第11話 「ざまぁ」
◆リザードテイル
「さあ、お前が紡いだ追放物語を聞かせてやろう」
ヴァンはしばらくユアンを見据えていたが、やがて口を開いた。
「黒天蓋の深層踏破が、蒼天の牙の目的だった。さて、そいつを最初に言い出したのは誰だった?」
ユアンは一瞬だけ言葉に詰まり、それから答えた。
「それはもちろん、ガルドが――」
「違う」
ヴァンはすぐに言葉を遮った。
「お前だ」
確信を込めて言う。
「お前があいつらを、そう誘導した」
ユアンが下唇を噛む。
その横で、ユリウスが端末を操作した。
「蒼天の牙の皆さんから証言は得られています。もっとも、誘導されたという自覚は無いようですが。彼らは皆、自然な流れで黒天蓋の話が出たと話していました」
説明は続く。
「黒天蓋にいる魔物の特徴や攻略法について、ユアンが調べてくれたと言っていました。そして自然と“今の自分たちなら踏破できるのではないか”という空気が醸成されていったそうです」
ユアンは何も言わない。
ヴァンが顎に手を添える。
「まあ、よくある話だ。強くなってきたパーティが、少し背伸びした場所を目指す。珍しくもない」
軽い口調だったが、その目は笑っていない。
「だが、お前の場合は違う」
ヴァンは一歩、ユアンに近づいた。
「過去にお前が所属したパーティも、そうだったな?」
ユアンの瞳が、わずかに揺れる。だが何も答えない。
「実力以上の危険地帯に向かい、そして壊滅する」
ヴァンは続けた。
「お前の強化を受けている間は、連中は強い。だが、その強さはお前の付与で底上げされたものだ。その付与が無ければ、どうなるか」
夜風が路地を通り抜けた。
「お前は、全部わかっていたんだ」
ヴァンは確信した声で言った。
「もう一度言おう。お前の強化でパーティを思い上がらせる。メンバーは自分たちが強くなったと誤解する。そしてお前を追放する。そのあと、連中は危険なダンジョンへ向かい――悲惨な目に遭う。お前はそれを繰り返してきたんだ」
ユアンは小さく息を吐き、困ったように笑みを浮かべた。
「ヴァンさん、全部誤解なんだ」
ヴァンはため息をつく。
「正直、こいつは疲れるからやりたくないんだが、今日は特別だ。お前が嫌がっていた鑑定ってやつを見せてやるよ」
次の瞬間、ヴァンの眼が淡く光った。瞳の中に、ほんの一瞬だけ青白い紋様が浮かぶ。
空気が震え出す。
ヴァンはじっとユアンを見つめ、何かを読み取っていく。
「や、やめろっ……」
目に見えてユアンが焦り始める。
「なるほどな……思ってた以上にすげぇな」
感心を通り越して感動したような、そんな声だった。
「倍率補正が狂っている。通常付与の三倍だ。しかもその出力をコントロール可能。発動痕跡はほぼゼロ、対象の体感強化も抑制可能。発動後の魔法にも付与できる。アース・バインドはそういうことだったのか」
ヴァンの目が驚きに見開かれる。
「こんな付与術、普通の冒険者は一生気付かない。むしろ鑑定師でも気付けるか怪しいレベルだ。思った通り、お前はパーティを強化しながら、その功績を全部本人たちの努力に見せかけることができるヤツなんだな」
カナンが怯えるように自分の肩を抱きかかえる。
「そんな力を今まで隠していたの……」
ユリウスが端末を操作する。
「理論値としては存在する型ですが、実際に運用できる術師はほぼ確認されていません」
ヴァンの眼の光が次第に薄れていく。
「……っげほっ、げほっ……はぁっ、はぁっ」
鑑定の負荷が体を襲う。
咳き込みながら、乱れた呼吸を整えようとする。
しばらく息を吐き出してから、ヴァンはゆっくり顔を上げた。
「こんな付与術、普通は英雄になるために使う」
ヴァンの視線がユアンに戻る。
「だが、お前は違った」
ユアンはしばらく黙っていた。そして、どうでもいいように呟いた。
「……あなたたちには関係のないことだ」
ヴァンはユアンを睨みつけた。
「お前さ、自分が所属したパーティの連中に、何も思わないのか?」
その声には、いつもの軽薄さはなりを潜め、はっきりと苛立ちが混じっていた。
ユアンは首を傾ける。そして、口角を上げた。
「……“ざまぁ”って。そう思ってる」
カナンの眉がきゅっと吊り上がる。
「ひどい……! 短い間でも仲間だった人たちでしょ?」
