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あれから十日経過した。
ロールプレイを貫いたところ、ものの見事に孤立した俺は今日も一人で訓練場で的を撃つ。
色々と試してはみてはいるのだが、今のところ初期武器以外の銃を出すことはできていない。
このままいけば戦力外通告を受ける可能性が出てきており、今後に不安しかない現状を訓練で誤魔化している。
一応この姿がゲームの設定そのままであると仮定すれば、敵を倒すことで様々な武器やパーツがアンロックされる可能性も考えられる。
しかし今の俺に「戦うことができるか?」と問われれば即答できない。
というのも俺は英霊ではない。
それどころか兵士ですらない。
命懸けで戦う覚悟もなければ、そんな経験もないただのゲーマーであり、そもそも死んですらいないのだ。
一応死んだ記憶がないことをアリスには伝えた。
しかし返ってきた答えがこれだ。
「どのように死んだかわからない英霊は少なくありません。死ぬ間際の記憶など持っていては戦闘に悪影響を及ぼすこともありますから。なので、戦いの中で命を失った英霊は大体そうなっていると記録にはあります。恐らくあなたもそうではないかと思います」
死んだ記憶がないだけで俺は確かに死んでいる、とはっきり言われたのだが……それが本当だとすると「ゲーム中に殺された」となる。
一人暮らしがVRヘッドギアの装着中に侵入者に気づかず殺される事件は確かにあったが、我が身に起こったと考えるには少しばかり疑問が残る。
事件が起これば対策される。
当然マンションのセキュリティーで不法侵入ができないようになっているし、ましてや家の中に入るなど到底無理なはずである。
なので犯罪者が侵入してきた、という説はないと考えよう。
となると考えられるのは同じマンションの住人による犯行説。
隣人がベランダ伝いに入ってきて俺を殺害した可能性が浮上してきた。
しかしそうなると動機である。
独身な上にそれなりの退職金を手に入れたので貯金はあったが、そんな話をするような関係ではない。
大きな買い物などもしておらず、金目の物があると思われているはずもない。
仕事を辞めた後も趣味に多少の金は投じても他に使った覚えもないので、金銭目的で狙われた可能性は低いと思われる。
となれば答えは隣人トラブル。
原因らしきものは思い浮かばず、それならばと自分の一日の行動を振り返る。
仕事を辞めてニートになった俺は二年間一日中ゲームに興じていた。
ゲームの結果に一喜一憂し、叫び声をあげるなど日常茶飯事であり、一度近隣住民から苦情が来たこともあった。
つまり「一日中VRゲームで発狂している俺にブチ切れた隣人がベランダから侵入して殺害に至った」が最もありそうであると推理した。
オートロックに慢心してベランダの鍵をかけ忘れていたのも原因だろう。
結論、迷惑行為は止めよう。
命を失ってからでは遅いのだ。
死んだと認めるのは癪だが、英霊として召喚されたというのであれば、多分そういうことなのだろう。
納得したわけではないが、考えても仕方ないのでそういうことにしておくしかない。
ともあれ、侵略的宇宙人と戦うゲームの主人公が今の俺であると言うのであれば、戦闘を熟されなければ何も始まらない。
「地球軍VS」シリーズの最新作において、ただの志願兵だったプレイヤーが過酷な戦場で生き残り、最終的には地球軍が開発した逆転の一手を携えて戦うまでに至る物語は壮絶の一言に尽きる。
「生存チート」とまで揶揄された主人公の意味不明な生存力が、ここでどの程度発揮されるかはわからない。
また初期武器でどこまで戦えるかも不明な現状では、戦場に赴くことにも不安を覚える。
取り合えずゲーム時代のエイム力くらいは身に着けるべきである、と射撃訓練を始めたわけだが……こちらは二日目には調整が完了しており、思った通りの場所に弾丸を撃ち込めるようになっている。
それでも訓練を止めることができないのは先ほど言った通りである。
誰とも接することなく延々と訓練を続ける俺に話しかけるような物好きはおらず、こうして孤立して一人黙々と引き金を引いているわけである。
余談だが、俺個人としては「地球軍VS」は三作目の「VS邪神軍」が最高傑作だと思っている。
ストーリーは無茶苦茶だが、ゲームバランスは最も良い出来だったと思っている。
最新作はその逆でストーリーは良いのだが、バランスが少々調整不足と感じており、それ故に「上手くやれば……」と思わなくもないのだが、現実は初期武器以外使えない状況。
前作の地底軍相手だったならグレネードを無節操にばら撒くことができたのかもしれない。
ともあれ、この豆鉄砲がどこまで通用するかに全てがかかっていると考えると改めて不安になる。
(強化服は無理でもせめて何か乗り物があれば……)
そう考えたところで閃いた。
ないなら借りればいいじゃない。
デペスとかいう侵略者と戦っているのであれば、兵器の一つや二つはなければおかしい。
連中に通用する武器を借りればどうとでもなるはずだ。
そう言えば初日にも同じことを考えていた、と思い出して「難しく考える必要などなかったな」と苦笑する。
