8)父親は?
本日、2話、投稿しました。2話、同時に投稿してあります。
こちらは2話目です。
ダラスとは、あれからよく話すようになった。
話題は魔導のことがほとんどだ。授業でわかり難いところをダラスと話すと楽しかった。クラスの女子とも挨拶をしたり気軽に声をかけられるようになった。
入学から四か月ほどが経ち、レオネの十三歳の誕生日はもう過ぎていた。
昼はよく食堂で「惣菜パン」を買って中庭で食べる。
天気の良い日はこれがなかなか気分が良い。ピクニックをしているみたいだ。
しばしばそうやってダラスと過ごしているせいか、クラスの女子に「ワディエ様とお付き合いしているの?」と尋ねられてしまった。
レオネは「友だち付き合いはしているわ」と答えた。
彼女は「ふうん」と応えていたが、少し嫌な感じだった。はしたないと思われているのだろうか。
貴族令嬢としては、どう答えたら正解だったのだろう。そもそも、そんなに親しくない子だったので、いきなり尋ねられて驚いてしまった。
そのことをダラスにも伝えたほうがいいだろうか、と思いながらパンの包み紙をがさがさと開ける。
ダラスも隣でレオネの倍の量はあるパンを開けている。
「あのさ」
ふいにダラスに声をかけられた。
「なぁに?」
「うーん、まぁ、大して意味はないというか、どうでもいいことだけどさ。俺の祖母は、グルミア王国の末の王女」
「はへ? あ、変な声出た」
レオネは慌てて口を押さえ、ダラスは「ブハハハ」と笑った。
「今のでレオネは何も知らなかったってわかったよ」
「知らなかったわ」
「でも、ホント、どうでもいい話だよ。グルミア王国は、なんで王国って名乗ってんだろうって不思議なくらい王に権限とかないし。王家もグルミア家っていう一貴族と同じあつかいだし。まぁ、授業でその辺、習ったから知ってるだろうけど」
「習ったわ、そういえば」
「授業の通りだぜ。だから、俺の祖母が商人と結婚するって時でも、何ら反対なかったみたいだし。むしろ、祖父の側が反対されて駆け落ち」
「あ、駆け落ちって言ってたっけ」
「うん、祖父んちは大富豪だったから」
「えぇ?」
いくら大富豪でも、王女との結婚に商家が反対するのか。グルミア王国は本当に、我が国サレイユ王国とは正反対な国かもしれない。
「祖父を応援してくれてた伯父がこっちの支店を任せたりして応援してくれたけどさ。祖父は有能でやり手の商人だったから」
「そ、そう」
「でもさ、流石にその娘が正妻のいるやつと不倫するとは思ってなかったらしいよ。けど、伯爵家夫妻が最悪な政略結婚で、伯爵夫人は愛人のところから帰らないって噂を聞いたから」
「なるほど」
ホント、最悪みたい、とレオネは思った。
「まぁ、そんなのは細かい話だよ」
「相変わらず大雑把ね、あなた」
「だから、グルミア王国に行こうと思えば行けるし。レオネの家、なんか不穏な感じだし」
「よくご存知ね」
レオネは苦笑した。
「有名な話だと思う。俺の母方の実家は『情報が命』の商家だから余計に知ってるんだけど。美男で愛妻家の侯爵に、帝国の我儘皇女がドン引きするくらい纏わり付いて。ゴリ押ししまくって第二夫人に収まって。おまけに、正妻にご令嬢が生まれて数年後に、えっと、その」
ダラスは母が亡くなったことを言いづらいらしい。
いつも朗らかな友人が、不器用に気遣っているところがなんだか可笑しくて切ない。
「ええ、母は突然死したわ」
「うん」
ダラスが気まずそうにする。
「そこまで知ってるのね」
レオネはさすがに驚いていた。
「大っぴらに言う奴はいないよ、もちろん。あの皇女のこと、王弟が無理矢理、侯爵に押しつけてきたって言うし」
「そうよ、あいつ、ああ不敬だったわ、あの下ゆる王弟よ」
レオネの声音が低くなる。
王弟の噂はこの魔導学園でも耳にした。知られている話だったようだ。レオネは知らなかった。重度の世間知らずだ。
王弟は正妃がいるのに夜会で愛人と痴話喧嘩をしたり、愛人を二人も連れて王立劇場の貴賓席に籠もったりと話題に事欠かない。ゴシップ誌に載っているという情報を小耳に挟んだので、ジャンに頼んで既刊号を古書店で手に入れてもらった。
噂は本当だった。
こんな奴に、と思うと怒りで頭が沸騰しそうだ。
「レオネ、言い直しになってないよ。この国みたいに王族が幅を利かせてる国なんて、今時は少数派だよな。帝国でさえ、皇帝はもう理不尽を押し付けるような真似はしない。クーデターとかも怖いし。帝国も、無能な皇帝で国が傾かないように体制を工夫しているからね」
「うちの国なんて、絶滅した方がいい絶滅推奨種よ」
