7)姉の魔力
本日、2話、投稿いたしました。2話同時に投稿してあります。
こちらは1話目です。
学園生活が始まり、寮での暮らしはすぐに慣れた。
もともとレオネは侍女に傅かれる生活などしていなかった。
王立学園の学生たちは人脈を広げようと友人作りに勤しむらしいが、魔導学園はそういう学生は少ない。
昼休みも各自、孤独に食べている者が多い。
最初に自己紹介をしたときも、皆、名前をボソボソと話すだけだった。
ゆえに、レオネも名前を言うだけにした。
そもそも大して話すこともない。趣味は占いだが、それは秘密だ。
あの新入生説明会の時、レオネが声をかけた男子はダラス・ワディエという。彼もまた、自己紹介で名前しか言わなかったので他に情報はない。
ワディエ家は伯爵家だ。魔導士の家系なのかもしれない。ダラスは魔法の腕前は良い。実技の授業では楽々と炎撃を放ち、水を凍らせ、木枯らしを作り出している。
彼はその腕前で有名になりつつある。
一方、レオネは授業について行くのに必死だ。
家で魔法の基本は習っていた。母の存命中は小さな竜巻を作ったり、土魔法で土の塊をぽこぽこ作ったり遊びのような練習をした。母の死後は魔法は独学だった。本は読めるだけ読んだが、実技は母に習ったことを繰り返すくらいしかしていない。
レオネについていた家庭教師は魔法の指導まではできなかった。魔法の教師もつけて欲しかったが、今思えば父は信頼できる教師を一人しか見つけられなかったのだろう。
昼の休み。
中庭のベンチでパンの包みを手にぼんやりとしていると、隣に誰かがどさりと腰を下ろした。
ちらりと視線を向けるとダラス・ワディエだった。
「あのさ」
とダラスは唐突に声をかけてきた。
「はい?」
「新入生説明会の時は助かった。ありがとう」
「え、ええ。どういたしまして」
レオネは「今更?」と思ってしまった。なにしろ、あれからひと月近くは経っている。
「なかなか声をかけられなくて、日が過ぎてしまったが」
ダラスが照れ臭そうに言い訳をする。
「いえ。大したことではありませんから、お気になさらず」
「敬語やめよ、クラスメイトだし、もっと口調、崩しても良くない? それとも、タメ口は嫌な人?」
「タメ口って?」
「砕けた口調のこと」
「嫌じゃないです。別に気にしません。でも、砕けた口調って、あまり親しくない人だとちょっと難しいっていうか」
「俺、親しくない人? わざわざ声をかけてくれたし、嫌悪感はないだろ?」
ダラスががっかりした顔をする。
「まぁ、普通の人に対しては嫌悪感ってないですよ。えっと、砕けた口調がよかったら、気をつけるわ」
「うんうん、そうしてよ。なんかさ、この学園、魔導にしか興味ないって感じの学生ばかりで友達作るの難しそうだよな」
「あぁ、それは思ったわ。そうか。魔導にしか興味がないのね。それで昼食もそれぞれ一人きりで食べてるのね。でも、私も人のことはいえないわ。自分から誰かに声をかけるとか慣れてないし」
「レオネ・ラシーヌだよね? レオネって呼んでもいい?」
「いいわ」
ダラスはずいぶん懐っこい。それなのにひと月も声をかけられなかったというのだから、どうなっているのだろう。
疑問に思いながらレオネは答えた。
「よっし。俺もダラスって呼んでよ」
「あ、うん。呼ぶわ」
「でもさ、ラシーヌ家って、名家だよな。俺みたいなのと友人になるの、家の人にガタガタ言われない?」
「ガタガタ? ふふ。言われないわ、きっと」
「きっと? あのさ、あとで誰かに言われる前に暴露しておくけどさ。俺、庶子なんだよ。ワディエ伯爵家の。母方は祖父母の代で家出してこの国に来てるから平民だし」
レオネは「家出?」と思わず声が大きくなってしまった。
「ああ、うん、そう。祖父母は駆け落ち結婚」
「そ、そう」
レオネは人と会う機会などほぼなかったので知らないが、気にする貴族はいるのだろう。だからダラスは声をかけられなかったのかもしれない。
「祖父の店に商談で伯爵が来たときに母が一目惚れしたんだ。ワディエ伯爵夫妻は政略結婚で、夫人は跡継ぎを一人産んだあとは愛人宅で暮らしてたから。母から伯爵に迫ったってさ」
「お、お母様、情熱的ね」
父に迫ったリリアナ夫人も似たことをしているが、状況はずいぶん違った。
それにしてもダラスの家系は二代続けて恋愛のために突っ走っている。
「うん。今も夫婦関係は同じだよ」
