灰の森の伝承
その荒れ地には鎖につながれた赤き厄災がたたずんでいるのだという。
鎖を持つことのできる人間を待ちながら――
噂は次第にその形を変えていった。
曰く、その鎖を手にすれば強大な権力を手に入れるのだという。
既に強大な権力を持つ王は、さらなる権力を手にするため荒野へ向かった。
「おお、これがうわさの厄災か。……ずいぶんと小さきものだな?」
笑いながら、しかし侮るような目を向け、王は鎖へ手を伸ばした。
供の者たちもそれにならい、薄ら笑いを浮かべる。
その瞬間――
乾いた「じゅう」という音が荒野に響いた。
王の姿は、煙のように崩れ、灰となって地面に落ちた。
供の者らは、しばらく呆然とその場に立ち尽くしていた。
次の瞬間、誰からともなく叫び声があがり、全員が散り散りに逃げていった。
鎖は呪われているのだ――
権力を手に入れようとすれば灰になるのだ、と噂はまた形を変えていった。
ある聖職者は、さらなる栄誉を求め、その一端へ手を伸ばした。
すでに多くの信徒から崇められていたが、このドラゴンを制したという事実があれば、
名声は揺るぎないものになると信じていた。
神に守られている自分に、呪いなど通じるはずがない。
だが、“守られているはず”の彼は――
信徒たちが見守る中、静かに灰となって崩れ落ちた。
権力や名声を願ってはならないのだ、と噂はさらに形を変えた。
荒れた地は、少しずつ緑を取り戻していった。
ドラゴンの足元には草が広がり、やがてその周囲は森と呼べるほどに育っていった。
巨万の富を持つ富豪は、ドラゴンを手に入れるために、その前に立った。
権力でも名声でもない。ただ――
南の島にいる、美しい姫にこの“珍しいドラゴン”を贈りたかっただけだった。
しかし、欲の形が違ったとしても、それは欲に変わりはない。
富豪もまた、鎖に触れた途端、むなしく灰となって風に舞っていった。
鎖を持つものは、灰になる――
噂の果ては、ただその一言に落ち着いた。
「呪われたドラゴンに注意。決して入るべからず。」
草原へ続く森の入り口には、古い看板が一本、傾いて立てられていた。
やがて人が訪れなくなった草原でたたずむドラゴンは、
持て余した時間を埋めるように静かに目を閉じた。
しばらく眠るのも悪くない、と。
――そして、魔法使いとの戦いから三百年後。
プロローグはここまでです。
風の子とドラゴンが出会う旅の始まりは、次の章から。
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