3-21
唐突に始まる人気投票対決だが、当然俺はこれを無視する。
興味がないから勝手にやれ、というスタンスが最も適切なので予定していた魔法の座学を受けるべく多目的室へと向かう。
現在の学習状況だが、俺にとって危険と思われる魔法に関して一通り学んだ状態にある。
最初に言われた通り精神魔法によって操られることが、魔力を持たない俺が最も警戒すべきものであり、来る大規模作戦の前には何らかの対抗手段を用意する必要があった。
その答えの一つとして「時間制限はあるがエデンが用意する」というものもあり、間に合わなかった場合は使い捨ての防御手段を持たせてくれることになっている。
とは言え俺に魔力がないからなのか、攻撃魔法の通りは良いが、それ以外のバフやデバフ、精神魔法を含む補助系の魔法は効果が薄いという研究者も首を傾げる結果が出ている。
ゲーム的な処理で考えた場合、毒や炎上と言った継続ダメージを割合でカットしている強化服が「状態異常耐性」として機能しているのではないか?
というのが俺の推測。
物理ダメージはカットできても魔法ダメージはカットできない点は引っかかるが、これくらいしか今の俺には思いつかない。
約二時間の座学を終え、午前中の残り時間を射撃訓練場で過ごす。
最近は慌ただしいことの連続だったので、ようやく日常が返ってきたという感じがする。
(まあ、これを当たり前と感じるのはどうかと思うが)
召喚されてからというもの、毎日というわけではないが命懸けの戦いの日々である。
戦うのは構わない。
このキャラならば戦えるから。
強くなるのもいい。
このキャラが本来持っているべき強さに戻るなら。
世界を救えと言われれば応じよう。
それがスコール1という人物だ。
だが、それ以上を求められるとアドリブが必要になる。
状況に応じて対処する場合、求められるのは俺自身の能力だ。
まったくなり切るのも大変である。
悩みは尽きず、されど時間は無慈悲に流れる。
射撃訓練を終えて食堂に向かうと待ち構えていたローガンに捕まった。
こちらとしても言いたいことがあるので、食堂ではなく厨房で昼食を取りながら話そうか。
「つまり政治か……」
何故あの変態の暴挙を止められなかったのか?
その件をローガンに問い詰めたところ、以下のような答えが返ってきた。
「前回の模擬戦でフィオラに譲歩する形を取り、エデンは彼女に貸しを作ることには成功した。また君が単独出撃をしてくれたお陰で君を正式に最高戦力の一人とすることもできた。だが、上層部の中には君とフィオラを明確に同格と見ていない者たちがいる」
この勢力の主要メンバーが市民上がりの議員であり、現場の状況を全く理解していない連中なのだとローガンは溜息を吐いていた。
これに関してはフィオラの実績があまりにも大きすぎる点が挙げられた。
何せ百年以上エデンの最高戦力として君臨していたのだ。
幾ら実力があろうがぽっと出の俺と「同格です」と報告が上がっても鵜呑みにすることはできないのかもしれない。
そこで持ち掛けられたのが今回の人気投票である。
俺が動画の件で人気が急上昇していることを利用し、持ち上げることで同等の戦力であることを市民の意識にすり込めばよい、と提案され一部議員がそれに乗っかった結果なのだと言う。
その提案者が英霊のフォトカード販売の責任者でなければ、比較的すんなり飲み込むことができたと思う。
この件を正直に話してくれたローガンも信用は上がったが、話はこれで終わりではない。
「要するにこの問題はフィオラの信奉者である議員たちが、彼女の対抗馬となり得る君を警戒してのことなのだ」
フィオラを抑えようとする勢力と「最高戦力であり、エデンの守護者である彼女の好きにさせるべきだ」という信奉者との争いが表面化した結果が、今回の人気投票に繋がっているのだとローガンは締めくくった。
それで冒頭の俺のセリフである。
エデンには危機感の足りていない連中が少なからずいる。
世界の危機、人類存亡の危機と声高に叫べど、千年戦い続けて未だ健在なのだ。
終わりが見えない戦争でも人は慣れてしまう。
現場にいる人間ならともかく、そうでない者は現実が見えていないか、敢えて目を逸らしているかだろう、とローガンは大きな溜息を吐いた。
「本当に君には何と言って詫びればいいかわからん」