「でも、ダラスって魔力量がとても高いわよね? 私が聞いた話では、魔力が高いのは貴族だって話だったけど」
「うーん。それは必ずしも正解じゃないぜ。貴族でも魔力量低いのはいるだろ? あのさ、ロニク帝国の連中って魔力量すげぇ低いんだぜ。高位貴族の奴らは帝国からの嫁をありがたがってるけどさ、魔力量を考えたら最悪なんだよな」
「そうなの? 知らなかった」
「魔導士の血筋を大事にしたいのなら選ばない方がいいぜ。なんかさ、帝国の魔力量が底辺の体質っていうのが、すっごく強くてさ。魔導士の家系は台無しになっちまう」
「だ、台無し? そこまで」
じゃぁ、セイレンは? とレオネは姉の赤毛が思い浮かぶ。
「平民でも、西のグルミア王国からの移民は魔力量高いから。俺の母もそう。祖父母がグルミアから来て商会をそこそこ大きく育てたんだ。もともと祖父の実家の支店があったんだけど。祖父は商才があるんだ。ワディエ伯爵は、祖父の商会と繋がりができてほくほくしてる」
「ダラス。友達になったばかりの私にそんな秘密を話していいの?」
「レオネは信用できるだろ。俺、人を見る目はあると思うぜ。魔力感知上手いし。実技でさ、レオネの魔力見て、なんか澄んでて綺麗な気がした」
「あやふやすぎる、その根拠」
「レオネ、可愛いし」
「嬉しいけど、いきなりその言動はやめたほうがいいわ、軽い男みたいに見えるから」
「いや、俺、軽くないからな。誠実だから」
「そう?」
「ホントだって!」
軽いか重いかわからないけど友達になるくらい、いいわよね、とレオネは思った。
彼は悪い人じゃない気がする。お喋りが楽しい。誰も友人がいない学園生活はさすがに寂しかった。
レオネは寮の部屋に帰ったらダラスのことを占ってみようと思った。
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レオネはここのところ気になることがあった。
ダラスは、ロニク帝国の者は魔力が低く、魔導士の家系にとっては最悪と言っていた。
父の第二夫人リリアナはロニク帝国の元皇女だ。
リリアナの母親は皇帝の三番目の側室。実家はベルジュ公爵家。ロニク帝国とは古くから縁の深い家だ。二代前にも帝国の令嬢が嫁入りしている。
リリアナ夫人は魔力がかなり低いと思われる。
レオネは魔力を感知する力はある。仄かに感じる程度ではあるが。リリアナから魔力を感じたことはない。セイレンからもだ。
「セイレンが跡継ぎになるかもって、私は諦め気味だったわ。でも、そうなったら、ラシーヌ家はもう魔導士の家系ではなくなるのね」
レオネは寮の部屋で一人、机に向かっていた。
ラシーヌ家は古い魔導士の家系だ。こんな理由で無くなってしまっていいのだろうか。
レオネは、ふいに気付いた。
そういえば、セイレンから魔力が感じられないのは当たり前だと思っていた。
セイレンはリリアナ夫人に似ている。二人が揃って魔力が低いことは当たり前のように思っていた。似ているのだから。だが、セイレンの半分は父の血筋だ。
父は、亡き母ほどではないが魔力は高い。それなのにセイレンは、父の影響がないかのように魔力が乏しく感じられた。よほどロニク帝国の体質は、魔力とは相性が悪いのだろうか。
もっとしっかり、魔力を感知しておけば良かった。今さら悔やんでも遅いが。それに鑑定の魔導具とは違う。正確とはほど遠い。おまけに、あの人たちにはあまり会いもしない。
でも、気になる。とても気になる。
レオネは無意識にカードを手に取っていた。
寮ではレオネは一人部屋だった。あまり広くはない。それに古い部屋だ。王立学園だったら広くて綺麗な寮だったらしい。
レオネはあまり気にならないが、貴族令嬢はふつうは気にするかもしれない。この部屋は古くても雰囲気は悪くなかった。
マホガニー色の机にカードを広げる。
セイレンのことを考えながらカードを混ぜていく。
気が済むまで混ぜ終えるとカードを束ねて手にとった。
「セイレンの魔力量」
レオネの呟く声が部屋に響く。
めくったカードは「花」の二。
数字としては一の方が小さいが、カードとしては一は特別だ。一はゲームによっては要となる、時に最強のカードだ。あくまで、ゲームの話だが。
レオネは自分の占いでも一は特別な意味を与えていた。一のカードはどれも彩色こそ灰色と黒で地味だが、凝った絵が描かれているからだ。
ゆえに、「花」の二は最弱のカードだった。