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4)嘘のカード



「どうした? レオネ」

 ふと気付くとイルージャがレオネの顔を覗き込んでいた。レオネが急に黙り込んだからだろう。

「なんでもないわ。色々と考えてしまっただけ」

 それは本当だ。色々と考えて、考えた末に話すのを止めたのだ。

 イルージャはしばらく黙っていたが、ふいに口を開いた。

「レオネの父上、ラシーヌ侯爵はいつも本邸でセイレンたちと食事をとるんだってね?」

「ええ、そうよ」

「レオネはこの離れて一人きりだ。どうして?」

 レオネは、なぜ今更イルージャがそんなことを聞くのか、それこそ「どうして?」と思った。

「お父様は食事の時間が不規則だからよ。私は早くに夕食を終わらせてるでしょ」

「そんな理由?」

「そう思うわ。他に理由なんて思いつかない」

「レオネは、仲間はずれみたいに思ったりしないの?」

 イルージャは少し話しにくそうに更に尋ねた。

「仲間はずれ、ね、そうかもね。セイレンもリリアナ夫人も、私に話しかけたりしないわ。無視だもの。でも、私も一緒に食事したいとも思わないの。お父様は別よ、そういう理由ではないわ」

「そうか。まぁ確かに、侯爵はいつもレオネのことを気にかけてるからね。レオネと一緒にいる僕のことまで気にしているみたいだし」

「気にしてる? そう?」

「うん。侯爵と話す機会なんてめったにないけど。王宮の茶会で挨拶をした時とか。そんなときはすごく色々尋ねられるし、レオネのことも訊かれる」

「ふぅん」

 父親が娘のことを気にかけるのは当たり前だろう。

 イルージャがそんなことを考えていたなんて、レオネは少しも知らなかった。

 仲間はずれと思っていたなんて。

 イルージャは間もなく暇乞いをして帰った。


 レオネはイルージャが帰るとカードを取り出した。

 目を閉じてテーブルに乗せたカードの束に手を触れる。

 じっとカードに集中しているうちに、無意識に魔力が流れる。

 魔力を注がれたカードは淡く輝いた。

 しばらくのちレオネは目を開き、カードを手に取ると無心に混ぜた。

 カードを揃え終えると一枚、選んでテーブルに乗せた。

『樹木』のカードだ。奇妙な男が木の下に居る。男は穏やかに微笑んでいるが、男の影は憎しみに歪んだ顔をしている。

 七十五枚のカードには「嘘」や「偽り」を示すカードが何枚かある。

 これは、そのうちの一つだ。

 カードの絵がナイフや斧を持っている場合は、より危険な嘘、あるいは裏切りを示すとみなす。

 そういった危うさがなく、影や水面に映る姿が偽りを表すだけなら、何気ない嘘や罪のない偽りを暗示する。

 レオネの手の中のカードは「憎しみ」を感じる。

 ナイフや斧が描かれたカードでも、絵の顔は平静なときもある。

 危険な嘘を吐きながらも、憎しみがなければ、ただ単に金や利害のための偽りかもしれない。

 だが、イルージャの嘘は、危険はなくとも酷薄さがあった。

『樹木』のカードゆえに、もう一つの要素がある。

 樹木は、成長がゆっくりだ。根付くと容易には揺るがない。

 つまり、裏切りや、あるいはその嘘は、長い年月、染み込むように有り続けたか、深くに根付いたものか、又は、ゆっくりと育ちつつあるものだろう。

 幾つもの意味をもつカードを読み取るためには、この一枚では足りない。

 レオネはもう一枚のカードを引く。補助のカード、あるいは説明のカードになる。

「どんな偽り? どんな嘘?」

 寄り添う二羽の鳥の絵。

 二羽の鳥が描かれたカードは何枚かある。

 レオネが引いたカードの二羽は、親密に寄り添っている。

 恋人や恋愛という意味を示す。

「ルーは、誰が好きなの?」

 次のカード。

 赤い鳥の貴婦人。

 レオネの胸が突かれたように傷む。

「セイレンが好きなくせにね」

 イルージャのことを占うたびに、嘘のカードが出てくるようになったのはいつからだったか。

 こんなことがわかってしまうのなら、占いなんてするのではなかった。

 レオネは震える手でカードを直した。


□□□


 その夜。

 窓辺でレオネは本邸を見つめていた。

 闇の中、離れの建物の何倍も大きく聳えるラシーヌ侯爵家の本邸。

 週末なので、レオネの父リュカ・ラシーヌ侯爵は早めに帰ってきているはずだ。カードでもそう出ている。

 法務部大臣の右腕として多忙なリュカは、週末も午後まで王宮で仕事をするのはふつうだ。

 夕食は、リュカは本邸で正妻やセイレンととる。イルージャが昼間に言っていた通りだ。

 昔からそうなのでレオネはなんとも思わない。

 いつも、なぜレオネが一人で別なのか、レオネはただ父を信じているので考えないようにしている。

 父と話をする機会は多くはない。

 あれはいつだったか。九歳の誕生日に父から絵本をもらったころ、母が亡くなって三年くらいしてからか。レオネが眠っているときに、父がレオネの髪に触れていたことがあった。目を覚ましたのは、なぜだったのか。いつもレオネは朝までぐっすりなのだから。たまたま怖い夢でもみたのかもしれない。