申し訳なさそうに頭を下げるローガンだが、今回の件はこのセリフを引き出せただけでもよしとするべきだろう。
「……政治が現場をかき回すのはどこも一緒のようだな」
苦笑する俺を見て礼を言うローガン。
そちらの事情は理解した、とこれ以上は追求をしないという俺の判断をちゃんと理解してくれている。
「まあ、何か頼みごとがあれば、その時にでも返してくれ」
とは言え貸しであることには変わりない。
その部分だけはしっかりと強調しておく。
ローガンも「勿論だ」と快く頷いてくれたので、何かある未来でしっかりと返してもらおう。
話が終わり立ち上がるローガンだが、せめてもの詫びとして氷菓を貰った。
アイスクリームではなくシャーベット。
色とりどりの丸いシャーベットがガラスのような器に盛られている。
それを一つ摘まんで口に放り込むと食べたことのない果汁の味がする。
似ているものを挙げるとすればリンゴだが、俺が知るものよりかは酸味が薄い。
悪くない、と口の中で転がしていると厨房の扉が開いた。
「やはりいたのですね」
視線を開いた扉に向けるとそこにはレイメルがいた。
最近ばたばとしていたので久しぶりに話をする気がする。
折角なのでシャーベットの入った器を指で突き「食べるか?」と聞いてみる。
「いただきます」と頷くレイメル。
量がそこそこあるので、アイスをなくなるまで舐める派の俺としては少し多かった。
レイメルは差し出された器から指で一つアイスを摘まみ口に入れる。
他の連中と比べると所作が上品に見える。
あとかなり色っぽいが……勿論そんなことはおくびにも出さない。
「そう言えば、こんなものが売られていましたよ」
そう言って袖の中から一枚の写真を取り出すレイメル。
その写真を見て俺は天井を仰ぎ見る。
俺はただ「そうか」とだけ言って視線を戻し、アイスを一つ摘まんで口に入れる。
「あ、これ酸っぱ!」とポーカーフェイスで酸味が強いアイスから舌を避難させるとレイメルがもう一枚写真を取り出した。
「そっちもか」
「はい」
テーブルの上には俺とレイメルの写真が一枚ずつ。
(こっちの写真て動くんだよな)
射撃訓練中の俺がアサルトライフルを撃ち、リロードするまでが繰り返される写真と廊下を急ぐレイメルが映し出されたもの。
後者は背景が途中で切り替わるため綺麗にループができていない。
「古い魔法学校の映画でこんなの見た記憶あるわ」と動く写真を眺める。
(しかしまあ、何と言うか……)
小走りでもよく揺れる。
酸味が強いアイスを中和するためにもう一つアイスを摘まむ。
「ふむ、組み合わせるのも悪くない」
思った以上にいい感じになったので、ある一点を見つめていたことを誤魔化すように口に出す。
そういう食べ方もあるのか、とレイメルも俺に倣って一つアイスを摘まむ。
「なるほど……これはこうやって楽しむもののようですね」
俺は頷くとしばし口の中のアイスを堪能する。
レイメルも久しぶりに甘いものを食べたのか、俺と同じように静かに堪能している。
そんな訳で流れる沈黙。
美女と二人っきりで口の中のアイスを転がすが、中々にこの静けさは耐えるのが難しい。
なので新しいアイスを一つ摘まんだところで一つ話題を振ってみる。
「……ポイントの貯まり具合はどうだ?」
「まずまず、と言ったところでしょうか」
目標にはまだまだ届きません、と残念そうに答えるレイメル。
レイメルの願いはこの世界を見届けること。
そのためにはどれだけ長く留まり続けなければならないか予想もできない。
だからエデンが隠している切り札と同様に、コールドスリープのような形を取ることを目標にしている。
しかしそれを叶えるには必要なポイントがとても多く、戦闘要員としては最も弱い部類に入る今のレイメルにはそう簡単に稼げるものではない。
「手段があることはわかったのですが……」
「問題はポイントか」
語尾を濁したレイメルが俺の言葉に頷く。
「手段は見つかったのだな?」
そう確認するとレイメルは頷きアイスを一つ器から取る。
「……もしかしてこの話はご存じありませんか?」
それは今もエデンのどこかで眠る切り札――「カリツ」と呼ばれる男の話であり、あのフィオラ・アルフメルデでさえ、ただの一度も挑むことさえできなかった最強の英霊の話だった。




