4-10
フィオラがエデンの司令部へと転移し、ヒールを履いた足が床に着くと同時に周囲の職員や議員が駆け寄る。
「状況は?」
問われるより早く問う。
髪を後ろに流し、いつもと変わらぬ姿を見せることで不安を与えないようにする。
どこまで連鎖したか――それを問えば状況の悪さを彼女自身が認めることとなりかねない。
故に問うことはできず、彼女は彼らの報告を待つしかない。
「こちらをご覧ください」
そう言って手に持った端末のモニターをフィオラへと向ける職員。
そこに表示される敵影はほぼ全方位からエデンに向けて進軍している。
それだけならば問題はない。
いつものこととまではいかないが、過去に何度も経験している範囲だ。
問題はその数の多さである。
あまりにも多い。
職員だけではなく、この場にいる議員たちですらこの数を前に平静を保つことができなくなっている。
だからこそ、いつも通りの彼女の姿を見て安心したいのだ。
そんなエデンの守護者たるフィオラの口から出た言葉は彼らからしても意外なものだった。
「やはりこちら側に偏るか。ああ、これらはスコール1が対処する」
残りをどう振り分けるか、と暢気に自分の獲物となる敵を物色し始めたのだ。
それには不安気に彼女を見つめていた議員たちも口をポカンと開けたまま固まってしまう。
あまりに場違い――そう言わざるを得ない言動にこの場の全員が何もできないでいる。
「あの……こちらは推定でも三百万超ですが?」
モニターを持つ職員が恐る恐るフィオラに確認を取る。
この規模のデペスの群れをスコール1一人に任せる。
その意味がわからぬはずはない。
だが、フィオラからの返事は「それで?」という簡素なものだった。
「あ奴には、たった一度の切り札がある。それに、余が任せたのだ」
なんとかするだろう、とモニターに映る情報から何処に向かうかを決めたフィオラが、残りの敵をどうするかを決めるよう職員に命じる。
「どうにもならんようならカリツを起こせ。それで今回は事足りる」
彼女自身、それは最終手段だと思っている。
しかし、その選択肢を除外してはこの襲撃を乗り越えることは難しいと理解しているが故の発言である。
「とは言え、あ奴の切り札の結果を見るまでは動けんのも事実だ。精々期待させてもらうとしよう」
腕を組み、踏ん反り返るフィオラが司令部にある戦域を映し出すホログラムを見下ろす。
情報処理が終わったホログラムがスコール1と思しき影と大量のデペスを限界まで表示するが、状況は変わることなく時間だけが過ぎていく。
「切り札をどこで使用するか悩んでいるのでしょうか?」
動きを見せないホログラムに映るスコール1を見て職員の一人がフィオラに話しかける。
「あ奴の口ぶりから広範囲であることはわかっておる。となれば、大物を狙うのは必定」
「どうやって報いる?」とハンカチで汗を拭う議員にニヤニヤしながら問いかけるフィオラ。
勝つことを前提としたこれらのやり取りが職員たちの絶望を吹き飛ばす。
エデン史上初となる規模の戦いであっても、フィオラは勝つことが当たり前のように振る舞い、その姿が彼らに平静を取り戻させる。
そこへ何人かの議員たちが司令部へとやって来た。
皆息が切れており、急いで駆けつけてきたことを物語っている。
「汗をどうにかしろ、見苦しい」
そちらを一瞥することもなく、腕組みをしたまま言い放つフィオラにただただ申し訳なさそうに頭を下げる老人たち。
「真に見苦しいところを……」
そう言って汗を拭い、レデル上級議員はフィオラの隣に立つかと思えば、その僅か後ろで控えるように頭を下げる。
「この度の総数は凡そ五百万弱。最大記録の更新となりますが……彼を起こさずとも乗り越えることができるのでしょうか?」
レデルの言葉に全員の視線がフィオラへと集中する。
そこにあるのは期待の眼差し。
