第10話 追放の真実
◆ユアン・リーフ
「……みなさん、お揃いで、どうしたんですか?」
なるべく平静を装って、ボクはそう尋ねた。
ヴァンさんは、いつもの軽い調子で言う。
「ユアン。お前にニュースが二つある。良いニュースと悪いニュース、と言いたいところだが――お前にとっては、何が良くて何が悪いんだろうな」
ヴァンさんが人差し指を立てる。
「まず一つ目。蒼天の牙が死んだ、って話。あれは嘘だ」
ボクは目を細める。
「……嘘?」
「大嘘だ。ぴんぴんしてる」
ユリウスさんが補足する。
「黒天蓋に向けて出立準備を進めていましたが、深層挑戦前に当団が介入。現在、蒼天の牙はリザードテイルの保護下にあります」
「……保護?」
カナンさんが続ける。
「危ないところだった。今の彼らが黒天蓋なんてとこに潜ったらどうなっていたことか」
ユリウスさんが端末を開く。
「ちなみに、ギルドから蒼天の牙壊滅の手紙を届けたのも、我々です。そうすれば貴方は、蒼天の牙の馴染みの店だった赤鹿亭に現れるだろうと判断しました」
ボクは思わず眉をひそめた。
「そんなの、完全な公文書偽造じゃないですか。ギルドに訴えますよ」
「はっはっは! まぁまぁ。あっはっはっは!」
ヴァンさんが笑ってごまかそうとする。
「そいつは、俺らの話を全部聞いてからでいいじゃないか。な?」
そう言って、ヴァンさんは顎でユリウスさんを示した。
「蒼天の牙は、現在はギルド専用トレーニングフィールドにて再調整中です。基礎出力の底上げ、連携再構築、深層想定シミュレーションの段階的導入を行っています」
「みんな、自分と向き合って、必死に努力しているわ」
カナンさんが微笑んだ。
夜風が路地を抜ける。ヴァンさんが言い添える。
「彼らにA級は遠い。だが、夢物語ってほどでもない」
「ユアン、嬉しい?」
カナンさんはボクにウインクした。
「……はい、それはもう。大切な仲間だったわけですし」
ぐっと気持ちを押し殺す。
まぁ、いい。ボクは今まで通り、次のパーティを探すだけだ。
「で、二つ目だ」
ヴァンさんの声が、心なしか弾んだ。
「おめでとう。お前に昇級の知らせだ」
「……ボクに?」
指先で軽くボクの胸を指す。
「ユアン・リーフ」
一拍置いて、にやりと笑う。
「お前はA級だ。俺が推薦した」
「……は?」
演技ではない。心の底から間の抜けた声が出た。
ボクは瞬きをする。
ボクが? A級?
いったい、何が起きている? 彼らは、何をつかんでいる?
「どうした?」
ヴァンさんが楽しそうに顔をこちらに突き出す。
「何もおかしなことはない。現在、お前は追放されて、個人だ。つまり、パーティは4人以下を満たし、実力十分。当然の措置だ」
何が当然なものか。彼らは知っているのか? ボクの実力を。
ヴァンさんがこらえきれないと言った様子で吹き出した。
「ふはっ、なるほどな。お前、どっちのニュースも最悪だって顔してるぜ」
首筋を冷汗が伝う。一体、何がどうなってるんだ。
「そんな、どっちも嬉しいです……、でも、ボクの昇級は不当です」
何とか声を絞り出して、ヴァンさんを見る。
「ボクの付与術は弱いんですよ。蒼天の牙を追放された今、ボク一人では何もできません」
魔導ランプの灯りが、かすかに揺れる。
ユリウスさんが静かに口を開く。
「これは正式な通達です。弱き者に昇級は起こり得ません」
ヴァンさんがいつの間にかボクの隣に立っていた。
「推薦人として、理由を話してやろうか?」
グローブをつけた手が、ボクの肩に回された。ボクはびくりと体を震わせる。
「お前の付与術師としての力は、相当なもんだ」
「……何を言って――」
「なにせ」
ヴァンさんがしたり顔で言う。
「C級相当の蒼天の牙の力を、A級直前まで引き上げちまうんだからな」
心臓が、ぎゅっと縮む。
カナンさんが続ける。
「蒼天の牙は元々ユアンが入るまではC級止まりだったでしょ?」
ユリウスさんは頷いた。
「はい。データに不自然な点はありませんでした。ですが、ユアンの加入後、蒼天の牙の成功依頼難度が上昇したことは事実です」
ボクは、ゆっくりと息を吐いた。
ああ、なるほど。
「模擬戦の話をしようか」
ヴァンさんは、ボクの肩から手を離した。けれど距離は詰めたまま、逃げ道だけを塞ぐ。
「俺は蒼天の牙がA級に相応しいか試してやると言った。だが、お前は5人で戦うものだと判断したな」
