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「どう見ましたか?」
戦闘が終わり、不満があるらしくエルメシアは衣服を正すと無言のまま去っていった。
かすり傷でもその数の多さから出血が酷いことになっているスコール1は医務室へと向かっておりもういない。
故にアリスは憚られることなく彼らに先の戦闘について聞いた。
「身体能力は決して高いとは言えない。しかし明らかに彼女の攻撃が出現する前に回避行動を取っている」
アリスの問いかけに答えるのはリオレス。
腕を組み、考えがまとまらないのか天を仰いで呻っており、言語化できない何かがまだあることが伺える。
「ありゃあ『勘で避けてる』って言うにはやり過ぎだな。俺も似たようなことはやるが、アレは別もんだ」
そんなリオレスを見てか髭を触るデイデアラが感想を述べた。
「拙僧も似たようなことはできますが、同じことをやれと言われれば……」
言葉を濁す虚無僧も先ほどの戦闘に不可解な部分があるらしく呻っている。
「背後からの攻撃を完全に見切っているのがわからねぇ」
「魔力を感知しているわけではないのは確かだ」
「考えられるのは……『未来予知』ですかな?」
三人は感想を述べ、意見を出し合うがどうにもまとまらない。
何度か言葉を交わした後、一番近いのが「未来予知に近い危機感知能力」と結論付けた。
これは憶測であり、そこに至る過程を何も知らない彼らは僅かな情報からその結論を補強しようと試みる。
「彼は自分を『兵士』と言っていた。長く生死の境に身を置き続けたことで研ぎ澄まされたのか……」
何かしらの特筆すべき能力を得るには相応の理由がある。
それを経験で知っているリオレスは思いついた仮定を呟く。
「あー……いるなぁ、そういう奴」
思い当たる節でもあるのかデイデアラが同意すると「殺すのが面倒なんだよな」と嫌なことでも思い出したかのような顔をした。
「死をあまりに身近に置きすぎたが故の極致……或いは研鑽を超えた無意識の生存本能、ですかな?」
中々面倒そうな御仁ですな、と虚無僧が笑う。
攻撃能力の低さは先ほど見た通り。
しかし武器が変わるならば、その欠点も解消されると考えてよいだろう。
恐らくは全員が同じ結論を出している。
それを感じたアリスは締めくくりとして彼らに問う。
「ではお三方の結論は?」
「英雄と呼べる領域に到達していると判断する」
「ですな。例え力はなくとも、何かを成したが故にそう呼ばれるに至ったかもしれませぬ」
二人が頷き、最後に「別にいいんじゃねぇか」とそっぽむくデイデアラ。
「それよりも、だ」
話を変えるデイデアラの表情が変わった。
「あの女、最後までこっちを警戒して手ぇ抜いてたな」
「ですな。信用されていない、というより『誰も信用する気がない』と拙僧は感じましたな」
わかりにくいが頷く虚無僧が自身が思ったことを付け加える。
「彼女は恐らく我々を探っている。だから何も見せなかった彼を標的にした」
「お前はどう思う?」
虚無僧の推測を聞いて思うところがあったのか、一度考える素振りを見せたデイデアラは顎をしゃくりリオレスに確認するが、彼も同じ考えだったのか黙ったまま僅かに頷いただけだった。
同じ答えであることは言葉にするまでもない。
だが、言葉にしなければならない覚悟もある。
「彼女は……エルメシアは危険だ。場合によっては斬り捨てることも視野に入れた方がいい」
協力しないだけならいい。
敵対の可能性が捨て切れない以上、いつか戦う日が来ることを覚えておかなければならない。
「『祭礼の魔女』という二つ名を知る者は?」
しかしその前に知る必要があるとリオレスは考える。
エルメシアという人物について――危険人物と断して処断する前に彼女の歩んだ道を知らなくてはならない。
「……いましたよ。第七期、あなた方より一つ前に召喚された英霊の中に祭礼の魔女エルメシアの名を知る人物が」
様々な世界から英霊を複数人呼び出している以上、同じ世界からの来訪者がいるケースは珍しくはない。
だからこそ、彼らとの交流はまだまだ先の話になる。
同じ世界の未来を知った結果、戦う意義を失った英霊もいた。
怒りに飲まれ、世界を恨んで殺される者も出た。
それを知っているからこそ、エデンでは新たに呼び出された英霊をよく調べた上で合流させる。
だが、今回のように危険分子と思しき者が現れたのであれば話は変わってくることもある。
アリスは重々しく先ほどの続きを話すべく口を開く。
「エルメシア・バーンズ――かつて祭礼の魔女と呼ばれた彼女は世界から恐れられた実力の持ち主です。そんな彼女のもう一つの二つ名は『国堕とし』。文字通り、彼女はたった一人で国を滅ぼし、歴史に名を刻んだ人類の敵、だそうです」
楽しそうに口笛を吹くデイデアラとは対照的に他二人は溜息を吐いている。
アリスもまた溜息を吐きたくなるが、ここは我慢と姿勢を正す。
