芋が焼けるまで
大粒の雨が体を叩き、耳にはとどろく雷鳴が絶え間なく響く。
これでは野宿は無理だろう。
二つ目の宿場町を出た後、王都へあと二日といったところの山中で、二人はひどい嵐に遭遇した。
ドラゴは翼でフウライをかばいつつ、尾根の脇にある山小屋へ飛び込んだ。
体の水分を払いつつ、フウライは暖炉に薪をくべる。ドラゴがフゥ、と火を控えめに吹いた。
「あったかーい。」
「早く服が乾くといいねぇ。」
ドラゴが担いでいたバッグの中にあった、宿場町で購入した芋を並べ、乾いた布で体を拭きながらほっとしたように腰を下ろす。
ドラゴはフウライから視線を外し、フウライの奥を見つめる。
ギシ
後ろの隅――
ドラゴの視線の先に、黒い影がゆらりと動いた。
打裂羽織にたっつけ袴といった出で立ち、脇に刀と振り分け荷物を置き、座っている。
黒く長い髪の毛は、一つに束ね、後ろに流していた。
物音にはじかれたようにそちらに目を向ける。
あの人は嵐の前に来たのかな。
雨に打たれたわけでもなさそうな様子に、フウライは首をかしげる。
「失礼――驚かせてしまいましたか。」
「嵐がきそうだったので、早めにこちらに寄せてもらっていました。」
先客はその疑問を見透かしたかのように、おだやかに答える。
「あっ。ああ、こ、こんばんは。」
慌てて挨拶を返す。
「その格好だと、東国の者だな。風を読んだか。」
ドラゴがそう判断すると、フウライは感心したようにドラゴに目を向ける。
「ご存じでしたか。」
「おっしゃる通り、風が嵐を運んでくると思い、早めに山小屋に入った次第。」
「馬で来ていたのですが、この嵐では――」
山小屋には厩舎がないので、馬を自由にするしかない。
無事に宿場町についているといいのですが、と先客はつぶやく。
ガタガタと音を立てて開いた扉から、薪を背負った老女が入ってきた。
「おやまぁ、お客さんかね。」
「ここにはあまり人は来ないんだけど。」
「ひどい嵐だものねえ。」
聞くと、山小屋を管理しているのだという。
管理だって?それにしては――
疑問に思う暇も与えず、老女の両手が刃に変わる。
ドラゴはフウライを隠し、東国の先客は刀を取り、膝を立てた。
次の瞬間、左側から回り込みドラゴの後ろを狙う。
ドラゴが左に体をずらし、火を吹いた瞬間、老女の右手が伸びる。
しまった!
ドラゴが右に体をずらそうとするが、そうするには遅かった。
老女の刃は、少しだけ右側に体が出たフウライを狙ったのだ。
「うわっ!」
フウライが声を上げて頭を下げる。
東国の先客が鞘から刀を抜いた時、ドラゴの吹いた火が反射してフウライの目を直撃したのだ。
その頭上を、老女の右手の刃が通り過ぎた。
ドラゴはそれを逃さず、右手とともに頭に食らいつき、老女を床に叩きつける。
そのまま内部めがけて火を放った。
「おまえは!やくさいじゃないのか!なぜにんげんと…」
断末魔とともにそんな言葉をドラゴに放つ。
「厄災?ああ、昔はな。」
もう聞いていないであろう老女に、そんな言葉を投げつけたのだった。
「ドラゴぉ…」
なんとも情けない声でドラゴを呼ぶ。
命を狙われたのだ、無理もないことだった。
「大丈夫か。怪我はしてないだろうな?」
怪我用の薬草を手に入れておくべきだったか、と思いながらフウライを気遣う。
「ありがとう、大丈夫。でもあんな怖い魔物がいるんだね…」
「あ、ありがとうございました。おかげで助かりました。」
東国の先客にもお礼を言う。
偶然にせよ、刀の光がフウライの命を救ってくれたのだ。
「いや、私は何もしていませんよ。」
「ただ、刀を抜いただけです。」
フウライの素直さにあてられたのか、微笑みながら刀を鞘に戻した。
「もしかしたら、これ奇跡かな。何時だろ。」
オークダンプの少女との約束を思い出し、ドラゴのバッグからノートを取り出し、まだ震えている手で日時をメモする。
「意外と律儀だな。」
ドラゴが感心する。
「意外とって何だよ。約束は、守らないとでしょ。」
むくれた顔をしつつも、ノートを仕舞う。
「芋が焼けたようだぞ。」
ドラゴが芋を見て、フウライを見る。
パアっと顔が明るくなったフウライは暖炉に駆け寄った。
「お芋、いかがですか?お腹空いてないですか?」
東国の先客に、よく焼けた芋を差し出す。
「ありがとう。いただきます。」
礼儀正しく言うと、芋を受け取る。
「フウライ。」
見ると、ドラゴが口を開けている。
赤い時は手がないんだった。
芋を少しちぎっては口に入れ…を繰り返す。
自分はその合間に芋をかじる。
「そちらの…ドラゴさん、は…」
「とてもお強いのですね。」
東国の先客が、言葉を選びつつ、ドラゴたちに話しかける。
「実は、東国の主から使いを頼まれて、王都まで行く予定なのです。」
「この先、まだひとつ山を越える必要があります。」
「あのような魔物を一人で倒すのは難しいでしょう。」
「ですから……護衛をお願いしたい。」
というと、頭を下げる。
「報酬は、王都での一週間の宿泊代と、他にお金をいくらかお出しします。」
報酬。
「ドラゴ、困ってるみたいだし…」
王都での宿泊代の心配がなくなるのだ。断る理由があるだろうか?
「仕方ないな…」
ため息をつきつつ、ドラゴが同意する。
「ありがとうございます。」
東国の使者は、ほっと胸をなでおろしたのだった。




