3-29
ジャミトスの死と異界渡りの出現。
何かを知った、或いは憶測だが確信していた何かを抱えたままジャミトスは消えた。
恐らくはエデンの重要な秘密に気が付いた。
そのタイミングでの死亡は無関係と呼ぶにはあまりに出来過ぎている。
「エデンをあまり信用するな」という言葉が遺言となってしまったことで、俺はローガンの問いに何も言えずにいる。
俺はただ黙って首を横に振り、何も聞いていないと返答する。
ローガンはただ「そうか」とだけ言うとゲートを見る。
リオレスを待っているのだろう。
時間的には俺より先に帰投しているはずなので、いつ戻ってきてもおかしくはない。
「異界渡りとは何だ?」
俺の質問にローガンは重々しく口を開く。
「我々にもよくわかっていない。記録はある。だが、まともな観測ができたのは恐らく今回が初となる」
データが不十分だ、とローガンは溜息を吐いた。
「その異界渡りが出たことで何かあるのですか?」
事情を知らないレイメルがローガンに尋ねるが、それに対する返事は沈黙。
教えるつもりがないとわかるとレイメルはこちらを見るが、俺としても答えてよいものなのか判断に困る。
気まずい沈黙が流れる中、タイミングが良いのか悪いのか、リオレスがゲートを潜り帰ってきた。
「戻って早々で悪いが話がある」
ローガンの表情からただならぬ事態が発生したことに気づいたリオレスは黙って頷く。
リオレスを連れて歩き出すローガンだが、それをレイメルが止めた。
「まずジャミトスが亡くなったことを話すべきでは?」
レイメルの言葉にリオレスの足が止まる。
「奴がか?」とリオレスから見てもジャミトスが死ぬなど予想していなかったらしい。
彼にしては珍しく驚愕の表情を見せており、リオレスもまたジャミトスの実力は認めていたことが窺える。
「異界渡り――この単語に聞き覚えは?」
レイメルの言葉にリオレスがローガンを見た。
「……異界渡りの出現が確認された。犠牲者はジャミトスだ」
「何処にいる?」
リオレスがローガンに迫るが「もう消えている」という返答に表情が厳しくなる。
「正直に言おう。観測ができただけでも運が良かった。恐らくはジャミトスが抗い、十分な時間を稼いだことで、我々も感知することができたのだろう」
「でなければ、何も気づけぬまま終わっていた」と付け加えるローガンの顔は苦渋に満ちていた。
「だが、観測できた以上はデータとして残る。これを解析することで何かしらの手がかりは得ることができるはずだ」
ローガンは真っすぐにリオレスを見つめ返す。
自信があるわけではないだろうが、ここは彼にとっても引けない場面である。
「……できるんだな?」
リオレスはローガンに確認する。
「やってみせるさ。エデンの……人類の英知は常に未知を解明し続けてきた。今回もその一つとしてみせよう」
わかり切っていた答えだ。
リオレスにとって、ここで戦う理由が仇討ちの協力である以上、何もできないのであれば、エデンに力を貸す意味がなくなる。
「実際に観測したらできそうにありませんでした」で済む話ではない。
できるかどうかは関係なく、ローガンはそう答えるしかないのだ。
それを信じるかどうかもまた、彼のエデンに対する心証次第。
「いいだろう」
リオレスはローガンの言葉を受け入れた。
信じたのか、それとも他に手もなく仕方なかったのかはわからないが、協力関係が続くのは間違いない。
俺としても頼れる同期がいるのは良いことである。
「少しいいか?」
だから俺も少しは協力しようと控えめに手を挙げる。
大した思い付きでもないし、誰もが考えるであろうことを先に口にする。
「異界渡りが出現したケースを我々は二つ知っていることになる。その共通点を探すことで、誘い込むことは可能か?」
俺の提案に考え込むローガン。
リオレスは黙って頷き肯定している。
一応他にも情報はないか改めて確認してみるが、ローガンは黙って首を横に振る。
「以前も言った通り、存在は認識している。しかし実際に観測できたのは今回が初めてだ。少なくとも、エデンの記録にはそれとわかるものは残されていなかった。類似したデータと記録からそう判断している」
リオレスの一件がなければ「ただの噂」で片づけられていた可能性もあり、その存在を信じていない者もいただろうとローガンはこれ以上の情報がないと断言する。
「しかし、共通点を探すのは悪くない。特定の条件を満たすことで出現するのであれば、ジャミトスが残したもの次第では、呼び出すことも不可能ではないはずだ」
ローガンの言葉にリオレスの鞘を持つ手に力が入る。
リオレスの願いが叶うかもしれない。
しかしそうなれば彼はこの世界から消える可能性もある。
願いを叶えた英霊は存在意義を失い消え去る。
エデンはそれを許容するのか?
