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9)危うい国境

いつもご支援、ありがとうございます。

本日、2話、投稿しました。2話同時投稿です。こちらは一話目です。





「それは、あの」

 レオネはどういうことかと尋ねかけて口を閉じた。

 つまり、父とリリアナは閨を共にしていない。それだけはわかった。それだけわかれば充分だ。

「幻覚剤を使ったんだよ。私にもいくらか信頼できる味方がいるのでね」

「お父様の味方はたくさんいますよね?」

「敵は唸るほど金があるんだ。だから阿ねる者がうんざりするほどいる。私があれと結婚する羽目になったのもそれが理由だ。あれの実家は力を持っている。私の周りの友人だと思っていた者もいつの間にか籠絡されていた。そんなことにも気づけないくらい、私は青二才だった」

 父は一瞬、辛そうにしたが、すぐに話を続けた。

「私はレダニアを愛していた。誰よりも。レダニアは妊娠できないことを散々罵られて疲弊していた。私たちは、レダニアが妊娠できることは知っていた。レダは一度、流産したことがあったんだよ。レダが庭先で転んでしまったんだ。レダは自分を責めて、精神的に壊れそうな程だった。だから、誰にも言わなかった」

「お母様」

 レオネは思わず呟いた。

「悪意のある人間に何か言われたらレダは自殺しそうなくらいに傷ついていた。だが、それでレダは妊娠できない体だと噂された」

「そうだったんですね」

 レオネは自分の母の辛かった状況を初めて知った。

「優しいレダを、あの女たちは追い詰めた。私は、あの女を大人しくさせるために結婚はしたが、愛することは生涯あり得ないと言ってやった。だから、あの女と寝室を共にする必要などなかった。だが、あの女はそのことでレダに嫌がらせを繰り返した」

 父の口調は固かった。今も思い返すのは辛いのだろう。

「それで」と父は言葉を続けた。「レダを離れに避難させて、やむなく幻覚剤を使って抱いた振りをすることにした。閨を共にした痕跡も残すように工夫した。三回ほどそんな細工をした。結婚して一年半の間にね。三回目の後、しばらくしてあの女は妊娠したと言い出した。だから、セイレンが自分の子ではないと知っていたんだよ」

「幻覚剤って」

「違法すれすれのものだ。忘れなさい」

 リュカは、リリアナに幻覚剤を飲ませるために精神操作系の魔法を使った。リリアナの「相手」をさせるために艶蛇という蛇の魔物も使った。閨事の細工のために自分の精液も用意しておいた。だが、娘にはそこまで言う気はなかった。

「忘れます。でも、セイレンが誰の子か調べられたら、お父様は離婚することができるんですね」

「そうだな。ただ、我が国では調べるのは難しい。とても残念なことにね。帝国だったら可能だが」

「せめて、違うことを証明できればいいのに」

「魔力鑑定でおおよそのことはわかるが。そもそも魔力鑑定は本人が鑑定の魔導具に触れなければならない。あの女たちが拒否したら出来ない。拒否するに決まっている。王家には秘技があるらしいが王族にしか関係ない」

「残念です」

「本当にね」

 それから、レオネは父と学園のことを話して時間まで過ごした。

 ダラスに留学を提案されたことも話した。

 父は渋い顔だ。

「そのうち考えよう」とようやく答えを引き出した。

 ということは、将来的には考えていいということだろう。

 レオネは別れる際にもう一つ、最近、案じていたことを切り出した。

「お父様。西のブーレ共和国との国境争いは大丈夫なんですか」

 レオネは国境争いのことを新聞で知ってから、ずっと父を心配していた。

 隣国との話し合いには法務部の高官が同行することがある。

 外交官や王族、あるいは外交部の大臣が出向くことは当然として、一行の中に法律に詳しい者がさらに加わる場合がある。

 外交官ももちろん国際法には詳しいが、さらに国内法の専門と言えば法務部の者だ。

 父リュカはしばしばメンバーに選ばれる。

 ブーレ共和国との国境は、治安がひどく悪く物騒だった。

 魔獣が生息する森が点在し、町や村は少ない。その辺りにある村は、村というより魔獣を討伐する拠点だ。狩人傭兵協会の支部があり森を管理している。国からの補助も多く出ている。

 国境警備隊も常駐しているが、盗賊の類も出没する。

 危険で厄介な地域だ。

 西端にはブーレ共和国との緩衝地帯がある。

 ブーレ共和国は、小国が集まったような国だ。共和国と言うより、小さな帝国のようだ。ブーレ国内のそれら小国は「領」となっているが、独立した自治権を持っている。

 共和国のトップは、議会の議長が就いている。

 うまくまとめ上げているとはいえない。領主たちは、勝手気ままだった。個性があるというより、常識がない。

 特に、サレイユ王国と接するアバデンは、大して力はないが、ならず者の集まりのように話が通じない。

 以前から小競り合いが絶えなかった。

 すぐに収まるので国民はあまり気にしていないが、騎士団と外交部にとっては頭痛の種だった。

 アバデンなど潰れて欲しいというのが本音だろう。とはいえ、変な風に潰れたら余計に厄介なことになるかもしれない。

 レオネがブーレ共和国の名を出すと、途端にリュカは眉間に皺を寄せた。

「まったくあの国、というか、アバデンは良くもあれで成り立っている。アバデンの領内も治安は怖しいことになっているらしいが。話が通じないのは困るな。外交部は、アバデン関係には就きたくない者がほとんどで人事も困っている」

