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第2話 追放の専門家

◆ユアン・リーフ


「その追放、俺に預けてくれないか?」


 もう一杯くれないか、と店員に頼むみたいな、軽い調子だった。


 片手にまだ半分ほど残ったジョッキを持っている。琥珀色の液体が揺れ、泡が縁に貼りついている。完全に酔客のそれだ。


 長身の男だった。黒髪はやや長めで、後ろに無造作に流している。きちんと整えれば貴族の青年にも見えそうなのに、今はどこか崩している。その崩れ方が、妙に様になっていた。


「何者だ?」

 ガルドが低い声で問う。男はジョッキを軽く持ち上げた。


「悪いな、横から」

 ぐい、と一口飲む。

「ヴァンだ」

 それだけ言って、空いた椅子の背に片肘をかける。

「話が聞こえてきちまったんだ」


 レオが露骨に顔をしかめる。

「盗み聞きかよ」


「だから、悪かったって。けど、酒場で“追放”なんて単語、あんな声量で飛び交わせばな」

 ヴァンさんは苦笑する。


 ボクは自分の手を見る。指先が、少し震えている。ヴァンさんの視線が、ゆっくりとこちらに向いた。

 値踏みするようで、でも、どこか面白がっているような目。


「A級に上がるんだろ?」


 ガルドが頷く。

「ああ。そのための再編成だ。四人枠にする必要がある。それだけだ」


「まあまあ」

 ヴァンさんは手をひらひらと振った。

「まだ追放を決めなくてもいいんじゃないか? 慎重にやった方がいい」


 レオが鼻で笑う。

「他人が口出すことじゃねえ」


「そうかもな」

 ヴァンさんはあっさりと認める。

「でもな。昇格前に切って、後悔したパーティを、俺は何度も見てる」


 “何度も”。その言葉が、妙に重い。ヴァンさんはボクから目を逸らさない。

 胸の奥が苦しくなる。


「やめてください。もういいんです」

 ボクは立ち上がる。

「大丈夫です。ボクが抜けます」


「へえ」

 楽しむようにヴァンさんは言った。

「昔な。A級昇格前に攻撃力不足を理由に弓使いを切ったパーティがあった」

 唐突に切り出す。

「そいつ、追い出されてすぐに“貫通の理”ってやつに目覚めた。矢一本で魔獣の心臓を射抜く化け物になった」


 レオが興味なさそうに言い捨てる。

「作り話だろ」


「作り話なら良かったんだけどな。続きはこうだ。そいつが貫いたのは魔獣だけじゃなくて自分を捨てたかつての仲間の心臓も、だった」


 シェナが息を呑む音が聞こえた。


 ヴァンさんは淡々と続ける。

「人の覚醒ってのは、予告なしに突然来る。限界まで追い込まれた時に、急に、な」


 レオが不機嫌さを隠さず言う。

「じゃあ何だ? こいつが急に化けるってか?」


「さぁ、どうだろうな?」

 ヴァンさんの視線が、再びボクに向かう。


 マルタが腕を組む。

「仮にそうだとしても、今の強さが足りないのは事実よ」


「そうだ。依頼主は未来に金を払わない」

 ガルドも静かに言った。


「そうだな」

 ヴァンさんはあっさり頷く。

「別に俺は、止めてるわけじゃない。よく考えろ、と言ってるだけだ」


 レオの声に苛立ちが混じる。

「ごちゃごちゃうるせえな。俺たちがユアンを切ったところで、お前が困ることなんか無いだろ」


「確かに、俺は困らない」

 ヴァンさんは笑う。

「だがな。お前たちは困るかもしれない。追放ってのは、切られた側より、切った側に傷が長く残る」


 その言葉に、ガルドの眉がわずかに動く。ボクは深く息を吸った。

「いいんですよ」

 全員の視線が集まる。

「ボクがいなくても、パーティは困らない。彼らは、やっていけます」


 レオは満足げに頷き、マルタはエールを傾ける。


 ヴァンさんは、しばらくボクを見つめていたが、ふっと息を抜いた。

「……なるほどな」

 ようやく納得したのか、ヴァンさんは頷いた。

「まあまあ」

 しかし、先ほどとまったく同じ調子で言う。

「今ここで結論を出す必要はないだろ」


 ガルドは警戒の色を浮かべた。

「結局、お前は何が言いたいんだ?」


「明日、ウチに来いよ」


「ウチ?」


「事務所みたいなもんだ。パーティ再編とか、昇格時の揉め事とか、そういうのを扱ってる」


 レオが呆れたように言う。

「は? 追放の仲介業か?」


「まあ、そんなとこだ」

 ヴァンさんは肩をすくめる。


 ガルドはすっと立ち上がった。

「馬鹿馬鹿しい。帰るぞ」


 料理に名残惜しそうにしながらもレオも席を立ち、マルタとシェナもそれに続こうとする。


「ちょ、ちょちょちょ、待て待て待て!」

 ヴァンさんが慌てた様子で、ガルドの前に回り込んだ。さっきまでの余裕が嘘みたいに、妙に情けない調子だ。

「今月、依頼が全然ないんだよ。おねがいおねがい! もうちょっと話を聞いてくれないか、ほら、人助けだと思って」


「俺たちには関係のないことだ」


 懐に手を入れ、ヴァンさんは何かを取り出した。

 小さなカード。厚手の羊皮紙に、精緻な金の縁取りがある。


「とりあえず、名刺だけでも受け取ってくれないか」

 ガルドに差し出す。ボクは反射的にそれを見る。


 そこには、こう書かれていた。


『ギルド特別顧問

 追放代行団 リザードテイル

 団長 ヴァン・サンライト』


 右下に捺された印は、金色に輝く獅子の紋章だった。酒場の灯りを受けて、鈍く光っている。

 一瞬、呼吸を忘れた。

 金獅子印。ギルド中枢直属の証だ。

 限られた者にしか使用が許されない、特権印。


「……っ」

 レオの顔から血の気が引いた。マルタが短く口笛を吹く。シェナは目を見開き、声も出せないままヴァンさんを見つめている。


 ガルドが、ゆっくりとカードを目の高さに持ち上げる。指先がかすかに強張っている。

「これは……」

 ガルドはまっすぐにヴァンさんに向き直った。そして、深く頭を下げる。

「……失礼な口をきいた」


 レオも深く一礼した。

「す、すみませんでした」


 マルタとシェナも小さく会釈する。


「いやいや、偉そうに“特別顧問”なんて言ってるが、さっき彼が言ったように、ただの追放の専門家だよ」

 ヴァンさんはバツが悪そうに手を振った。


「明日、昼過ぎ。東通りの旧資料館に来てくれないか。来ないと、後悔することになる……主に俺が」




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