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5)二つの未来




「レダニアを守れなくてすまなかった」

 父にそんな風に言われ、涙腺が緩みそうになった。

 レオネは母の死の不自然さを知っていた。母が毒を盛られたのだろうと察する月日は充分にあった。

「いいえ」とレオネは首を振った。「ジャンから聞いたんです。あのリリアナ夫人を押しつけたのは王弟殿下だって」

「ジャンがそんなことを」

「秘密なの? お父様」

 レオネは父を見上げた。

「皆、知っていることだ。私は言わなかったが、あの王弟が酔って夜会で喋ったからな」

 吐き出すように父は言う。レオネは戸惑った。不敬というものを、貴族は幼いころから習う。決して間違いを犯さないように。

「レオネにはこの残酷な茶番の裏側をまだ見せたくなかっただけだ」

 リュカはレオネの髪を撫でた。

「お父様。でも、私は知ったほうが良いと思いませんか。あの夫人は敵です」

「レオネ」

 父は辛そうだった。

「不安だったんです。母の死は不自然でしたから。占いは少しずつ上達しましたが、自分で自分のことを占うのはあまり上手く出来ませんでした。占術の本にも載っていたことですが。占術師が未来の出来事を占って当事者に伝えると、その途端に未来は変わっていきます。占術師は、未来を変えるきっかけを作ります」

「そうだろうね」

 そのことはレオネの能力を知ってから考えていたことだ。レオネは、未来を変える力を持っている。

「占術師が自分自身の未来を占う場合、すでに占おうと思った時点で未来は揺らぎます。他の理由でも、例えば、自分の過去を占おうとすると、過去の記憶が集中を邪魔するとも言われています。占術師は、自分を占うのが苦手なんです」

「なるほど」

「占術師は自分自身を占うと占いの力を失うなどとも言われているそうです。でも、私は何度も占っていますが、特に変化はありません。ですが自分を占うのは制約があるのは本当です。それでもやってみました。私の不安の原因を調べたんです。そのときのカードがこれでした」

