決断の重さ
少し体を固くし、鋭い視線を崩さぬまま、迎えに来た東の王子の側近とともに長い通路を歩くのは、東国からの使者だ。
到着日は手続きで会うことがかなわず、翌日の面会となったのだ。
後継者候補は別に宮殿が割り当てられているため、滞在中の王宮から長い通路を通って会いにいく必要があった。
王の財力もあってか、東国の屋敷らしいデザインが取り入れられた、最新の宮殿に目を瞠る。
これでは主が甥を王としたがるのも、無理はない――
東の王子の母親は、東国の主の妹だ。
私が幼いころに嫁いでいったそうだが、とても聡明な方だと聞いた。
主は武功に優れているが、その反面政治手腕に少し不安があった。
その分の政治手腕は彼女が担当していたと。
そのような女性の育てた王子はどのような方なのか。
期待と不安が入り混じる。
迎えに来た部下や側近に、どうしても不安がぬぐえなかった。
面会の部屋で片膝をつき、頭を下げて王子を待つ。
ふわりとした足取りで王子が入ってくるのが分かった。
「頭を上げてください。」
とてもやさしい声が、頭上から降ってくる。
顔を上げると、微笑みをたたえた穏やかな顔が目に飛び込んでくる。柔らかい表情とは裏腹に、不安が湧き上がるのは少し虚ろに見える目のせいだろうか。
「遠いところ、ご苦労様でした。」
東国のデザインを取り入れた瀟洒な服に、つややかで美しく伸びた黒い髪。
ふ、と漂ってくるのは桜をイメージした香水だろうか。
気取られないように観察しつつ、挨拶する。
「主の命により、ただ今罷り越しま…」
言い終わらないうちに、
「ああ、そのような堅苦しい挨拶はやめてください。」
優しげだが、有無を言わさない強さで言葉を遮る。
「私はいつも皆と一緒にありたいのです。」
王子は周りを見渡しながら、満足げに話を続ける。
部下たちはおっしゃる通りとばかりに、力強くうなづいている。
――これは。
「来た時に王都の市場の様子を見ましたが、流通が滞ってきている様子。」
「おそらく、他の後継者、おそらくは西の御方がなされたかと。」
湧き上がる不安を押し殺すように、これからの対策について話す。
まずは、城下の住民の暮らしを整えなければなるまい。
「あぁ…そのことですね。」
どこか夢を見るように、王子が答える。
既にお考えだったか、と使者は胸をなでおろしたが……
「とても胸が痛いです。
部下にはすでに、そのようなことは辞めるように言うよう、言付けています。」
少し眉根を寄せ、苦し気な様子を見せる。
だが、どこか満足げでもあった。
――部下に言付け?
まさか、それだけで何とかなると、思っているのだろうか。
誰が、誰に、何を伝えるのか。そして、その結果は?
使者が口を開こうとしたとき、
「そういえば、伯父様から預かった物があるのでは?
手紙は昨日もらって読みましたよ。
私を気にかけてくださっていて、とてもうれしいです。」
王子の畳みかけるような問いに、話題は流されてしまった。
「もちろん、こちらに。
ですが、これは後継者になるための軍資金として、こちらで……」
東国でしか取れない、東国では国宝である美しい宝玉を目の前に差し出す。
王国の大富豪では厳しいだろうが、帝国の大富豪ならふさわしい金額で売れるだろう。幸い伝手もある。
「では、こちらで預かります。」
王子がにこりと笑い、手を差し出す。
周りは固唾をのんで宝玉を見つめる。
「恐れながら、これはこちらで換金して管理します。これから……」
この方に渡した宝玉がどうなってしまうか、わからない。
今後のためにも、渡すわけにはいかなかった。
だが――
「伯父の手紙には、私の好きにしていいと。」
手紙を側近に渡し、側近がその手紙を持って使者に差し出す。
慌てて手紙を受け取り、目を通す。
その宝玉は、お前のものだ。
お前の好きにしてもいいのだよ。
そんなことが書かれていた。
国宝を、個人の裁量で……
使者は、がっくりと両ひざをつき、うなだれるしかなかった。




