3-30
時は少し遡る。
デペスの襲撃に対して迎撃を選択する第八期の中、遊撃役となったジャミトスは眼下に映る機械型の画一的な動きに目を細めていた。
まるで何も変わっていないと敵と定める相手を鼻で笑う。
実際何の変化もないのだろう。
自分を認識しても射角が取れず、少し動き回ったかと思えば諦めて他へと移動する。
しばらくするとこの動きはなくなるが、攻撃を加えるとまた同じ動きを繰り返し始める。
「まるで出来の悪いゴーレムだな」と顎を指で撫でるジャミトス。
時間を稼ぐのが目的なので消耗を最小限に抑えるべく、適度に攻撃を加えるだけのジャミトスはいい加減この光景に飽きていた。
戦いなど他に任せて研究の続きをしている方が余程有意義に時間を使えるのだが、と己の境遇に不満を漏らすも、その環境を提供しているのもエデンであるため、最低限の仕事はしなくてはならない。
(刻印があるから誰からも無視されるはずなのだが……)
使命か?
それとも自らの職務へと責任か?
エデンの職員は刻印の力に抗うように、最低限とは言えジャミトスとのかかわりを保っている。
また全く効果のない者もいた。
「魔力の有無か、はたまた異物であるが故にか?」
未だ憶測は多く、思考をまとめるように考えたものが口から漏れる。
解析でわかったことは第八期が他の世代とは違うということ。
その原因は恐らくあの異物にあるとジャミトスは考える。
何が違うのか?
またどう異なるのかまでははっきりとはしていない。
それに誰も気づいていないことを思い出し、エデンの方角を見て嘲笑する。
(別の世界、あらゆる時間軸から英霊の魂を召喚するためのリソースか……)
そんな都合の良いものが存在するわけなかろうに、とジャミトスはまたエデンを笑った。
しかしジャミトスは「有り得ない」と否定したものに心当たりがあり、それこそがエデンが忘却した事実であると睨んでいる。
憶測の域はまだ出ない。
はっきりと言えることはただ一つ――エデンは英霊の召喚装置がどのようにして動き、その結果を出力しているのかを理解していないということだ。
(アレをもたらした存在についても曖昧だ。記録はあれど実態が怪しい)
何もかもが歪。
ジャミトスはエデンをそう酷評しながらも、そこにあるであろう事実と過去には興味があった。
今度こそ願いが叶うか?
人の身で持つにはあまりにも大きすぎる願いをジャミトスは持っていた。
それ故に彼は殺された。
確信を得るにはまだ遠く、無意識に伸ばした手は空を掴む。
(いや、あと少しだ。鍵はある。後は扉さえ見つければ……)
願いの成就までの遠さを否定し、口角を上げるジャミトスが静かに笑う。
直後、警戒に引っかかった何かに反応し、ジャミトスは素早く振り返る。
「なん、だと……」
そこにあったのは認識を阻害する異質な空間。
突如として現れたそれは人型に見えながらも、頻繁に走るノイズによって何者にも見える錯覚を引き起こしていた。
ゆっくりと空を歩くそれを見てジャミトスは笑う。
「ははは、ははははははっ! 出るのか! ここで、これが!」
歓喜に震える狂気を孕んだ笑い声はすぐに止まる。
冷静に戻ったジャミトスは周囲からの観測を妨害する術式を展開する。
「邪魔はさせない」という強い意志と欲望は、目の前の脅威を前にしても揺らぐことはない。
「つまり、正しいのだな! いたのだな!? いや、まだいるのか!?」
抑えきれない狂気が再び噴出し、迫る脅威を前にしてもジャミトスは変わらない。
そのための準備も、彼はしていたのだ。
「神を偽り、理を禁ずる!」
自分に向かって伸びた手を払い除けるように、長いスクロールを取り出したジャミトスは本来の能力を使用する。
その結果は覿面であり、彼に向かって手を伸ばしたかのように見える脅威はピタリと動きを止めた。
「……そうだろうな。介入するならば、そうなるであろうなぁ!」
この結果は自らの推測が当たっていた証拠である。
ジャミトスは歓喜に震え、笑い声を隠そうともしなくなった。
彼が使ったのは魔術ではなく「禁術」である。
禁術師ジャレンナ――その名を名乗っていたならば、彼は間違いなくエデンから送還されていただろう。
「禁止」という概念を術として成立させ、その非道な力により歴史の闇へと葬り去られた禁忌の術。
