2-13
クドニクが言うには最初に違和感を覚えたのは戦闘を開始してしばらくのことらしい。
「イクオスは大盾を持った前衛だ。敵の攻撃を受け止め、味方を守ることに特化したが故にその防御力は我らの中でも随一であり、その動きもまた、達人と呼べる領域に到達していた。そんな男が小さなミスをした」
これまでの戦いを見ればあり得ないミスだった、ともクドニクは語る。
「味方を守り、前線を支える以上、優先順位がある。その判断をイクオスは誤った」
それが一度だけならよかった。
「立て直しなどどうとでもできるし、その程度で崩れるほど我々は軟ではない」とそれ自体は問題がなかったのだと言う。
問題はここからなのだ。
「しかしそれが幾度も重なれば?」
その結果が戦線の崩壊であり、イクオスの死に繋がった。
「そしてその判断ミスの全てに、あの女……ミドフィが関係している」
忌々し気に吐き捨てたクドニクが怒りを抑えるためか、一度深呼吸をした後に続きを語る。
「異常な光景だった。愛を語る度にあの女を守ろうとするイクオスの姿はな。戦場で見るには悍ましいとさえ感じたぞ」
結果、戦線は崩壊寸前となり後退を余儀なくされた。
周囲への負担は気になるが「ここが完全に崩れてしまえば……」と考えれば、そうも言ってはいられず、クドニクは苦渋の決断を下した。
だがここでもおかしなことが起こった。
ミドフィが孤立したのだ。
「明らかに儂の指示を無視した動きだった」とそれが意図的に行われた自らを危険に晒す行為だったとミドフィを非難する。
「だから儂は何度もイクオスに言った。『見捨てて下がれ』とな。だが奴はそれに従わなかった。戦線が崩壊する危機であるにも関わらず、奴は頑なにその場から離れなかった。後退が遅れたあの女を守るためにな」
その結果は知っての通り、イクオスは死にミドフィは何故か生き残った。
「推測だが、あの女の呪術には精神操作もあった可能性が高い」
「確かめる術はないがな」と吐き捨てたクドニク。
この説明を聞いて俺はレイメルの方を見る。
しかし彼女の判定はなし。
(嘘は言っていない、か……)
もしくは話していない何かがある。
可能性の話ではあるが、この男に関しては杞憂で済まない気がしてならない。
「それよりも、だ」と話を変えようとするクドニクがジェスタを睨んだ。
「英霊とは、生前英雄とまで呼ばれた功績を持つ者だったな? これはどういうことだ?」
口にこそ出していないが、ミドフィという明らかに英雄と呼べる存在からかけ離れた人物がいることを問うている。
これにはジェスタも言葉に詰まる。
非難の矛先をエデンへと向けるクドニクだが、その質問に答える人物が現れた。
「理由はただ一つ。デペスを打倒可能な能力を持つから、だ」
そう言って扉を開けて入ってきたのはローガンだった。
ローガンはジェスタに「代わろう」と言って俺たちの前に立つ。
「エデンの研究課主任のローガンだ。以後お見知りおきを」
軽く頭を下げたローガンは続ける。
「英霊として召喚されるのはデペスに対抗し得る能力、実績がある者が優先される。彼女の能力について、君はどこまで知っている? 全てを知っているわけではあるまい。そこに答えがある可能性がある以上、ミドフィ・レベネテルが英雄と呼ぶに足る人物ではないと断言することはできまい」
明かされたミドフィのフルネームから、ローガンが彼女の情報を他の英霊から得ていると仄めかす。
これにはクドニクも下手な反発は不利と悟ったか何も言えず、ローガンはさらに畳みかけるようにミドフィの情報を語った。
「呪術師ミドフィ――同じ世界であっても彼女の名を知る機会はそうそうないだろう。小さな国の、小さな城での戦闘の中でしか、彼女の名前は出てこないそうだ。一人の騎士との物語は、蔑まれた呪術師が愛する者を陥落した城から逃がすもの……その代償は呪術師の命。呪い以て愛する者を救うという絶望の物語だ」
その言葉の選択に首を傾げる者が多数。
彼らが持つ疑問に答えるようにローガンは続けた。
「これが悲劇で終わればそれでよかったのだが……彼女の場合はその後に絶望が付いてしまう。逃がしたはずの騎士が戻ってきたのだ。それも、彼女を救うためではなく、騎士が愛していた別の女性を救うために、な」
その話を聞いてあの狂気染みたセリフが何処から来ているのかを理解する。
命を賭して守った相手が別の女のために命を懸けているのだ。
これでは自分がしたことの意味がなくなってしまう。
(そうやって狂人ができてしまった、というわけかー)
納得はしたが「そんな人物まで呼び出すなよ」というのが本音である。
クドニクも同じ意見なのか、その表情が何とも表現し難いものになっている。