「ハハ。気持ちわかるよ。レオネ。俺も俺の実家も、レオネの味方だよ」
「ありがとう、ダラス」
「逃げたくなったら、グルミア王国に留学すればいい」
「魅力的なお誘いだわ」
父はレオネの学園を選ぶに当たって、真っ先に「安全」を気に掛けていた。
レオネが物心ついたときから、カトラリーは必ず銀器だ。
レオネの侍従は帯剣していた。レオネが庭の隅で隠れん坊をしていると、ジャンが顔色を失った様子で慌てて探しに来たことがある。
それら全ての意味を、レオネはもう知っている。
レオネの願いは父のそばにいることだけれど、グルミア王国に行けば父は安心して過ごせるだろうか。
「お願いするときは言うわ」
レオネが冗談めかして「ふふ」と笑うと、ダラスは「真面目な話だからな」と意外と真剣な顔で答えた。
□□□
週末、父に会いに王宮に向かった。
父との手紙のやり取りによると、父はレオネが屋敷を出てから一度もラシーヌ家に帰っていなかった。父が屋敷に帰っていたのは、レオネが心配だからだった。
父は本邸でセイレンたちと食事をしていると思っていたら、母の亡くなったあとは一度もないと知った。以前にリリアナたちと同席したときも、邸内の様子を見るためだけだったと聞いた。
父と親しくしているなどという話はリリアナの嘘だった。本邸の侍女たちの話もでたらめだという。レオネはあまり接触はないが、侍女らの話を耳にしことがあったのはわざと聞かせていたらしい。そういう連中なのだ、と父は嫌そうにしていた。
サレイユ王国の王宮は広い。小さな村ほどの規模だ。
中枢にあるのは国家運営に関わる部署だが、有事に備えて分散されている。ゆえに、中枢部分は固まってあるわけではない、王宮のあちらこちらにあるという感じだ。
リュカ・ラシーヌの勤める法務部は、都合の良いことに魔導学園からはさほど遠くはない。
王宮には東西南北に出入り口がある。
戦時に攻め込まれ難くするために、馬車が乗り入れられるのは正門のみだ。小さい荷車は、使用人が主として使う通用門から入れるが、普通の馬車は通れない。
正門は東側にあり、他の西南北の出入り口はすぐ近くに馬車留めと厩舎が整備されているが、門から中に馬車は入れられない。
ちなみに、業者の馬車が正門から中に入る必要があるときは、よほどの事情がないかぎり早朝のみと決められている。
父のいる法務部は王宮の北側にあり、いつもリュカは北の馬車留めから歩いて入る。
魔導学園は王宮の北方向にあり、馬車で十分ほどの距離だ。
一方、王立学園は、王宮の東南側にあって、馬車で五分くらいしか離れていないという。王立学園は王族が通われる学園ゆえに、近いのは都合が良いだろう。今は第三王子殿下が通学されているらしい。
レオネとしては、用事があるのは王宮の北端のみなので、他はどうでも良い。
父に会いに来るのは四度目だった。月に一度の頻度だ。
北の通用門まで父が手配してくれた馬車で到着し、通用門で名乗るとすぐに中に通された。通用門そばの待合室のような部屋で待っていると、ほとんど待つこともなく父が迎えに来てくれた。
「お父様」
「会いたかったよ」
駆け寄ると満面の笑みで父に抱きしめられた。
高官のリュカは法務部の部屋の隣に個人の執務室を与えられていた。執務机の他にソファとテーブルが置いてあり、部屋の隅には小さな給湯室もある。
レオネは父に勧められてソファに座った。
「学校はどうだね」
父が茶のカップをレオネの目の前に置きながら尋ねた。父はお茶の用意をして待っていたらしい。
「順調です。成績も悪くはないから、学費は無駄になってません」
「無駄にしても良いから楽しく過ごしなさい」
「甘すぎる親は子供を駄目にすると思うの、お父様。でも、楽しく過ごしてます。また友達が増えました」
「また? 友人のことは聞いてなかったが」
「魔導の話に夢中だったからかも」
レオネはとっくにダラスのことを話した気になっていた。肝心なことを忘れていたらしい。
父は魔導師の先輩でもあるので、学園で習ったことを話すほうがレオネとしては優先だった。それに、父に伝えた「クラスメイトから聞いた話」はすべてダラスのことだ。
「そうか。誰だい?」
「メイベル・ダノンと、ダラス・ワディエ。メイベルはダノン子爵家の三女と聞いてます。ダラスはワディエ伯爵家の次男ですって」
「男子の友人もできたのか」
「先に友達になったのはダラスだわ。メイベルは寮で隣の部屋なの。それで、なんとなく一緒に居るようになったけど。まだ個人的なことは話してなくって。寮でうまく暮らす方法とか、あの先生は贔屓するとか、課題の愚痴とか。そういうの話すだけで忙しいの」
