第1話 ボクは追放されない
全12話中の1話目です。「追放ミステリー」です。よろしくお願いします。
◆ユアン・リーフ
酒場《赤鹿亭》は、今夜も騒がしかった。
床を叩くブーツの音、ぶつかるジョッキ、笑い声。壁際では下位パーティが地図を広げ、中央の長卓では古参の冒険者が武勇伝を並べている。
ボクたち《蒼天の牙》もそんな酒場の背景の一つになっている。
けれど、ボクだけは彼らのようにエールを楽しむわけにはいかなかった。
理由は簡単だ。
「A級を目指すなら、編成を詰める必要がある」
リーダーのガルドが、ジョッキを置いた。その音で、卓の空気がぴたりと止まった。
わかっている。これから何が行われるかは、わかっている。
火力のレオは外せない。
魔法使いのマルタも。
回復のシェナだって同じ。
残るのは、支援——付与術師のボク。
「A級は“少数精鋭”だけに与えられる称号だ」
ガルドはきっぱりと言った。
「お前らも知っての通り、A級の枠は四人だ。昔、人数だけ集めたA級パーティが、結局、一体のモンスターに散り散りにされて、全滅した。それ以来だ。頭数じゃなく、デキるヤツだけ。それが、今のA級って称号だ」
人数無制限のB級パーティからA級パーティに昇格するにあたって、多くのパーティを悩ませる問題。
それが、追放問題だ。
これまで、共に冒険をくぐり抜けた大切な仲間と別れなければならない。
到底、軽々にできない決断であり、一週間と話し合ったって定まらないことも多い。
——ただし、ボクたち蒼天の牙は例外だった。
「要するに、弱いのを切れって話だろ」
レオが鼻で笑った。視線がボクに刺さる。ボクは笑ってごまかそうとした。
「最近の俺たち、だいぶ強くなったよな!」
レオが続ける。わざとらしいほど明るい声だ。
「ここんとこの依頼、まったく崩れたことがねえ。大型魔獣も押し切れた」
マルタが頷く。
「ええ、私も、なんだか、魔力が溢れて止まらないわ! 魔法使いの才能が開花するってこういうことなのね」
誇らしげに胸を反らして彼女は言った。
シェナが小さく笑った。
「私の回復も、追いついてる。うん。みんな、強くなったよね」
そう。みんな、強くなった。
ガルドが静かに頷く。
「俺も感じている。前より踏み込める。大剣が重く感じなくなった」
卓はすっかり盛り上がっていた。
レオが、わざとらしくボクの方に顔を向けた。
「で、お前は? お前は“気休め”をするだけか?」
笑い声が上がる。
酒場の別卓からも、こちらを見ている気配がする。面白がられているのかもしれない。
「ゴメン。ボクの付与は、大したことないよ」
口から出たのは、いつも通りの言葉だった。
「せいぜい、みんなの力を3%上げるくらい。ほんの気休めだね」
マルタが眉を寄せる。
「むしろ、余計な術を使われて、詠唱の邪魔ですらあるわ」
レオがグラスを揺らした。
「ガルド、聞いたろ? 本人も分かってる。切られるのは自分だってさ」
ボクは何も言わなかった。
シェナが、テーブルを叩いた。
「やめて。そんな言い方しないでよ」
その声は、ちゃんと怒っていた。
「ユアンは大切な仲間よ。そんな簡単に切るとか、笑って言っていい話じゃない」
シェナはレオを見る。
「遠征で空気が最悪になったとき、最初に声をかけてくれたのはユアンだよ。迷宮で足止め食らったときも、焦らなくていいって言ってくれた。私は、あのとき怖かった」
レオは目を逸らしたまま、短く言った。
「……で、それが何?」
「ユアンがいて助けられたことはある。だが、A級は結果がすべてだ。依頼主は冒険者の強さに金を払うんだ」
ガルドが静かにまとめる。
それでも、シェナが食い下がろうとした。
「だったら! 鑑定してみない? ユアンの付与術にも、きっと、もっと、強い力があると思うの」
ボクの心臓が一瞬だけ跳ねた。
「鑑定にいくらかかるのか、分かってるのか? シェナの一年分の取り分を使っても足りないはずだ」
ガルドの言葉にもシェナは諦めない。
「でも、私、ここでユアンと別れたくな――」
「鑑定なんて、しなくていいよ」
ボクは遮った。声が震えないように気を付ける。
「これ以上みんなに迷惑はかけられないし、本当にボクの付与術なんて気休めなんだ」
レオが勝ち誇ったように言う。
「ほらな。よし、決まった決まった!」
「うん。ボクが抜けるよ。みんなの邪魔になるなら、その方がいいよ」
喉の奥が熱い。泣きそうだ。いや、笑いそうなのか。自分でもよくわからない。
シェナが唇を噛む。マルタがどうでもよさそうにエールをあおった。レオは邪魔者を排除できそうで楽しそうに笑っている。
ガルドが、改めてボクを見据えた。
「ああ。俺たち蒼天の牙はユアン・リーフを追――」
ようやく、ボクと彼らの運命が決まる。
そのときだった。
「なぁ、お前ら、ちょっといいか?」
よく通る声。それは、この場の流れなどまるで意に介さない明るい調子だった。
騒がしい酒場の中で、不思議と、その一言だけがはっきり耳に届いた。
ガルドが振り返る。
ボクもつられて視線を上げると、一人の男がこちらを見下ろしていた。
男は続けた。
「その追放、俺に預けてくれないか?」
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