風の子と、森の境界
牧歌的な村の風景によく似合う、子だくさんで賑やかな家族が暮らす少し大きな一軒家。
どこかしら夢を見ているようなまなざしの、少し癖のある黒髪を風に揺らした青年が玄関ポーチの階段に腰かけていた。
彼は、そうして自分の知らない世界を空に夢見ているのだ。
今年18歳になったばかりの彼が年の割にあどけないのは、7人兄弟の末っ子だからだろう。
大勢で面倒を見てくれるおかげで、今は特に仕事もしていない。
「この子は風のようだから」
親や兄弟は、いつでも笑って、愛される末っ子を見守ってくれているのだ。
15歳になると角のある魔獣を狩るのがこの地の成人の儀式。
角のある魔獣を狩って、初めて成人と認められるのだ。
彼の首にかかっているペンダントも、その時に狩った一角ウサギの角からできている。
兄や姉のようにグラウホーンやラドノスといった、魔牛や魔サイを狩るのではなく、
最初に目についたから、というのも彼らしい理由だった。
「ああ、こんなところにいたのね。あのね、お願いがあるのよ。」
彼が海の向こうを夢見ているとき、ふいに母の声が耳に入った。
「村の外れの薬師のおばあさんを知っているでしょう?」
村に一人だけの大切な存在だ。彼女がいなければ、治る病気も治らないだろう。
海の向こうから連れ戻された彼は、そう思いながら母に目を向ける。
「薬草を頼まれたんだけどね、今手が空いてる子がいないのよ。
だから、ちょっと届けに行ってきてくれる?」
彼女は薬草の入ったかごを、彼に差し出した。
今、仕事をしていないのは彼だけだ。断る理由もない。
かごを受け取ると、軽やかな足取りで村の外れに向かった。
森のそばの道を通り、薬師の家に向かった。
この森には厄災と呼ばれたドラゴンがいるのだという。
傾いた古ぼけた警告の看板にも、そんなことが書かれている。
「ほんとうなのかな」
好奇心は人一倍ある。一度見てみたいとも思っている。
だが、家族からは
「決して入ってはいけないよ」
と口酸っぱくして言われているのだ。
看板が見えなくなったころ、薬師の家にたどり着いた。
かごを差し出す彼に、薬師はにやりと笑いながら言った。
「お前は好奇心旺盛なのに、森には入らないんだねえ。」
当然だ。
彼は好奇心はあるが、危険なことをしたいわけではないのだ。
「私は帝国にいたことがあるんだ。」
彼女のいつもの自慢だ。
帝国といえば、最大の繁栄を誇る国だ。
街に入ることすら難しいのに、この薬師はそこで学んだのだという。
「噂なんて、自分で確かめないとわからないこともあるんじゃないかい?」
まるで、森に行ってみろと言わんばかりだ。
薬師の家を辞して、帰路につく。
彼は薬師に言われたことの意味を考えながら、来た時より少し重い足取りで歩いた。
ふと気づくと、森の入り口に立っていた。
自分で確かめろ――
彼は意を決したように瞳に力を込めると、森の中へと入っていった。