いつものように、いつも通りに我々に希望を与えてくれ、という願いが込められた視線を一斉に受け、フィオラはただ一言で応じた。
「わからん」
思わずその場にいる全員が手を止めフィオラを見る。
実際問題「スコール1の切り札」とやらがどの程度のものなのかは本人を除いて誰も知らないのである。
その成果次第となる以上、こう答えるしかないのが現状である。
だが、そこにフィオラは続けた。
「最悪、余が奔走すればどうとでもなるが……」
それは美しくない、とフィオラは心底嫌そうに鼻を鳴らす。
この切迫した状況下、そんなことを気にするほどの余裕を見せるフィオラの姿に誰もが呆気に取られていると、ホログラムで映し出されるスコール1に動きがあった。
「ようやく動いたか」とぼやくフィオラ。
地上へと降りたスコール1が何かを設置した。
詳細がわからないのは本来このホログラムは地形や建造物を把握する程度のものであり、誰かの動きを追うことを想定していないからだ。
そのスコール1が再び空へと飛び立つ。
何をしているかは不明だが、設置した何かから飛び立つものが確認された。
この動きに職員の一人が「ミサイルか何かでしょうか?」と声に出す。
だがそれに反応する者はおらず、全員がスコール1の次の動きに注視している。
すると地上に降りたスコール1が飛翔体から遠ざかるようにどんどん速度を上げていく。
「この距離であっても離れる必要があるか」
フィオラの呟きに「これは期待ができそうですな」とレデルが頷く。
一同は着弾までの時間がとても長く感じたと後に語る。
そして、その日は刻まれた。
たまたま空を見上げていたエデンの住民はこう言った。
「光、が見えたんです。何かな、と思ってそっちを見てたら……急にドンってすごい音が鳴って……」
大地を揺らしたその一撃は最初地震と間違われた。
地震などこのエデンでは久しくなかったものである。
それ故にパニックを起こす市民も出たとの記録もあり、この司令部も例外ではなく、一部の職員が冷静さを失った。
それを「静まれ」と一喝して黙らせるフィオラだが、当の本人でさえ、この結果は予想しておらず、スコール1が自分に使用することを躊躇した意味を理解することとなる。
すぐにでもその結果を知りたいが、先ほどの衝撃で全ての計測機器が沈黙したため、復旧まで待たなくてはならない。
「一刻を争う! 復旧急げ!」
レデルが指示を飛ばし、司令部の職員が慌ただしく動き出す。
徐々に復旧していくシステム。
そこに映し出された敵影の数を見てフィオラが小さく呟いた。
「よもやこれほどとはな……」
それに同意するようにレデルも頷く。
(こんなことなら残るべきだった。最悪の事態を想定し、たとえ使い潰すことになったとしても確保すべきだった)
見誤ったとフィオラは後悔する。
それと同時に彼女は怒りを覚えた。
スコール1が事前にしっかりと説明していたならば、この切り札をもう一度使えていた可能性があったのだ。
感情が抑制できず、思わず歯軋りをしたフィオラは自分を落ち着かせるように大きく息を吐く。
その彼女が見つめる先――モニターに映し出されたデペスの群れには大きな穴が空いており、それは敵主力の約七割をたった一撃で撃破したことを告げていた。
敵の主力である北東部の事実上の壊滅。
これが意味することはただ一つ。
(残党は任せればよい。残りは余と他で対処できる)
カリツを起こさずに済んだ、フィオラはその安堵で僅かに笑みが零れる。
「余に残り物を押し付ける無礼は許してやるとして……さらにその残り物を譲ってやるのも余の仕事、か」
そう言ってエデンの守護者は東へと出撃する。
彼女が去った司令部では残る西と南への対処をエデンの英霊たちへと通達する。
デペスの誘引から始まったエデン史上最大規模の戦いだが、それは呆気ないほどに容易く終わりを迎えることになる。
しかしそれが新たな問題の火種となるとわかっているのは、極一部の者たちだけだった。