「わかっているとは思いますが、この情報は後世に伝えられた彼女であって、何処までが事実かは不明です。それを念頭に置いてください。それとエルメシアさんが要注意人物であること、スコール1さんには英霊としての能力はあるということが確認できました。取り合えず、最低限知りたいことは知ることができたと判断します」
「うむ。では、解散ということでよろしいか?」
良いものも見れました、と感想を述べる虚無僧に対してデイデアラがいやらしい笑みを浮かべて肩組む。
「いやー、いい乳だったよな。でっけぇのも好きなんだがよ、あれくらいのほどよく大きいってのが俺様の好みだな」
「拙僧は乳の話などしておりませんぞ」
否定する虚無僧とあからさまに表情が変わるアリス。
リオレスは口を閉ざして存在感を消しており、何食わぬ顔で離れることに決める。
「デイデアラさん、セクハラです」
「セクハラぁ? 俺、王様だぞ、英霊様だぞ?」
笑うデイデアラに溜息を吐くアリス。
このデリカシーのなさそうなおっさんを「黙らせてほしい」とばかりに頼りになる英霊に目を向ける……が既にいなくなっており、もう一人の男性にアリスは目を向ける。
「どうにかしてください『ドータ』さん」
「拙僧も酒と女には強いと言えぬ人生を送ったもので……」
ドータと呼ばれた虚無僧の男は申し訳なさそうにアリスに頭を下げる。
対照的に「男なんてそんなもんだって」と勝ち誇った笑みを浮かべるデイデアラ。
ひと時の騒がしい時間はすぐに終わり、全員が別の方向へと歩き出す。
そんな中一人となったドータは先ほどの戦闘を思い出す。
(それにしてもあの回避能力……予知に近い危機感知能力と見ましたが、あれを「模倣」できるのであれば、拙僧の生存能力は大きく向上することになるでしょう。しかしそうなると何と入れ替えるか……)
未だはっきりとは見えぬデペスという人類種の天敵とまで言われる存在との戦い。
ドータはまずは生き残ることを優先するべきだと考える。
少なくともあの魔女にかかわるのは止めるべきだ。
自分ではどうあっても勝てない、と虚無僧笠の中の顔を僅かに歪める。
相性の問題ではなく純粋な実力。
どれだけ隠してもわかる者にはわかる差を彼を確かに感じていた。
戦うならば、デイデアラやリオレスのような強力な前衛がいなくては勝負にもならないだろうとドータは分析する。
(しかしあの男……)
そこまで考えて先ほどまで馴れ馴れしく肩を組んできたデイデアラのことを考える。
(殺せるかどうかでしか考えていないのか?)
「蛮族め」とドータは心の中で吐き捨てる。
だが利用価値はある。
この世界を救う目的で呼び出されたことにドータは不満を覚えていない。
むしろ再び世界を救うことで、自分が求めた理想郷を作ることができるのではないかとも考えている。
(前回は失敗した)
だから今度は失敗しない、とドータは薄っすらと笑みを浮かべる。
救世を待つ者は多い。
危機に瀕した世界であるならば尚更である。
「願いは叶う」
「今度こそ」と口には出さず心に思う。
かつて世界を救った一人の僧は世界によって殺された。
この失敗は民族、国家、宗教という価値観の相違によるものであると彼は分析している。
だからこそ、大部分が淘汰された結果であるこのエデンは彼にとって都合が良かった。
廊下を一人歩くリオレスは先の戦闘について考える。
(ただ回避能力が高いだけ……ならば無関係と見るべきか)
魔女は怪しむべきだが、現状は候補に入れるには弱すぎる。
リオレスは知っている。
次元を跳躍できる存在がデペスだけではないことを――かつて目の前に突如として現れた人間が、戯れに振るった暴力で崩れ落ちる師の姿を見たあの日から、彼の目的は定まっている。
あらゆる手段を取り、どんな些細なことでも話を聞いた。
そこで世界すら飛び越える魔に等しい人間が存在することを知り、辿り着く手段が既に自分にはなかったことも知る。
だからただ研鑽を積み生きてきた。
強くなれば、向こうからやって来ると信じてただ剣を振り、戦いの中に身を投じた。
日に日に老いていく彼には、あの尋常ならざる光景を再び目にするにはそれ以外にできることなどなかったのだ。
だがその願いは叶わなかった。
大勢の人に見守られる中、彼は自分が静かに息を引き取ったことをはっきりと覚えている。
死の間際、彼は「剣聖」という称号が如何に空虚なものであったかを静かに漏らした。
仕方がないと諦めたはずだった。
しかしここならば、と彼の心に灯が灯った。
「60年待ったのだ。焦ることはない」
自分に言い聞かせるようにリオレスは小さく呟く。
今の自分ならば、きっと戦える。
生涯をかけて磨いた剣と全盛期の肉体。
知らず知らず服を握りしめていることに気づき、ゆっくりと息を吐いて脱力する。
そろそろ彼らもいなくなっているだろう、とリオレスは訓練場へと戻る。
呼び出された英霊の中には強い後悔の念を持つ者が少なくない。
彼らにとってそれは世界の危機よりも優先されることである。
故に英霊たちはまとまらない。
それをエデンは知っている。
だがその程度は些細なことと許容する。
でなければ、この世界を維持することなどできないのだから。