気分が晴れたことでいつもよりも早く訓練場を出た。
白を基調とした近未来風の無機質な廊下も今はいつもより温かく感じる。
しかしそんな俺に声をかける人物が現れた。
「今日は早いのね。なら付き合ってもらえるかしら?」
初日から目を付けられているエルメシアだ。
自業自得ではあるが、俺が力を隠していると思い込んで一度訓練場に誘われた。
しかし俺は確認と慣らしを理由にそれを断った。
召喚されて間もない英霊が本領を発揮できないことなどよくあることと説明を受けており、この時はエルメシアはあっさりと引いてくれた。
それから長く訓練場に籠ることとなり、彼女が姿を現さなくなり諦めたと思っていたのだが……こうして捕まってしまった。
しかも他にも人を連れている。
「俺としてもお前がどの程度やれんのか知りてぇんだよなぁ」
蛮族のような見た目のデイデアラと召喚された英霊への説明係であったアリスもいる。
アリスとしても俺の実力がどの程度かわからなくてはサポートができないとのことであり、丁度良いとばかりにエルメシアの誘いに乗ったそうだ。
声は出さないが虚無僧のような見た目の大柄の男とイケメン剣士のリオレスもいる。
「これは拒否できなさそうだな」と諦めたように溜息を吐く。
「……どうなっても文句を言うなよ」
俺は連中を置き去りにして英霊同士が戦うための訓練場へと歩き出す。
いや、ほんとどうなっても文句を言わないでほしい。
実は初期武器がここでは結構使える武器だった、なんてことがあれば良いのだが……できることをやるしかないな、と諦め半分で先を歩いた。
訓練場の中でも一際大きなフィールドを持つ英霊用闘技場。
ここは英霊同士が闘い、競うことで生前以上の強さを身に着けることを目的として作られた施設らしい。
しかし全盛期の肉体を模して呼び出される彼らがそれだけの強さを得るケースは少なく、現在は英霊同士のいざこざの解決方法や、一種の娯楽としてここが使われることが大半となっていると説明を受けた記憶がある。
四本の柱以外には何もない円形のリングに立つ俺とエルメシア。
それにしてもよくよく見れば凄い恰好をしている。
一般人がイメージしそうな「魔術師」の要素はちゃんとあるのだが、高い露出度と肌が見えるほどに透き通った服。
それに反するように口元は見えても目だけは見えない薄紫のヴェールが異色を放っている。
(これ絶対目になんかあるだろ)
魔眼とかそういう中二病要素が頭に浮かぶ。
もしかしたら視線を合わせると石になったりするのかもしれない。
注意は必要だな、と対戦相手を用心深く観察していると準備が完了したらしく、アリスが所定の位置への移動をお願いする。
リングである円の中心付近――対面との距離は凡そ5メートルで向き合う形となる。
武器を取り出し構える俺と自然体のエルメシア。
開始の合図はアリスが行うのでその時を静かに待つ。
「では、始めてください!」
戦闘開始――まずは挨拶代わりにアサルトライフルの三連射。
弾丸は身動きすらしないエルメシアの右肩に吸い込まれ――ピタリと止まった。
エルメシアはつまらなさそうに「ふーん」と弾丸を指で付く。
指が触れた順に弾丸が床に落ちて音を立てた。
「舐めてる、のかしら?」
威力についてか、それとも狙った場所についてかは不明だが、その声には怒気を含まれている。
表情は見えない。
だが確かに感じた嫌な予感。
俺を指差すエルメシアの姿が何かを飛ばす動作と確信し、その射線から逃れるべく横に走り出す。
その直後――赤い線が見えた。
エルメシアの指先から伸びる線は真っすぐに俺の心臓へと続いている。
想像したのはレーザーのような回避不能な攻撃。
しかし痛みはなく、その赤い線が攻撃でないと気づいた瞬間に俺は体を捻ってエルメシアが放った弾丸のような一撃を回避した。
反撃とばかりに引き金を引いてアサルトライフルを連射する。
弾は全てエルメシアの前で止まり、それを腕で払い除けると再び赤い線が俺に向かって伸びる。
そこで俺はこれの正体を理解した。
ゲームにおいてギミックによる即死攻撃や非常に強力な攻撃、またはそれに近いものについてはハードモード以上でない限り、その射線やエリアに警告が出る。
そして俺が死ぬ前にプレイしていたサバイバルモードはノーマルモードがベースになっている。
つまり初期状態の俺にとって、攻撃力の高いエルメシアの攻撃は全てがその対象になっているのではないだろうか?
放たれた先ほどと同じ弾丸のような一撃を危なげなく避ける。
その先にあるはっきりと見える真っ赤なライン、歪な曲線、その全てを紙一重で躱してみせる。
体は動く。
回避不能な理不尽な攻撃はない。
ならば問題はないと小さな笑い声が漏れた。
これならば戦える。
こちらの攻撃は通らなくとも、一泡吹かせるくらいことはできるだろう。
「へぇ……」
最初の際どい回避から一転して完璧に見切った動きを見せたのだ。
警戒度は上がっただろう。
弾幕回避は嫌というほどやったことがある。
体が動くならば、この程度なら幾らでも避けられる。
となればここから先、勝機を掴むために必要なのは心理戦。
対人ゲームはそれなりにやり込んでいるが……それが通用するかどうか、その試金石になってもらおうか。




