最終話 追放代行団 リザードテイル
◆リザードテイル
リザードテイルの事務所には、やわらかな陽光が差し込んでいた。
カナンが掃除のために窓を開け放っているせいで、いつもより部屋の中は明るい。風が入り込み、カーテンがゆるく揺れている。
机の上には書類が積み上がり、椅子の背にはコートが無造作にかけられている。部屋の隅には空になった酒瓶がいくつも転がっていた。その中央で、カナンが箒を動かしている。
「ちょっと、邪魔だからどいて」
苛立った声で言われ、ソファに寝転がっていたヴァンが顔を上げた。
「えー」
「えー、じゃない。掃除してるの、見えないの?」
ヴァンは渋々足をどかす。箒がその下を通り過ぎ、床の埃が集められていく。ヴァンは周囲を見回した。
「しかし誰だよ~、こんなに部屋を散らかしたの」
カナンはぴたりと箒を止めた。
「お前だ!」
勢いよく指を突きつける。
「見なさい、この酒瓶の山!」
部屋の隅を指差す。積み上がった瓶が、かすかにカチャリと音を立てた。
ヴァンは一瞬だけ考えるような顔をして、それから頷いた。
「……なるほどな」
「納得するな」
カナンは深くため息をついた。しばらく掃除を続けてから、ぼそりと言う。
「それにしても」
箒を動かしながら、不満げに口を尖らせた。
「ユアン・リーフの件を解決したことで、ようやくウチの名前がギルド中に知れ渡ると思ったのに、全然依頼が来ないわね」
ヴァンはソファの背に腕を回しながら答える。
「まあな」
事務所の奥では、ユリウスが机に向かっていた。顔を上げずに言う。
「僕はその分、自分の魔法研究ができて嬉しいですけど」
指先が空中のスライドをなぞると、術式図が切り替わる。
「付与術の構造解析は非常に興味深い分野です」
カナンが振り返る。
「……まだやってるの?」
「非常に貴重なサンプルを観測できましたので」
ヴァンが苦笑する。
「お前、それ絶対ユアンのこと言ってるだろ」
「否定はしません」
あの夜の後、ユアンは自ら蒼天の牙のもとを訪れ、彼らに頭を下げた。
翌日――自分の力を偽っていた天才付与術師ユアン・リーフの名は、ギルド中の話題となった。
そしてユアンは、リザードテイルのもとからも、ギルドからも去っていった。
「パーティのお誘いの件なら辞退させていただきます。罪を償った後、ボクは自分のパーティを持つリーダーになります。本音でぶつかり合える、本物のパーティを作るつもりです。ヴァンさん、あなたたちのようなね」
誰に追放されたからでもなく、誰に誘われたからでもなく、ユアンは、自分の道を歩き出した。
カナンは箒を壁に立てかけ、思い出したように言った。
「そうだ。ユリウス、あのときの女装、もう一回見せてよ。超可愛かった」
空中の術式を操作していたユリウスの指が止まる。
「お断りです。二度とやりたくありません」
ヴァンがソファの背にもたれたまま笑う。
「そうか? 結構ノリノリに見えたぜ?」
カナンが即座に頷く。
「ねぇ、ユーリちゃん! お願い!」
ユリウスはゆっくりと顔を上げ、咳払いをした。
「それよりも、僕が女装する意味はあったんですか?」
ヴァンはあっさり答えた。
「いや? 特には」
一瞬、部屋が静まり返る。ヴァンは悪びれせず、続けた。
「ユアンを釣り出すためとは言ったが、あれは嘘だ」
ユリウスの目が、すっと細くなる。
空中に浮かんでいた術式の一つが回転し始めた。
「……攻性術式、展開します」
静かな声が部屋に響く。ヴァンがソファから飛び起きた。
「バカ! やめろ! お前、事務所まで壊すつもりか!」
カナンは腹を抱えて笑っていたが、はっとして慌てて一歩後ろへ下がった。
「ちょっと待って、せめて私が壊した外でやりなさいよ!」
魔法陣がさらに明るく光る。部屋の隅の空き瓶が、震え始めた。
そのときだった。
コン、コン。
不意に、事務所の扉を叩く音が響いた。
三人の動きが同時に止まる。
回転していた術式も、ユリウスの指先一つでぴたりと静止した。
全員が顔を見合わせる。
「……今の」
ヴァンが首を傾げた。
「ノック、だよな?」
もう一度、控えめな音が鳴る。
コン、コン。
ヴァンが立ち上がり、扉の方へ歩く。ドアノブに手をかけて、ゆっくり開いた。
そこには、まだ若い冒険者が立っていた。少し緊張した様子で、帽子を握りしめている。
「あの……」
男はおずおずと口を開いた。
「パーティの追放の件で、相談したいんですけど……」
その言葉を聞いた瞬間、部屋の空気が切り替わった。
カナンは何も言わずに奥の流し台へ向かう。棚からカップを取り出し、湯を沸かし始めた。
ユリウスもまた静かに指を動かす。空中に浮かんでいた術式が消え、代わりに淡い光の記録パネルがいくつも展開される。
「相談記録、開始します」
淡々とした声が部屋に響く。
ヴァンはそれを背に受けながら、ゆっくりと口角を上げた。
「……ああ」
そして、いつもの調子で言った。
「その追放、俺たちに預けてもらおうか!」
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また彼らの続きを書きたいなと思っていますので、そのときはぜひよろしくお願いします。




