1-23
目を覚ますと視界を塞ぐような白と肌色。
背中の感触とかけられたシーツから医務室のベッドの上ということはわかった。
取り敢えず起き上がろうと目の前の邪魔なものを払い除けようとする……が、動かない。
(クッションか何かかと思ったが妙に柔らかい)
「何だこれは?」と両手で掴んでみたところで声を掛けられる。
「起きたのなら声をかけてほしいものだね」
確かにその通りだが、声の聞こえてきた位置が随分と近い。
加えて女性の声となれば、今目の前にあるものが何かわかってきた。
何か作業をしていたらしい女性が前屈みの状態から上体を起こす。
がっつり揉んでしまっていたので「やっちまった」という後悔がまず頭に浮かぶ。
次に改めてそのサイズを確認して「でっか」という感想が頭に浮かんだ。
「……すまない。あまりに大きいものでな、わからなかった」
咄嗟に出たセクハラ紛いの謝罪だが、谷間丸出しで白衣を着た眼鏡の女性は「そうだろう、そうだろう」と何故か満足気に頷いている。
「108イニルある自慢のおっぱいだ」
もっと触るかい、と自慢の胸を笑いながら持ち上げてみせる。
魅力的なお誘いだが、単位と思われる「イニル」が気になる。
多分センチで変換しても同じような数値になると思うのだが、それよりも聞かなければならないことがある。
「あれからどうなった?」
「君が心配しているようなことは何もなかったから安心していいよ」
結局あの戦いはただの思想のぶつかりだけで幕を閉じたようだ。
それならば大事になるようなことはないだろうと一安心する。
またマリケスは俺よりもずっと軽傷だったので、軽く見て終わりだったそうだ。
地雷直当ての腕だけは回復に少し時間が必要だったようが、それ以外は問題なしと診断したとのことである。
よくそんな奴と殴り合ったものである。
俺はというと腫れた顔面に腕の裂傷。
完全回復には今日一日はかかるとの見通しになる、と彼女は大きな胸を張って答えてくれた。
「君もマリケスも随分若くして亡くなったみたいだね。青々しくてちょっと羨ましいよ」
先ほどの闘技場での出来事を知ってか、彼女は楽しそうに話している。
かと思いきや「ちなみに私はまだ26歳だ」と両手を頭の後ろにセクシーポーズ。
勿論これは華麗にスルー。
「それで、あんたは医者でいいのか?」
「私は『リコレア・アークライド』だ。アリス君とは同じ施設の出身だよ」
白衣を着た金髪ロングヘアの眼鏡美人はそう名乗った。
苗字は施設で違う、という文化に俺はこの世界の状況を察する。
子供を育てる環境すら効率化された世界か、と俺が思っていたよりもずっとここの状況は悪いのかもしれない。
「それと、私のことは医者ではなく『女医』と言ってくれ」
眼鏡を中指で持ち上げて言うセリフがこれである。
医務室のベッドに腰かけたまま「何だこいつは?」という顔で自称女医のリコレアを見る。
「女医……素晴らしい響きだとは思わんかね? 少なくとも医者なんかよりもずっといい」
唐突に語り始めたのでますます「何だこいつは?」感が強くなる。
すると俺の表情から察したのか、徐に前屈みになり指で服を下へと引っ張って谷間を強調する。
「まあ、いいんじゃないか?」
谷間の賄賂に負けた俺は意見を変えて肯定すると「そうだろう、そうだろう」と満足そうに頷くリコレア。
何と言うか目覚める前と後で空気の落差が酷い。
「女医というのは私のアイデンティティであり、私の性癖でもある。シャワー以外でこの白衣を脱ぐことはないし、セックスの時はこの眼鏡すら外さないことを約束しよう」
爆乳美人なのに頭が残念なもったいない人が出てきたな、と俺は世の無常さを噛みしめる。
「おっと、何を『自分には関係ない』みたいな顔をしているんだい?」
「ここの責任者だというのはわかったが、関係があるとは思えんぞ」
「ポイントがあるじゃないか」
即答するリコレアと首を傾げる俺。
「ポイントで私と濃密な夜を過ごすこともできるよ」
リコレアがニヤニヤと笑って俺の首に手を回して体を預けてくるが、僅かな期待を他所に彼女はすぐに元の位置へと戻った。
「ふむふむ、性欲はちゃんとあるようで何よりだ」
どうやら医者として俺を観察していたようだ。
これも仕事だったか、と上手く誘導されたことに少しばかり感心する。
だが、そうする理由というのがわからない。
するとリコレアはきちんと説明してくれた。
「英霊と言っても君たちの精神は人間だからね。百年以上戦い続けることができる者もいれば、数十年で限界を迎える者もいる」
そう言えば最初の英霊召喚から既に四百年が経過していると聞いている。
では、その英霊たちは今どうしているのか?