「それは、あのときは、ボクもまだ蒼天の牙の一員でしたし、だから、それで……」
確かに、ヴァンさんから模擬戦の申し出があったとき、ボクは焦った。
本当なら、蒼天の牙の次なる戦闘は黒天蓋で行われるはずだった。そうでなければならなかった。
それが、模擬戦だなんて。とんだ誤算だった。
「お前は、あの模擬戦で、二度、付与術を使ったな」
苦肉の策だった。
蒼天の牙にはA級の実力を持っていてもらわなければならなかったのだ。
「一度目は、結界を追い出される直前。お前は、蒼天の牙のメンバーに、一人ずつ手を握って声をかけた。あのときだ。お前の立場では、あれは明らかに不自然な行動だった」
「何を根拠にそんな」
ボクは肩をすくめる。
「みんなに、頑張ってほしかっただけですよ」
ヴァンさんの眉がわずかに上がる。
「お前を追い出して戦うって連中に?」
「……お世話になりましたから」
口にしてから、自分でも白々しいと思う。
ヴァンさんは鼻で笑った。
「まあ、いいさ」
ヴァンさんが指を鳴らす。
「重要なのは、アース・バインドだ」
夜の空気にひやりとする。
「あれが放たれた時、お前は自分が何をしていたか言えるか?」
「応援してましたよ、蒼天の牙を。勝ってほしかったですから」
ヴァンさんは頷いた。
「確かにな。応援してた」
短い間があった。
「というより――応援し過ぎて、加勢していたな。お前は、地面に手を当てていたんだ」
ヴァンさんは続ける。
「地上の結界を回避するために、地中経由でアース・バインドに付与を送ったんだ。結果、爆発的な拘束出力だった。あれは通常の魔法の反応じゃない」
喉が、ひりつく。ユリウスさんが通常営業で補足する。
「地中伝導による術式強化。光属性の付与を地脈へ流す技法です。A級付与術師でも扱える者は限られます。少なくとも、B級では不可能です」
「適当なこと言うな!」
思わず声を荒げてしまう。
「そんなの全部想像じゃないか。机上の空論だけで語るなよ」
「まだ頑張るのか」
ボクを見据えるヴァンさんは楽しげだ。
ユリウスさんが咳払いをする。
「自慢ではありませんが、我々のフィールドは、あの日の模擬戦以降、ヴァンの金欠により一切整備しておりません」
端末へのタップと同時に、空中に地面の断面図が投影される。
「つまり、術式の痕跡はそのまま残っています。地中を走った付与の導線も、強化痕も、全て」
ヴァンさんが大げさに両手を肩の高さに広げる。
「おっと、A級推薦の理由はそれだけじゃないぜ。むしろ、こちらの方が恐ろしいくらいだ」
その追及がいよいよ核心へと迫ってくる。
「そんな強力な付与術を、お前はパーティの誰にも気付かれずに使い続けたんだ」
「普通はね、付与された瞬間って体がぐっと強張るから分かるの。力が流れ込む感覚がはっきりとね。でもユアンのはそれを感じさせなかったってことでしょ。すごい技術よ」
心底感心したようにカナンさんが言う。
ヴァンさんが頷く。
「そう。お前はそれをすることで、本人たちに、自分の力が上がったと誤解させたんだ」
目を閉じると思い出す。
「最近の俺たち、だいぶ強くなったよな!」
「魔法使いの才能が開花するってこういうことなのね」
「うん。みんな、強くなったよね」
「前より踏み込める。大剣が重く感じなくなった」
愛すべき仲間たちの声だ。
そこに、ヴァンさんの声が割り込んでくる。
「まるで、メンバーたちに自分が徐々に何かを掴んだと錯覚させるようにして、お前はゆっくりと付与術の効果を高めていったんだ」
「……ひどい。何もかもが偽物ってこと? 挑戦も、失敗も、成功も、成長も……、追放も」
カナンさんが呆然と呟いた。
「お前がそうまでして、周囲を欺いた理由はわかっている」
ボクは天を仰いだ。夜空には雲がたれこんでいるみたいで、星はほとんど見えなかった。
ああ、ここまでか。
胸の奥に、奇妙な感覚が広がる。
恐怖じゃないし、焦りでもない。
なんだか不思議と、愉快な気分だ。
ボクは、ゆっくりと夜空からヴァンさんへ視線を移す。彼は落ち着いた目でボクを見ていた。
「さあ、お前が紡いだ追放物語を聞かせてやろう」
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明日20日19時に
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