 レオネは一枚の「鳥」のカードを見せた。

 灰色の厳つい鳥が、白い鳥を鋭い爪で捕らえている絵が描かれている。

「『敵を』示しています。どのような敵か」

 二枚目のカードも「鳥」だった。数字は十。長い飾り羽根の女のような赤い鳥だ。

「高い数字だわ。高貴な女性。彼女の特徴は」

 三枚目のカードをレオネはめくった。「花」のカードだ。

「『赤』でしょうね。赤という色に強さを感じますから」

 レオネはカードの絵を感じ取ろうとするように指で撫でた。カードには一面に赤い花が咲いていた。赤い鳥と、赤い花だ。

 リュカはリリアナの見事な赤毛が思い浮かび、眉間に皺を寄せた。

 レオネはカードを読み解くというより、まるでカードと会話しているようだった。

 占い師たちが竜の魔石から未来を覗くように、レオネはカードの囁きを捉える。

「レダニアを殺害した実行犯は、今どこにいるかわかるかい」

 リュカの問いにレオネは一つ頷くと、細めた目でカードを見詰めた。カードの山をかき回し、手品のように操り、一枚のカードをめくる。

「『鳥』の八のカード」とレオネが呟く。カードには遠い崖の城が遙か彼方に小さく描かれ、鳥は大空を飛んでいた。

「きっと国にはいない」

 レオネはぽつりと答えた。

「そうか」

 そうであろうな、とリュカは思う。

「レオネ。これは言ってはならない秘密だ。レダニアは、確かに殺されたのだろう。だが、医師の見立てははっきりしないものだった。わかりにくい毒を使われた」

「はい」

 母は殺されたのに騒ぎにもならなかった。

 我が身が大事であれば触れてはならないことも事実だ。犯人が憎い以上に、怖ろしいことだった。

「証拠はなに一つなかった。毒の痕跡は残っていなかった。たとえ、赤い貴婦人が犯人だとしても証拠がなければ手の下しようがない」

「わかります」

 レオネは鬱々と答えた。

 リリアナは帝国の皇女だ。だが、さらに厄介なのは、リリアナの母親はベルジュ公爵家の三女だ。

 五大公爵家の一つ、ベルジュ公爵家。リリアナはこの家でもっとも強い立場にいた。

 レオネは食事のさい必ず銀器を使う。

 そのことの意味を、レオネは亡き母の死因を占うことで知っていた。


□□□


 王宮の執務室でリュカ・ラシーヌ侯爵は仕事も手につかず迷っていた。

 今年、レオネは十二歳になり、学園に通う年だった。王立学園への入学申し込みまでもう間がない。

 リュカは、レオネを王立学園に屋敷から通わせる予定だった。その方が安全だと思ったからだ。

 レオネが母の死の真相を知った今、レオネは慎重に行動するようになるだろう。それならば、寮の方が安全ではないか。通うとなれば、通学中の道中のことがある。

 今現在、レオネには侯爵が手配した侍従がついて、執事も目を光らせている。

 古くから仕える執事のジャンは事情を知っている。レダニアの死が不可解だったことも知っている。

 けれど、侍従はレオネが危険な立場にあることまでは知らない。

 侍女を離れにおかないのはレダニアの殺害は侍女が実行犯だったからだ。だが、レオネの占術によれば、侍女は女ではなく男だった。姿を消した侍女の正体はわからなかったが、裏にベルジュ公爵家がいた。

 今までは、なんとかレオネの安全を確保していた。

 表向き、侯爵はレオネが跡継ぎであることを公表していない。当主だったレダニアの子が後継に決まっている。

 気掛かりがあるとしたら、今の王家だ。

 誰もはっきりとは言わないが、愚王だと知っている。

 リリアナから結婚を迫られ、リュカは丁重に断った。口出ししてきたのは王弟だが、王族はだれも王弟の愚行を止めようとはしなかった。リリアナの実家である公爵家からも嫌がらせとしか思えない申し入れが幾度もあった。

 成人した娘の我が儘のために常識を越えた所業を繰り返す公爵家と、それに力を貸す王家にリュカは腹を立てたが、妻の安全が危ぶまれ、止むなく籍を入れた。結婚式など挙げるわけがない。宴もしなかった。

 馬鹿げていた。

 跡継ぎはレオネだ。セイレンなどあり得ない。

 だが、愚王どもが動くと、あり得ないことが実現化する。

 リュカがラシーヌ家の血縁であるために、リュカの子なら良いだろうと言い出しかねない。

 セイレンは第一子で、セイレンがイルージャを婿にすれば「問題ない」と法をねじ曲げてくる怖れがある。まともであればやらないことをするから愚王と言われる。

 レオネには跡継ぎだと伝えてあるが、ここ数年はそういう話はしていない。レオネが余計にリリアナに狙われるのを阻止するためだ。

 リュカがレオネに会うのを最低限にしているのは、リリアナが妬むからだ。けれど、そんな誤魔化しがいつまでも通用するものではない。

 レオネに屋敷に閉じこもる生活をさせたいわけでもない。

 王立学園の高位貴族用の寮は、警備は厳重だ。防御の魔導具を持たせれば離れよりも安全だ。

 レオネに寮住まいになることを知らせておこうとリュカは結論し、早めに仕事を終えた。


 屋敷に戻り執務室も兼ねた書斎に入ると、程なくテラス窓がノックされた。

 リュカは思わず苦笑した。リュカが早く帰ることくらいレオネはお見通しなのだ。

 カーテンを少し開けると案の定、愛娘の姿があった。

 リュカは急ぎレオネを中に入れた。

「相変わらず私を心配させる」

 リュカはいつもの困り顔でレオネの髪を撫でた。

「お父様、でも、ご相談があったんです」

 レオネはいつになく真剣な様子だ。

「お座り。香草の茶は先ほど侍女がいれていったのがある」

 リュカはカップを用意した。

 レオネはソファに落ち着くとすぐに口を開いた。

「お父様。私、来年から学園の中等部に入るかと思うのですが、魔導学園に入りたいのです」

「魔導学園に? 王立学園ではなくて、か」

「ええ、そうです。ずっと考えていたんです。お父様。私はけっこう高い魔力を持っているでしょう。魔法属性は水と風と土も持っています。だから、王立学園の魔導科か、魔導学園に通わせてもらおうかと思ってたんです。それで、何度も、占って見ました」

「どんな結果になった?」

 リュカは思わず身を乗り出した。

「魔導学園の方が良いカードが出たので」

 レオネは口籠るように答えた。

「漠然としているね」

 リュカは首を傾げた。

「私も漠然と占ってしまったので。どちらが良いかと悩みながらカードを引いたんです。お父様は王立学園を選んだのでしょう?」

「王都で学園に通う貴族の半数は王立学園だからね。人脈を広げられる。警護が厳重で安全だ。優秀な教師が多い」

「魔導学園はそうでもないのですか」

「研究施設に入りたい学生が多いので、人脈作りという面では微妙だな。警備はそう悪くはない。魔導に関しては教師は有能だろう」

「そうなんですね」

「レオネ。それでは、私が言うように占ってもらえないか」

「わかりました」

 レオネは準備をするようにカードを手に取った。

「知りたいのは、安全か。レオネにとって運の良い学園か。レオネは、自分で自分のことを占うのは苦手だと言っていたね?」

「そうなんです」

 レオネが困り顔になった。

「では、こうしよう。私にとって、三年後にどちらの学園が好印象か」

「お父様にとって良い学園ですね。三年後というのは、私が中等部を卒業するころ」

「そうだ」

 父にそう言われてレオネは安堵した。それなら占える。自分を占うことは、やはり制約がある。いったい、制約の相手はなんなんだとも思うが、占おうとすると運命がちらちらと揺れるように感じ、これにはいつも戸惑う。