「特に長く生きてからこっちに来た英霊は性欲が枯れていたり、食事に全く興味を示さなかったり、で『生きる』ということそのものに対してどこか無気力になっている者もいるんだ」
「いや、あのディストピア飯なら興味を持つことなんてないのでは?」という言葉を飲み込み、彼女の話を聞くことに集中する。
「真っ当な欲求がある英霊ほど、長く戦い続けることができる傾向にあるからね。スコール1、君に性欲があったようで何よりだ」
頷くリコレアに俺は溜息を吐く。
「気を悪くしないでくれたまえ。特に君は最高戦力の一人として期待されているのだからね」
「最高戦力?」
「戦場の記憶を見せたのだろう?」と既にあの映像の情報が出回っていることに少し驚く。
それ以前に気にするべきことがあった。
「そうだ、エリッサはどうなった?」
俺の質問にリコレアは口を噤む。
だが迫る俺に渋々状況を教えてくれた。
「……彼女はもう戦えない。送還はほぼ確定だよ」
足早に廊下を歩く俺は真っすぐに召喚された部屋に向かっている。
今のエリッサの状態は非常に不安定であり、いつ消えてもおかしくない状況にあるらしい。
なのでいつでも送還できるように召喚施設にいるとのことだ。
(戦う力がないだけでそうなるとは思えない。あいつが何か余計なことを言ったのか?)
不機嫌になる自分を感じながら廊下を早足で歩く。
場所はしっかり覚えているので問題なく到着したのだが……中に入ることができない。
どうしたものかとまずは周囲を見るが、それらしい装置はなし。
ノックをしてみるが意外と重厚な扉であることがわかった。
早くも立ち往生となったところで扉が開いた。
「アリスか?」
向こうもこちらを確認して「丁度良かった」と中へと入れてくれた。
ちなみに本来はちゃんとした理由がなければ入ることができない部屋らしい。
中に入って目的の人物をすぐに見つけることはできたが、少し距離があるせいか見え方が何かおかしい。
だが距離が近づくにつれ、それが目の錯覚でも何でもないことに気が付いた。
「……透けている?」
「あ、スコール1だ」
俺の言葉に膝を抱えて俯いていたエリッサが振り返る。
間違いなく透けて見えるエリッサの姿に何があったかを彼女に問う。
しかし返事は帰ってこない。
エリッサはただ俯くだけだった。
「それは俺が話そう」
柱の陰から現れたのマリケス。
槍は持っていないので争う意思はないのだろう。
だが、この状況は看過できない。
「……どういうつもりだ?」
俺の問いに答えるようにマリケスはエリッサを見下ろす。
「こいつのことを子供と言ってたらしいな。ま、ガキを守るのは当然か」
お前は英雄だからな、とまたしても英雄論を語り出すのかと少しばかり警戒してしまう。
だが、今回はそのつもりはないらしく、エリッサがこうなった理由をちゃんと話してくれた。
それは全てを聞き終えた時「聞かなければよかった」と思わなくもない内容だった。
「そいつと俺は同じ世界から召喚されている。俺はそいつより後の時代に生まれた。そこではこいつはこう呼ばれている『破滅の呼び手』と、な。『破滅の一族』ティンバリーの代表だ」
大層な呼び方に「こいつが?」と人畜無害そうなエリッサを見て思う。
そんな疑問に答えるようにマリケスが俺に質問する。
「お前はこいつから精霊の器になった話を聞いたそうだな?」
「人ならざるものに体を明け渡す覚悟、その代償は知っている」
人が振るうには過ぎたる力を振るったのだからその結末は仕方がないかもしれない、と俺は言ったが、マリケスはこの話には続きがあると笑った。
「話はそれで終わらなかった。現世へと顕現した精霊は破壊の限りを尽くした。同時に現世への干渉が限定的だった精霊は、無制限に力を振るうための方法を知ったんだ」
破滅の一族――その由来はエリッサの同族を依り代として消費し始めた精霊の暴挙に起因する。