(できないな。リオレスが残って戦い続けてくれる可能性に賭けるしかない)
分は悪くないと思うが、エデンはリオレスを信用するか?
多分しないだろうな、と組織が情で動くものではないことを知っている俺は心の中で溜息を吐く。
以前の俺ならばどう考えだろうか?
ジャミトスの遺言は思ったよりも俺に影響を与えているのかもしれない。
ともあれ、話は現在犠牲者の共通点についてである。
ジャミトスについては言わずもがな、研究者寄りの魔術師であり、誰彼構わず解析する困った男でもある。
「彼についてはエデンのデータベースを探しても該当する人物は存在しなかった。英霊たちに話を聞いたこともあるが……」
こちらも同様だ、と残念そうに大きく息を吐くローガン。
「あれだけの実力者ならば知られていない方がおかしいが……」
唸るリオレスに「確かに」と俺は同意する。
「……偽名、でしょうか?」
レイメルの言葉にローガンとリオレスが揃って頷く。
恐らくその可能性を真っ先に疑ったのだろう。
俺はタイミングを合わせることができず、ただ黙って考える素振りを見せる。
思った以上にジャミトスという人物について、誰もよく知らないという事実に全員が押し黙る。
(ぶっちゃけ、好きでもない……むしろ嫌いな相手のことを知っている、という方がおかしいもんな)
この結果には「さもありなん」としか言えない。
なので、唯一まともに会話をしていた俺に視線が集中するのも止む無しであり、それを想像していなかったのは失敗だった。
「何か手がかりになりそうな話を聞いていないか?」
エデンではなくリオレスに言われるならばどうすべきか?
これまでの戦いから彼は「戦友」と呼べるポジションにあると言ってよい。
思い出そうとするように俺は腕を組み天井を見上げる。
スコール1ならどうするか?
その答えはもう決まっている。
「……そう言えば、以前ジャミトスはこんなことを言っていたな。『エデンは何か重要な情報を忘れている。或いは喪失している』と」
俺の言葉に今度は視線がローガンに集中する。
ローガンの俺を見る目が何だか悲しそうである。
「何か根拠があっての話ではなかったからな」
本当に忘れていたんだと俺は言い訳するように念を押す。
ともあれ、彼の残したものに何か手がかりがある可能性が出てきた。
合わせてリオレスの師である人物の情報も共有する。
レイメルがいることに何も言わないが、どうやら彼女も巻き込むことに決めたようだ。
力はなくとも知恵は出せる。
彼女にはそれだけの価値があるとリオレスは判断したのだろう。
「師を一言で表すならば『天才』だ。若くして剣を極め、他の武術にも精通していた」
語られるはリオレスの師であり、育ての親でもある「ナヴィレ」という名の武神とまで称えられた男の話。
だが、ある時を境にナヴィレは憑りつかれたかのように何かを調べ始めたらしい。
その姿は鬼気迫るものがあったと、当時を振り返るリオレスは語る。
ただ何を調べていたのか?
何がそこまで彼を駆り立てたのか?
そこに関しては何もわからなかったと言う。
ここで生まれた「何かを調べていた」という共通点。
「何かを知ってしまったが故に消された?」
考えていたことが口から漏れた。
全員の視線がこちらに向けられたが、レイメルは苦笑いで俺に言う。
「別の世界の話ですよ?」
俺は創作物では定番のパターンを口走った気恥ずかしさを誤魔化すように「そうだったな」とレイメルに合わせて苦笑する。
しかし同時に前提を覆す例外がいることを思い出す。
(……異界渡りは世界を渡る。そんな存在が知られて消しにかかる情報と言えば?)
何かが噛み合った。
だが、それはただの憶測でしかない。
(いや、もしもそうならエデンが無事である理由がわからない)
俺は考えた可能性――それは二人が「世界を渡る手段を調べていた」場合、異界渡りがこの共通点を持つ者を消し去る理由になり得るというものだった。
「どうしましたか、スコール1?」
俺の異変に気付いたレイメルが首を傾げ、こちらの顔を覗き込むように尋ねる。
目隠しをしていてもわかる美人だが、今はそっちに気を取られている場合ではない。
「ジャミトスの研究を調べよう」
俺の言葉に何か思いついたのだと察したリオレスとローガンが頷く。
まだ他の同期は帰ってきていないが、急いだほうがいいような気がする。
戻って来る同期のためにレイメルを残し、俺たち三人は走り出した――のだが、高齢のローガンが付いてこれるわけもなく、俺が背負って走ることになった。
彼がいないと部屋の捜索ができないとは言え、相も変わらず「締まらんなぁ」と声には出さずに溜息を吐いた。