 傍観者として占うことのできない「制約」なのだろう。

「わかりました。お父様にとっての学園の印象。三年後」

 レオネはカードを手にしばらく目を閉じてじっとした。

 うっすらと目を開けると無心にカードを混ぜる。

 やがて、カードは揃えられ、レオネの手の中に収まった。

「まずは魔導学園、お父様にとってどんな学園であるのか。三年後」

 レオネは呟きながらカードを引いた。

 一枚目のカードは本のカードだ。数字は八。

 知識を表すのか、数字や文字の踊る本の絵だ。

「知識と知性のカード。数字は高め。良いカードです。最高ではありませんが、お父様の娘が通うという間接的な知識のはずですが、高めの数字です。お父様が魔導学園から得られる知識、つまり、間接的な知識や情報は多い、という意味と考えられます」

 レオネは淡々とカードを引き続けた。表情は無く、何も考えていないように見えた。

「補助のカードを引きます。これから引くカードは、一枚目のカードに説明を加えます」

 次のカードは木の十。

「成木です。まだ実は生っていませんが、根を張っています。根本の籠は実がなることの暗示。熟す季節に期待を持てます。魔導学園は、お父様にとって悪くはないみたいです」

 レオネはカードを再び混ぜ始める。

 薄く目を閉じて集中しているのがわかる。カードは魔力で瞬いている。

「次に王立学園、三年後」

 引かれたのは木のカード、六。緑の葉から黄色い葉へと色を変えていく秋の木々が描かれている。

「これは、変化。どんな変化? 説明のカードを引きます」

 それは鳥のカードだった。雛鳥と親鳥の可愛らしい絵柄だ。

「家族の変化」

 と、レオネが呟く。

 雛鳥はレオネを表すのだろうと、リュカは親鳥をつぶらな瞳で見上げるカードを見て理解した。

「家族にどんな変化があるのか」

 花のカード。数字は二。

 リュカは花の二のカードを見て背筋が震えた。

 花は散っていた。

「死、あるいは枯れ散るような病、憔悴など。補助のカードを引きます。もっと具体的に」

 本の三のカードには、ただうち捨てられた本があるのみ。

「これといって読み取れるほどの情報はない」

 レオネはカードを山に戻してきると、再度引く。

 同じ本の三だった。

 レオネはカードをよく混ぜ、きってから選んだ。それで同じカードを引く確率はいかほどのものか。

「これは、つまり、情報を引き出せないということと思われます。お父様からの間接的な相手、しかも三年後の情報となると、よくわからない、というのが答えです」

 レオネは呟きながらまたカードを混ぜる。

「他の情報もみてみます。王立学園に絡めて、三年後の印象」

 木のカードだ。数字は三。

 風に吹かれる樹木の絵は、荒地に孤独に生えていた。

「孤独」

 と、レオネは見たままの木の状態を呟く。

「補足のカード」と、次にレオネが手にしたのは竜のカード。数字は五。空に向かって吠える竜の絵だった。

「悲しみなどの感情。憤怒、後悔、そういった激しい感情」

 レオネは淡々と告げると、カードを直した。

「三年後のそれぞれの印象です」

「わかった。魔導学園に行きなさい。王立学園には近づかなくて良い」

 父は静かに告げた。

「はい」

 レオネはなんとか答えたが、少し声が震えてしまった。

 死のカードは不吉だが、三年後の「印象」だ。かなり漠然としている。ゆえにあくまで可能性の話だ。

 それでも、王立学園に近付きたくはないと思うくらいの恐怖をレオネに与えた。


 明くる日。

「レオネを魔導学園の寮に住まわせる。手続きをしておいてくれ」

 と、ラシーヌ侯爵家の執事ジャンは侯爵から指示された。




ありがとうございました。明日も夜20時に投稿いたします。

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お父さんが絶対的な味方なのは読んでいてすごく心が安らぐ しかしずっといつ足元を掬われるのかわからない怖い空気が漂っている…
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