「実力か、或いは英雄と呼ばれてもおかしくはない功績を持つ者だけが、このエデンに召喚されている。そこだけは私が断言しよう。イオクス君については……運が悪かった、という外あるまい。騎士に守られる、という彼女が最も望んだ状況があった。呪術師の呪いが増幅していたとしてもおかしくはない」
組み合わせが悪かったのだ、とローガンは今回の死因をまとめた。
だが、クドニクはそのまとめに反発する。
「それで納得しろ、と言うのか?」
「するもしないも君の自由だ。我々は君たちに『世界を救ってくれ』とお願いしている立場だ。君たちの下した決断を止める立場にはないのだ」
そう言ってローガンは目を瞑り頭を振った。
「死者の出ない戦場……兵を率いる者にとっては理想だろう。『北方の要』とまで呼ばれたあなたには、己の指揮下にある者が死ぬことが何よりも辛いことであることは重々承知している。だが……」
クドニクはローガンの言葉を遮るように音を立てて立ち上がる。
「失礼する」
ただそれだけ言ってクドニクは作戦室を後にした。
しばし流れる沈黙だったが、そこにマリケスが質問があるとばかりに手を挙げる。
「エデンはクドニクについてどこまで知っている?」
「ロウ将軍は有名だよ? 部下に慕われ、その部下を生かすために権力を必要とし、権力闘争に敗れて失脚した希代の名将。興味があるなら『陣老仁義』を読むといい。『陣において老いても仁を忘れず義を貫く』。彼の世界で、彼が如何なる人物であったかを知るには良い読み物だ」
興味はあるが、今回もポイントはないので次回にお預けの俺。
早速閲覧しようとしているのか、マリケスが配布された端末を覚束ない手つきで操作している。
今日はこれで終わりかなと思ったが「連絡事項がある」とジェスタが解散の空気に待ったをかける。
「まず一つ目だ、近々第七期との交流会がある。参加は自由だが、できる限り出席してくれ」
七期と言えば記憶を読むセダルと占い師のミリダがいる。
まあ出席してもいいだろう、と前向きに検討しておく。
「そして二つ目。次の出撃は恐らく三日後くらいになると予想されている」
「あん? 襲撃が予測できんのか?」
デイデアラの言葉にジェスタが頷くが、予測は大きく外れることはほぼないが二、三日ずれることはよくあるらしい。
なので最速で三日後、というのがエデンの予測なのだと言う。
また、全ての襲撃を予測することはできず、周期的にやって来る場所からのものしかできないとも付け加えた。
「それも複数同時箇所からの襲撃だ。北と西、或いは合流したデペスの群れとの戦いになる。中型の混じった中規模襲撃が予測されている」
しっかり備えてくれ、とジェスタは締めくくって本日は解散となった。
ここで立ち上がった俺に声をかけてきたのはなんとリオレス。
どうやら専用武器が出来上がったらしく、そのテストをこれから行うらしい。
ブレードを貸していた俺としても、どれくらい差があるのかは興味がある。
なので同行を許可してもらい、そのまま性能試験へと向かった。
到着したのはいつもの青い柱のある訓練場。
眼鏡をかけた男性職員が長い箱を重そうに運んでいるのが目に映る。
リオレスは受け取った箱を開け、中に入っていたシンプルな鞘に入った剣を取り出すとゆっくりと引き抜いてみせる。
薄っすらとであるが青みがかった刀身の両刃の直剣。
刃渡りなどサイズはリオレスが持っていた剣と同一であり、純粋にその強度と耐久性を限界まで伸ばした一振りであると職員は説明する。
そこにいつの間にかやってきたローガンが「やってくれ」とばかりに柱を叩いている。
「下がってくれ」
それだけ言うと新たな剣を上段に構えるリオレス。
そして振り下ろされる神速の一撃。
「……4266」
その結果を呟き喜色の笑みを浮かべるローガン。
自らが振るった剣に手応えを感じたか、リオレスは新たな武器を真剣に見つめる。
俺はというと予想以上に結構な差がついてしまった結果に内心不機嫌になっていた。
エネルギーパック付きの強化服を手にした今ならTier3以上の近接武器だって使える。
決して地球軍の技術が劣っているわけではない、と対抗意識を燃やしていたが「エネルギーパックに直結されている武器をどうやって他人に使わせるのか?」という部分で競う対象にすらなっていなかったことに気づいて虚しくなった。
盛り上がるエデンの職員たちを横目に俺は現状の最大火力について考える。
センチュリオンの8800でも見劣りしてしまうという現実。
(高ランク武器がもっと欲しい)
今後の戦闘のことを考えるとやはりこうなる。
その日の夜、俺は「次の戦闘で高ランク武器がいっぱい手に入りますように」とふざけて願いながら眠りについた。
それが本当に叶うことになればどうなるか?
この時の俺は微塵もそのことについては考えていなかった。




