァンさんはしばらくボクを見ていたが、やがて小さく頷いた。
「よく分かった」
それだけ言うと、ドアの方を指差す。
「シェナとユアンは一旦退室だ。次はレオとマルタに話を聞こう」
淡々と指示を出され、ボクは立ち上がった。シェナも慌てて続く。
先ほどまでいた部屋の半分ほどの広さの隣室に入る。
ガルドは、ヴァンさんの身分が確かなものか、ギルドに調べに行くと言って外に出ている。
ボクとシェナは恐らく来客用であろう、古ぼけたグリーンのソファに向かった。
ボクが端に座ると、シェナは少し離れた位置に腰を下ろしたが、すぐに落ち着かなくなる。指を組み替え、視線を泳がせる。
「さっきは、その……」
シェナが口を開くが、言葉が続かない。ボクは首を振る。
「気にしなくていいよ」
「私、ユアンの気持ち、気付かなくて」
再び、彼女の頬が赤くなる。視線が合いそうになると、すぐに逸らす。気まずい沈黙が、部屋を満たした。
壁越しに、レオとマルタの声が聞こえるが、何を言っているかは分からない。
ボクはただ静かに待つしかない。
扉が開く音がした。振り向くと、ガルドが戻ってきた。
「ヴァンの身分は本物だった。あいつは本当に、ギルド中枢直属。特別顧問らしい」
ガルドは続ける。
「だが、だからなんだと言うんだ」
吐き捨てるようにガルドが言った直後に、カナンさんが僕らを呼ぶ声が聞こえた。
彼らの部屋に戻る。
ヴァンさんを目の前にして、ガルドが一歩前に出る。
「もう十分だろ。俺たちがこれ以上付き合う義理は無い。結論は決まっている」
ガルドの視線は鋭い。
「もはや職権乱用と言ってもいいな。俺たちを無意味な茶番に付き合わせるな。帰らせてもらう」
ヴァンさんが片手を上げて制した。
「あんたらの思いは分かったよ。追放の意志は固いらしい。ただ……」
ヴァンさんの声色が変わる。
「実力のほどはどうなんだろうな? 帰る前に、ひとつ腕試ししていかないか?」
室内が静まる。
「蒼天の牙VSリザードテイルだ。A級に上がるパーティが俺らみたいなのに負けるわけないよな?」
ガルドが薄く笑って言う。
「腕試しねぇ。模擬戦ってわけか。俺はあんたにムカついている。手加減するつもりはないが、本当にいいのか?」
「もちろんだ。予言しよう。お前は俺に指一本だって触れられはしない」
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明日15日19時に
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