「それは楽しそうだね」
リュカは苦笑した。令嬢らしくない会話の気がしたが、楽しければいい。
「ダラスとは色々と話したわ。ダラスは庶子なのですって。あまり気にしてないみたいだけど。でも、庶子の不自由さはあるみたい。まぁ、気にする性格じゃないのは幸いかも」
「込み入った話もしているようだね」
リュカは案ずる父親の顔になった。
「メイベルは痩せすぎてなければ綺麗な子なの。ダラスはお父様に負けないくらい美男。タイプが違う美男だけど。ダラスは可愛い系ね」
「私も十三の頃は可愛いと言われたよ」
「あ、そうなのね、お父様。ダラスもじゃぁ、格好良くなるのかしら」
レオネがなにか考える様子で首を傾げた。
「そこまで親しくなる必要はないだろう」
リュカの顔が僅かに険しくなる。
「お父様のお眼鏡に叶わなければ駄目なのは知ってます。少し軽い感じの人だけど、信頼できる友人です」
「軽いのか」
「可愛いって言われたわ、一回だけ」
「たった一回か」
「もっと言って欲しいの? お父様」
「い、いや、一回で十分だ。レオネ。今日来たのは、二人の友人の相談かな? そいつが信用できるのか調べよう」
「お父様、多分、大丈夫。占った結果、裏表はない人って出たから」
「狡猾さがゼロというのも問題だな。いや、まだ十三歳か」
父がぶつぶつと言うが、レオネはよく聞こえなかった。
「では、お小遣いでも足りないのか?」
「いえ、違うの。ダラスがロニク帝国の者は魔力が底辺で、その体質を継ぐと魔導士の血筋が台無しって言っていたから」
「ああ、それは本当だ。ロニク帝国が秘密にしたがっているので公に言う者は少ないが。密かに知られている」
リュカが苦い顔をした。
「私、その話を聞いて気になったので、セイレンの魔力量を占ってみたんです。セイレンの魔力を感じたことがなかったから」
「レオネは、魔力感知ができるのか?」
リュカが僅かに目を細めた。
「ほんの少しなら。はっきりとではなくて、ほんのり感じる程度なの」
「まさか、平常時ではないよね?」
「平常時よ。今もお父様がほんのり暖かいような感じがあるわ。これが魔力でしょう? お母様もいつも魔力でほんわかしてると思っていたの。お父様はお母様ほどじゃないのね。ジャンもそこそこかしら。はっきりなんてわからないけど」
「レオネ、魔法を使っていない平常時は、魔力など感知できないものだよ」
気がつくと、リュカが困った顔をしていた。
「えぇ? まさか。でも、騎士団の騎士たちは、魔獣を魔力探知で探るって」
「魔獣どもは、瘴気や魔素の森で常時、魔力を放ってる状態なんだ。連中は魔力で体を強化して動くし魔獣特有の魔力だ。だから、探知はやりやすい。平常時の人間の魔力を見るなんて、まずないよ」
「そうなの。知らなかった」
そういえば、ダラスも魔力を見られるって言ってたような? でも、魔法実技の時の話だった気がする。
「レオネの占術の能力は一種の『見る』能力だ。だから、魔力感知にも優れているのかもしれない。ふつうではないことだ。わかったかい? レオネ。これも秘密案件だ。特にリリアナたちは嫌がるだろう。このことを誰かに言ったかい?」
父に尋ねられて、レオネは首を振った。
「いいえ。当たり前のことだと思っていたから、わざわざ話さなかったわ」
「良かった。本当に困った子だ、心配させないでくれ。それで、セイレンを調べたのかい?」
「そうです、お父様。占って見ることにしたんです。そうしたら最弱のカードが出て。初めて自分の占いに自信がなくなりました」
「そうか」
リュカが気難しい顔をした。
「それで、セイレンのことをもっと占ってみたんです。今までセイレンのことなんかまるきり興味がなかったから、初めて」
レオネの言葉にリュカは微妙な表情を浮かべたが、何も言わずにおいた。
レオネはカードを取り出した。
だが、いつものように占うことはせず、話を続けた。
「セイレンは姉ではないって出たの。セイレンの両親を占ったら、母親の名前の頭文字はリリアナ夫人で間違いはなかったわ。でも、父親の頭文字は出てこなかった。絵札しか出ないのだもの。それも、商人の絵札。我が国の文字ではないのね。私のカードは私にわかるように告げるのが鉄則みたいだから。それで、大河の向こうって出たわ。おそらく、ロニク帝国の人だわ。あるいは、ロニク帝国に滞在している人」
「だろうね」
リュカは平然と答えた。
「やっぱり、お父様はご存知だったのね」
「ああ。リリアナを抱いたことはないのでね」
レオネは自分の耳を疑った。
ありがとうございました。明日も、夜20時に投稿いたします。