「精霊の危険性は遥か昔から囁かれていたことだ。だからメシュテエラ帝国はティンバリーに対し再三『精霊にかかわるな』と通達していた。だが、その通達が受け入れられることはなく、あの戦争が起こった」
全く知らない話だが、エリッサがこれを俺にこれを話していない理由は恐らく「知らなかったから」だろう。
(担ぐ神輿は軽い方がいい。余計な知識は与えない方針だったか)
どうやらこのティンバリーという部族は中々食わせもののようだ。
俺は何も言わずに目線でマリケスに説明を促す。
「事の発端は幾度も警告を行う帝国に対し、ティンバリーが精霊を使って脅しをかけたことであると記録に残っていた。『これ以上こちらの都合に首を突っ込むなら精霊の怒りを買うぞ』とな。それが連中にとって、ただの脅し文句程度のものであったとしても、帝国はそうとは思わなかった」
その結果がお前の知る結末だ、と俺とエリッサの双方を見るマリケス。
「問題は、その後に精霊どもがティンバリーの一族の肉体を乗っ取り、各地で暴れ始めたことだ」
その被害は想像を絶するものだった。
世界中、至るところで起こった天変地異。
笑いながら町という町を破壊してまわる『精霊憑き』と呼ばれる人間の肉体を乗っ取った精霊たち。
「その原因がこいつにはある」
「国が滅んだのか」
ここまでの話からその精霊憑きとやらが帝国を滅ぼしたのだろう、と俺は思った。
だが、被害の規模はその程度では済まなかった。
「終わったのは国一つじゃねぇ。世界そのものだ」
思わず「は?」という声が出かかったが、だとすると確かめなければならないことがある。
「人類はまとまらなかったのか?」
共通の敵が現れたのならば共闘するのがお約束、というものである。
世界は変われど、そんな非常時ならば協力して事に当たる。
人類の抵抗はどうなったのか、その答えはあまりに残酷だった。
「遅すぎた……というより連中の破壊速度が速すぎた、と言うべきか。どうにか逃げることができた連中が集まって戦ったが……組織だった抵抗が遅れたことでほとんどの国が崩壊した」
悔しそうな表情を見せるマリケス。
まさか敵が早すぎて対処できませんでした、とは予想外である。
精霊という人知を超えた存在ならば仕方のないことなのだろうか?
そう思って慰めの言葉一つでも用意するべきかと思ったが、話はまだ終わっていなかった。
「俺自身、連中と戦うようになったのは随分後だ。結構な数を殺した。だがな、精霊憑きを殺した時、奴らは何て言いやがったと思う? 『牧場にはまだまだたくさんある』だ」
正に絶句である。
思わずエリッサを見てしまったが、彼女は涙目で耳を塞いでいた。
当たり前だ、
自分が守りたかった者たちが、力を借りた相手のコンテニュー用の残機にされているのだ。
「こいつの下した決断は、てめぇが守りたかった者を家畜に変えた」
その言い方に俺は「おい!」とマリケスの言葉を遮ろうとするが、掴みかかったその手は払い除けられた。
「『こうなるとは知らなかった』『こんなことになるなんて思わなかった』……それで殺された者が許すと思うか? 残された者が納得するか!?」
「するわけねぇだろ!」と叫ぶマリケスに俺は何も言えなかった。
「……今も夢に見る。『あいつらをやっつけて』って『元凶がいなくなれば平和になるんだよね』ってあいつらは泣きそうな顔で俺を見上げて言うんだ。バカげたことだとはわかってる。だが俺はやらなきゃならねぇ。約束だからな。これだけは絶対に譲らねぇ」
救いがなさすぎる、と俺はこの問題が踏み込んでいい話ではないことを理解した。
「……お前の世界はどうなったんだ?」
何も言えず、拳を握り締めることしかできない俺が搾り出すように問う。
マリケスがここにいるということは、恐らく精霊を排除できたのではない。
「恐らくお前と一緒だよ、スコール1」
サバイバルモードでは地球の未来についての言及は一切ない。
だが、簡単に想像できるものであることは誰の目にも明らかだ。
つまり人間世界の終焉――それがエリッサとマリケスの世界の結末だった。