エデンのデータベースにも存在するその術を使用する人物は、国を救いながらも町一つの住人を文字通り敵ごと全滅させた男である。
「天の理を以て禁ずる。地の理を以て禁ずる。血を束ね、尊種を騙りて重ねて禁ずる」
禁術の重ね掛けにより、脅威のノイズまでもが止まる。
「騙れ、語れ! 汝に祖はなく、虚無は汝なり、今を禁ずる!」
更なる禁術を重ね、ジャミトスは目の間の現象を捕獲する。
やり方はわかっている。
いつかこうなることを見越して準備をしてきたジャミトスには、積み重ねたものが、己の推測の正しさが証明されていることに歓喜していた。
「ああ……長かった。いや、人の身で頂きへと至るならば、あまりにも短かったと言うべきか?」
これは己の才覚に酔いしれるジャミトスの勝利宣言に外ならない。
「届いた」
そう確信したジャミトスの手がそれに触れ――千切れ飛んだ。
言葉を話す間もなく、疑問に思う時間すらなく、それを認識することもなくジャミトスの体が細切れのようになって空から落ちる。
手を伸ばしていた先にそれはなく、ジャミトスが死に至る僅かな時間で見た光景で全てを察した。
(時間を……ならば、まだ……)
最期は結論を出すことなく意識は消え去る。
血と肉片が空から降り注ぎ、地面に落ちるが地上を走る機械型のデペスは見向きもしない。
最初からそんなものはなかったかのように動くデペスの群れの中、ジャミトスだったものは光の粒子となって消え去った。
そこにいたはずのものもまた、最初からそこにいなかったように消えていた。
廊下を走り、背負われながらも息を切らしたローガンが示す部屋の前で立ち止まる。
「ここだ」と言って止まったまではいいが、俺に担がれて結構な速度で移動したからかローガンは少し苦しそうだ。
端末を取り出して操作した後、読み取り機にかざして扉を開ける。
何も言わずに真っ先に入っていくリオレス。
その姿を確認し、俺は走りながらふと疑問に思ったことを口にする。
「そう言えば、何を以て異界渡りと判断した?」
「先ほども言ったが、まともに観測できたのは、これが初めてなんだ。データベースには、酷似したものがあり、そこから今回観測した空間の揺らぎを異界渡りと判断した」
つまり、エデンはそれを知らず異界渡りを観測しており、その過去のデータと一致したことで今回の異常と紐づけることができたようだ。
「もっとも、それさえも状況を考えての推測が混じる。だが、出現した可能性が僅かでもあれば、彼に教えなければならない」
呼吸を整えたローガンの言葉に俺は「なるほど」と頷く。
不用意に俺が「出たのか?」とか聞いてしまったので、頷くしかなかったのも原因だったかもしれない。
ともあれ、ジャミトスの遺物でそれが判明してしまえば問題はない。
ローガンとともに部屋に入るが、ものの見事に何もない部屋である。
人のことは言えないが、殺風景を通り越して本当に何もない。
部屋を探すリオレスもこれには困った様子で手が止まっている。
「履歴を見る限り、紙とペンを使っているはずだが……」
ローガンがポイントの使用履歴を調べた結果を口にするが、それらしいものが何も見当たらない。
俺も一緒になって探してみるが、まるで誰かが使った形跡すらないような状態である。
物がないお陰で探す場所が本当に少ない。
もしかしたら他の場所に隠しているのか?
そう口に出そうとしたところでリオレスが呟いた。
「……同じだ」
「何が?」と聞く前にリオレスが振り返る。
「師が殺された時と同じく、かかわる物や痕跡が消えている」
リオレスは状況が同一であることを理由に異界渡りが出現していると断言する。
しかしそうなると手がかりが何もないことになる。
「全て消え去るとなると、何を調べていたか、何を知ったのかの手がかりがなくなるのか……」
俺の呟きにローガンが「そうでもないようだ」と端末の画面をこちらに向ける。
そこに表示されていたのはジャミトスの検索履歴。
「全てが消えたわけではない。残った痕跡で彼の目的をこちらで調べてみよう」
ローガンの言葉にリオレスは「頼んだ」と言って頷く。
俺もそれに倣って頷くが、それを信用してよいのかどうか……結局最後までそれを口にすることはできなかった。
敵はデペスだけではない。
その可能性と目の前の現実は、ただのゲーマーには少しばかり厳しすぎるのではないかと思う。
3章はここまで。
次回更新は少し時間が空きます。