ユアンは肩をすくめる。
「追放されたのはボクの方だよ。あくまでボクは被害者さ」
ヴァンがユアンの方へ一歩踏み出す。
「それだけか?」
ユアンは少しだけ考えるように視線を宙へ向け、それからゆっくりと笑った。
「ボクの力を自分たちの力だと勘違いして思い上がった連中が、最後に真実に気付いて絶望して死ぬんだ。こんなに面白いことが他にあるかな?」
夜風が止んだ。
カナンは今にも飛び掛かりそうな勢いでユアンを睨みつけていたが、かろうじて拳を握りしめるだけで踏みとどまっている。ユリウスは端末入力の手を止め、無表情のままユアンを見据えていた。
しばらくの沈黙のあと、ヴァンが口を開いた。
「最初からお前の言葉は全てが薄っぺらく聞こえていた。だが、今、ようやくお前のことがわかった気がする」
ヴァンは突然にやりと笑った。
「要するに! お前は、恋人と別れたときに、どっちが振ったか振られたかを気にするようなモテないヤツで。せっかくできた新しい恋人にも自分の気持ちを伝えられない“察してちゃん”というわけだ!」
ユアンが呆気にとられる。
「な……なにを」
「その上、さらにだ。なくなったトイレットペーパーを自分がこっそり変えといたのに、恋人がお礼を言ってくれないからって、いじけているんだろ。言え。礼を言われたきゃ、己の功績をちゃんと言え」
さっきまでの重苦しかった空気は雲散霧消している。
カナンも、ユリウスも、開いた口が塞がらないといった様子だ。
ヴァンはユアンを見て、告げる。
「始まりは星屑旅団だ。お前はデカい案件で周囲が死んだり重傷を負う中、軽傷とは言え傷を負った。ここが不自然なんだ。お前の計画通りなら、パーティの危機にお前自身が立ち会うはずがないからな。星屑旅団は壊滅へと向かい、結局お前は追放された。そこにあったのは、ただの凡庸な追放だ。つまり、最初だけは――お前は“自分の企図した結果ではなく”、単にパーティの仲間に理解されないことで追放されたわけだ」
「違う! あいつらのことはボクが捨ててやったんだ!」
「だから、どっちが追放したかなんてことはどうでもいいんだよ。そもそも、追放は悪いことじゃない。あるパーティでウマが合わなくて追放された後、自分のパーティを率いて立派にやっているヤツをたくさん見てきた。お前だってそうなれたはずなんだ。それを、いつまでもいじけやがって」
“いじける”。ヴァンはユアンの計画の全てをそう切り捨てた。
「お前はもっと早くウチに来るべきだったんだ。俺たちは全員、過去に追放による傷がある。お前と何も変わりはしない。俺たちは、お前の思いに寄りそえる」
「ボクと、同じ? ……違う! ボクはボクを認めないヤツらを許さない!」
ヴァンは頭を掻いた。
「いや、だから、俺はずっとお前のことを買っていただろ? そもそも、なんでお前を蒼天の牙から追放させたと思っている?」
「そんなもの、ボクの計画を邪魔する為だろ!」
「違う違う。蒼天の牙は昇格せず、つまり、人数を減らす理由はなくなったんだから、お前もそのままだってよかったんだよ」
ヴァンは今更そんな論理を持ち出した。
「っていうか、ユリウスが伝えてなかったか。……まぁ、いいや。よし!」
軽く手を叩く。
「ユアン・リーフ。ウチに、リザードテイルに入団してくれないか」
「……は?」
その場の三人の言葉が重なった。
「……え?」
なぜかヴァンがきょとんとしている。
ヴァンは何を驚いているんだと言わんばかりに、カナンとユリウスに向き直る。
「ユアンがどんだけすごいヤツなのかは十分説明したろ? そしたら、ウチに加わって欲しいと思うのは当然だろ?」
一瞬の静寂。
それを破ったのはユアンだった。
「ふふふふ! あはははははははは! なんなんだ? なんなんだあんたは? あんたはボクが何を考えているのか見抜いたんだろ? なのに、なんでボクを、はははは! あはははははははは……」
笑っているような、泣いているような、ユアンの声が、路地に響き続けた。
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明日21日19時に
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