 目をぱちりと開けると父がいて、「起こしてしまったか」と眉をへにょりと下げていた。

「おと、さま」と寝ぼけたレオネが呼ぶと頬笑んで髪を撫でてくれた。

 目覚めると父はいなかったけれど、寝台横に椅子が移動してあったので夢ではなかった。

 そういえば、そんな風に椅子が移動されていたことがこれまでに何度かあった。父は、レオネを愛してくれている。

 いつだって、父がレオネを大切に思っていることは言葉の端々に感じられる。その優しい頬笑みで、愛しげな瞳で、父の愛情はわかりやすい。


 日がどっぷりと暮れてから、父の部屋を訪れた。

 侯爵の書斎はレオネの離れにごく近いところにある。

 防犯上、一階に侯爵がいつもいる部屋があるのはよくないはずなのに、レオネの離れから中庭を抜ければ侯爵の書斎のテラス窓はすぐだ。こういう気遣いからも、侯爵が娘を想っていることがわかると思うのだ。

 レオネが拳でテラス窓を小さく叩くと、父がすぐにカーテンの隙間から姿を見せた。

 レオネを認めると窓を開けてくれた。

 父は、レオネが訪れても驚きはしないが苦笑している。

 心配なのだ。

「おいで、レオネ。困った子だ。危ないと言うのに」

 父はレオネを抱き抱えるように室内に入れた。

「お父様に話があるの」

「何かあったのかい」

 リュカは娘の顔を案じるように見つめた。

 二人は似ている。レオネは両親ともに似ていると言われるが、そもそもリュカとレダニア夫妻は親戚だった。リュカの容姿にもレダニアの面影があった。

 少女のレオネは繊細な妖精めいた容姿をしているが、リュカと髪の色が同じために一眼で親子とわかる。

「いえ、そういう訳でもないんですけど。占ったことがあるの」

 レオネは口籠もり、俯きながら答えた。

「なんだね?」

 リュカは娘をソファに座らせると手ずから茶を入れレオネの前にカップを置き、自分も手に持って隣に座った。

 レオネはカードの束をテーブルに置いてカップを手にした。

 新しいカードは綺麗な薄荷色をしている。

 いつも使っている古いカードは部屋に置いてきた。レオネはカードを二セット持っていた。

 イルージャが触れたカードで占いをすることに、抵抗を感じるようになったからだ。

「亡くなった母のことで、ずっと気になることがあって」

 レオネは香りの良い香草の茶を一口飲むと答えた。

「気になること?」

 リュカは僅かに眉を顰めた。

「六歳のときにお母様は亡くなったわ。記憶の中の母はいつも温かくて優しかった。頬笑んで、髪を撫でてくれたの。お母様の辛そうな顔とか、病床の姿は見たことがないわ。それなのに、病死したと言われた。そんなに突然、寝込みもしないで死ぬ病気って、なんだろうって」

 リュカは辛そうな顔で口を固く結んでいた。

 レオネは一心に言葉を続けた。

「だから、占ってみたんです。母は、どうして亡くなったのか」

 レオネはそう呟くと目を閉じた。

 精神集中をしていることがわかる。今、ここで占おうとしているのだ。

 リュカは固唾を呑んで見守った。止めようとはしなかった。

 しばらく後、レオネは混ぜ終えたカードをめくった。

「一枚目のカード」

『本』の絵のカード。

 カードの中の本は開かれていた。図鑑のようだ。本に絡まるように蔦草が描かれ、小さな果実や薬草、それにガラス瓶が置かれている。

「これは、薬を示しています。どんな薬か。二枚目のカード」

 次のカードは『鳥』だった。貴婦人の恰好をした鳥だ。

 けれど、鳥の影は、奇妙なことにナイフを持つ男だった。

「これは、反転。あるいは、欺き、嘘の姿。薬ではなく、その反対、『毒』」

 愛する娘の唇から呟かれた言葉に、侯爵は目を閉じて固く拳を握った。

「どんな毒か」

 レオネはさらにカードに問う。

 三枚目のカードがめくられた。

 青い花の絵だった。カード一面が真っ青だ。

「それは、青い花の毒。誰が盛ったのか」

 四枚目のカードは、『花』の女だ。数字は三。

「女だけれど、数字が弱い。か弱い女、あるいは、小柄な女。どのような女?」

 五枚目のカード。『鳥』のカードだ。

 小枝を運ぶ鳥と、布を籠に入れて運ぶ女が描かれたカード。数字は六。

「働いてるわ。使用人ね。侍女、とか。女の正体は」

 六枚目のカード。『花』のカードだ。

 川辺に生えている。薄紅色の芙蓉の花が満開だ。

 けれど、川面に映る花々は、なぜか枯れている。

「これは反転のカード。嘘、偽りのカード。何が嘘?」

 七枚目のカード。

 これも『花』のカードだ。綺麗な女が描かれている。数字は五。

「女ね。女以外の情報はこのカードにはないわ。『薄紅色』という花の色を示唆しているとも見えるけれど」

 とレオネはカードを細めた目で見詰めてほっそりとした指で触れ、首を振る。

「いいえ、そこに強い意味は感じない。薄紅色はただ女が、小綺麗な女であることを示している。つまり、『女であること』が嘘。女を装った男。どんな男?」

 八枚目のカードは『樹木』だった。

「風に吹かれる木。流れ者の男の可能性」

 レオネは、それだけ占うと、残ったカードの束を卓に置いた。

「二か月くらい前に占ったのとほぼ同じ結果です。ですから、これが今の私の精一杯で、私にとっての正解です」

 レオネは、父親を見た。

「そうだね。私も正解だと思うよ」

 リュカは静かに答えた。

 息を止めて父の答えを待っていたレオネは、思わず吐息をついた。

「お母様は、殺された?」

「ああ」

 父はあっさりと認めた。









ありがとうございました。また明日も夜20時に投稿いたします。

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― 新着の感想 ―
レオネの占いのシーンを読むとぱっとイメージが広がり確実に答えを探し当てていて、 見定める主人公っぽいかっこよさにドキドキします。 どうか魔導士の血が守ってくれますように…
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