「私の占いで少しでもお役に立つことがあったら言ってください。もちろん、娘が占ったなどとは口が裂けても言えないでしょうけど」

「レオネはそういうことも占えるとは思うがね」

 リュカの眉間の皺がさらに深まり、しばし迷ったのち答えた。

「頼みたいことができたら手紙を書くよ」


□□□


 父から占術を頼まれることはなく月日が過ぎた。

 ブーレ共和国との諍いは少しも鎮まることなく、父は会うたびにやつれた様子だった。なにか、わずかなことでも手伝わせてくれたらいいのにと思うが、父は「大丈夫だ」と答えるばかりだ。

 国境での衝突の記事を見るたびに学園で楽しく過ごしていることが申し訳なくなる。

 中等部一年は慌ただしく過ぎて二年となった。

 レオネはもう十四歳になる。学園生活は順調だった。成績も悪くない。

 魔法の練習にも励んでいるし、勉強もそれなりにやっている。

 それなりに、というのは図書室に籠るのは好きだが、つい授業とは関係のない歴史や占術や遠い国の魔導理論などを読み耽っているからだ。

 長い目で見れば知識を深める役には立つが、成績の役には立たない。それでも二十位くらいをうろうろするくらいには成績は良い方だ。

 ダラスは十位をうろうろしている。

 なんとなく悔しい。いつも図書室では一緒に「雑学探求」してるのに。なんでダラスの方が成績いいんだろう。

 そんなことを考えていたせいか、中庭のベンチでパンを摘んでいると、隣のダラスが、

「おい、眉間にシワよってる」

 とレオネの眉間に指を押し付けてきた。

「考え事してたのよ。なに? ダラス」

「ああ、なぁ。サレイユ王国ってさ、誕生日を祝わないだろ?」

「そんなことないわ。五歳と十六歳と十八歳は祝うじゃない」

「たったそれだけだろ。グルミア王国では毎年、誕生日は祝うんだ」

「ふうん、それは楽しそうだけど大変そうね」

 レオネは意外な異文化情報に少し驚いた。

 五歳の祝いをするのは、よくぞ成長しましたという祝いだ。十六歳は結婚できる歳になった祝いと、十八歳は成人の祝いだ。

 五歳の祝いと十八歳の成人祝いは宴を開く。富裕な家であれば、盛大な祝宴となる。十六歳の祝いはそれらに比べると小規模になるが、家族や親族を招いた宴ぐらいは行う。

「グルミア王国では毎年、ショボいくらいの祝いはするんだ。それでちょっとした贈り物を贈ったりさ」

「ふうん」

「でさ、レオネ。この間、十四歳の誕生日だっただろ。これ、お祝い」

「え?」

 手渡されたのは青い魔石だった。

「少し魔力、流してみ」

 と、ダラスに言われ、レオネはそっと魔力を流してみた。

 すると、魔石が綺麗に輝いた。薄い青の光だ。

「わぁ」

 レオネは思わず見惚れた。

「止めるときは、また魔力を流すんだ」

 教わった通りにやってみると、すぐに灯りは消えた。

「すごい。綺麗だし、便利そう」

「だろ。ベッドの横とかに置いておけば、ちょっと使えるだろ」

「うん、ホント。嬉しい。でも、こんな高価そうなもの、もらっていいの?」

「高価じゃないって。俺が作ったんだし」

「え? ダラスが? どうやって?」

「魔石に、精霊の光を呼ぶ魔法陣を描けば出来上がりだぞ」

「こんな小さな中に魔法陣を?」

 レオネは目を凝らした。

「いや、魔法陣って言ったって、一番簡単なやつだぞ。古代語で『光』って描けばいいんだから。なるたけ綺麗な丸を描いて、その中に『光』って書くんだ。古代語の文字も歪んだりしないように気をつけるのがコツ」

「こんなに綺麗に輝くから、ずいぶん上手に書いてあるのね」

「まぁな、結構うまく出来たやつだよ」

 ダラスが少し自慢げだ。

「ありがとう、ダラス。最高の贈り物」

「よせよ、これくらいで。もっといいやつこれからもやるから」

 ダラスが機嫌良く気前の良いことを言う。

「私もダラスの誕生日に何か作るわ」

「へぇ。レオネ、何か作れんの? 刺繍とかは無理そうだけどな」

「あ、ひどい! どうしてよ?」

「いや、別に他意はない。単なる印象だから、気にすんな」

「余計、気になるでしょ! もう、すっごい感心するようなやつ贈ってあげるから!」

「あーもう、なんでそうなる」


 レオネは早速、刺繍のセットを手に入れることにした。

 母の存命中は刺繍をほんの少し習ったが、母が亡くなってからはとんとご無沙汰だった。つまり、六歳のころからやっていない。

「母は褒めてくれたんだから、針に糸を通すのが上手いって。すっごく綺麗な刺繍を刺してやるわ」

 レオネはぶつぶつと独り言を呟きながら小遣いで刺繍のセットを取り寄せる計画をし寮に戻ると、寮母夫人が「ラシーヌさん、お手紙ですよ」と手紙を差し出してくれた。

「ありがとうございます」

 差出人は「ジャン」。ラシーヌ家の執事の名だが、本当は父からだ。父からの連絡を隠しているのは、第二夫人のリリアナが勘ぐってくる可能性を考えてだ。

 最近、レオネは「あの第二夫人は、もう父のことは諦めてるんじゃないかな」と思うようになっていた。

 占っても良いのだが、今は触れたくなかった。レオネの予感だ。きっと、闇がある。

 急いで部屋に入り、ソファに座るとナイフで封を切った。

『週末、連絡事項あり』

 今週末は父に会えそうだ。


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