第3話 おかしな二人
◆ユアン・リーフ
翌日。
ボクたちが住む街の東通りの外れに建つ旧資料館は、今にも崩れそうな煉瓦造りの建物だった。かつてはギルドの書庫として使われていたらしいが、今は人の気配もない。
『追放代行団 リザードテイル』
手作り感満載のプレートが引っ掛けられた扉だ。こんな場所に、本当に“ギルド特別顧問”がいるのだろうか。
ボクは恐る恐るノックをしてみる。返事が無い。
扉を押してみる。鍵は掛かっておらず、すっと動いた。
見回すと、飾りっ気のない部屋に雑然と家具を押し込んだだけの空間だった。
「す、すみませーん……」
「……え? もしかして、お客さん!?」
隣の部屋から澄んだ声が聞こえた。
ドアが開き、淡い金髪を後ろでまとめた細身の女性がこちらまで駆け寄って来る。
「どうぞ、いらっしゃいませ」
ギルドの受付嬢のような穏やかな態度と柔らかな笑顔にボクは面食らってしまった。
「ごめんなさい、野生のヨウムがまたドアをつついてるのかと勘違いしていて、ご来訪に気が付きませんでした。そちらのソファにお座りください」
ヨ、ヨウム? 言われるがまま来客用のソファに腰を下ろした。
彼女は対面に座り、微笑んだ。
「それで? お客様は、追放したい側でしょうか? 追放される側でしょうか? 切った相手に恨まれない追放がご希望でしょうか? パーティのリーダーに追放の取り消しの要求でしょうか? 追放のことなら、なんでもござれ! 私ども追放代行団、リザードテイルにお任せくださいませ!」
「カナン、威圧し過ぎです。せっかくの依頼人候補が萎縮します」
落ち着いた声が横から差し挟まれた。家具の陰に隠れていて今まで気づかなかったが、この部屋にはもう一人いたようだ。
窓際の机に座っていた青年が、ゆっくりと顔を上げた。銀髪に、細縁の眼鏡越しの知的な眼差し。整いすぎた顔立ちは中性的で、一見すると女性と見紛うほどの美青年だ。人差し指には魔法式を展開するためのシルバーの指環が光っている。
「すみません! ……あの、恥ずかしながら、お客様がいらっしゃったのがひと月ぶりで」
「正確には、33日と21時間37分11秒ぶり、です」
青年は中指で眼鏡のブリッジを押し上げた。
「失礼いたしました。わたしはカナン・ハンマー。よろしくね。それで、あっちの眼鏡は……」
「僕はユリウス・メトリカです。情報解析担当をしています」
「……どうも。あの、ボクはユアン・リーフと言います」
彼らの勢いに圧倒されていたが、ボクはどうにか名乗ることができた。
「ユアンさん。今、お茶をお淹れしますね」
カナンさんは立ち上がり、部屋の隅に置かれた小さな棚へ向かった。
「お好み、ありますか? アールグレイかアップルティーしかないんですけど。あとはコーヒー」
「いえ、ボクは、なんでも」
そう答えると、カナンさんは小さく頷いた。
どうも、彼女たちは思ったよりも怖い人たちではないようだ。
ボクはずっと気になっていたことを尋ねた。
「えっと、それで、ヴァンさんはどちらでしょうか? 昨夜、こちらに来るようにと……」
パキ。
乾いた音が、部屋の隅で小さく鳴った。
カナンさんの手元――棚の上のティーカップの取っ手が、取れていた。
「……ヴァン、ですか」
声は柔らかい。けれど、語尾に温度がない。冷たい殺気のようなものが漂ってくる。
ユリウスさんが魔導書を読んだまま顔も上げずに言った。
「現在も遅刻中です。本来の出勤時刻に対して3時間48分44秒」
「あんのクソ団長! 自分で人を呼んどいて遅刻!? 何考えてるの!? 10発はぶん殴る!」
カナンさんの声が鋭く響いた瞬間、棚がぎし、と鳴り、壁の亀裂から埃がふわりと舞った。
彼女はボクの顔を見て、ハッと我に返った。
「……失礼、取り乱しました。どうぞ」
先ほどまでの微笑みに戻り、何事もなかったように壊れていないティーカップをボクの前に置いた。
リザードテイル。
一体、彼らがボクに何をできると言うんだろう。
その時、入口の扉がノックされた。
カナンさんが入るように声をかけると、見慣れた顔が入って来た。
先頭にいるのはガルド。その後ろにレオとマルタ、それにシェナ。
「仰せの通り、来た」
ガルドが低い声で言う。
ボクの姿を確認してから、リザードテイルの二人を見やる。
二人がそれぞれに簡単な自己紹介をした。
「……それで、ギルド特別顧問様は?」
「ギルド特別顧問……、ですか?」
カナンさんがユリウスさんに首を傾げる。
「ヴァンのことです。まったく不合理極まりないですが、そういうことになっています」
ピリついた雰囲気だ。彼らが言うよりもボクが言った方がよいだろうか。
ボクはシェナに対して小声で言った。
「それが、その、遅刻しているらしいんだ」
ガルドの眉が動く。
「自分で呼びつけておいて、か。ふざけた野郎だ」
「同感です」
ユリウスさんは淡々と答え、続けた。
「クソゴミ団長……いや、ヴァンがいなくても、僕たちで対応できます。ギルド内のパーティは全て僕のデータベースに収まっています。貴方たちはB級上位のパーティ、蒼天の牙ですね。A級昇格にあたって、誰かを追放したい、と言ったところでしょうか。いいでしょう。僕たちリザードテイルが本件を処理します」
「待て」
ガルドが唸るように遮る。
「そもそもだ。何の益があって、そんな“追放代行”などしている? そちらが声を掛けてきたのであって、俺はギャラを払うなど一言も言ってないぞ。かと言って、慈善事業にも見えん」
ユリウスさんではなく、カナンさんが答えた。
「益はあるんです。ギルドから正式に報酬が支払われます」
「ギルドが?」
「はい。ギルドの内部摩擦の調整、パーティ再編成の最適化、昇格審査時のリスク管理。それらを委託されているんです」
ユリウスさんが、空中に契約書の一部を投影させる。昨日見た、金獅子印もそこにあった。
「ギルド全体の平穏と戦力の維持、それが我々リザードテイルの任務です」
ユリウスさんの説明に、室内が静まる。
そこに、間の抜けたような欠伸混じりの声がした。
「……悪い悪い、ちょっと寝過ごした」
長身の男が姿を現す。少し乱れた髪。着崩した黒い外套の下は、昨日と同じ服装だ。
ヴァン・サンライトが、ようやく姿を現した。
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