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3)ラシーヌ家の跡継ぎ



 二年が過ぎ、レオネは十一歳になった。

 父は占術の本を買ってくれるようになった。

「秘密の本にしなさい」と言われたので机にしまっている。

 占術は、さまざまにある。街角で怪しげな異邦人が占うものから、王家に仕える占術師の予知まで。

 神殿や地方に伝わる「預言」や「お告げ」や「前兆」にも、中には占いと言えそうなものがあるかもしれないが、占術師の占いとは区別した。

 レオネが考える占術とは、占術師が占うものだ。そう限定しても、やはりさまざまな占いがある。

 それらのレベルもやり方も違う占術に共通している点がある。

 占術の技術は、一子相伝だ。あるいは、認められた弟子のみに伝えるものだ。ゆえに本になど載っていない。

 とはいえ、占ってもらう人には占う過程を見られるわけで、その様子などは本に記されている。もちろん、国に仕える占術師の技術などは念入りに秘匿されているが、それでも幾らかの情報は漏れ伝えられていた。

 そのような経緯で、少ないながらも占術の本はある。

 レオネは七歳のころから四年間、占術の本を探し続けた。

 難しい単語や古語も勉強した。占術に関わるとされている天文学の本まで読んだ。レオネなりに知識を身につけた。

 多くの占術は「竜の魔石」を使って行われる。

 他には、竜の目玉や骨。宝石や希少魔獣の骨を使うこともある。それらの「媒体」に占術師は魔力を注ぐ。

 占術師は、占術の能力を生まれながらに持っている者しかなれない、と言われている。

 この世は定められた運命というものに従って流れていく。

 占術師はそれを読み取る。

 この世の流れを司る運命神に触れやすい媒体が、竜の素材やある種の宝石などだ。そんな風に占術の本には載っている。

 本の著者はほとんどが魔導師や神殿に仕える賢者と呼ばれる者だ。占術師が書いた本は、レオネには見つけられなかった。

 古くからある侯爵家の書庫には膨大な数の本があり、その中で調べられるだけのことは調べた。

 レオネは、竜の素材や宝石などは使わない。使う媒体を秘密にしている占術師はいるが、カードを使う者がいるかは分からない。

 少なくとも屋敷の本には例が載っていない。

 どうして、カードを占術に使おうと思ったんだろう。

 その奇妙さに、調べ始めてから気付いた。

 カードを使った占術は、探してもなかった。

 載っていた、と喜んで読んでもカード遊びだった。知りたいことを念じながらカードをめくり、それで吉兆を占う。

 レオネのやり方に似ているけれど、あまりに初歩的で「原始的」だ。レオネにしてみれば拙すぎて占いとは呼びたくない。

 要するに、誰もカードに占術を求めていない。

 占術といえば、魔石や宝石や竜の素材と、世の中はそう決まっている。

 レオネがカードを占術に使うことは、単に「思いついた」のではなかった。

「このやり方で占える」という確信が自分のなかにある。

 詳しくわからないことがもどかしかった。喉の奥に引っかかって藻掻いても出てこない言葉のようだ。辛くて苦しくて、必死に本を読み調べた。

 今はその辛さが少し楽になった。カードを使った占いが出来るようになったからだ。

 まだ不十分で歯痒いこともある。レオネのカードはゲーム用で、占い用ではない。それでも日々、上達している。

 成長し、大人に近づくにつれ生活も少しずつ変化していった。

 イルージャがなぜラシーヌ家に出入りしているのか、今ではその理由を知っている。執事のジャンが話してくれた。

 イルージャは、姉セイレンの婚約者候補だ。

 ラシーヌ家の跡継ぎ問題は複雑だ。当然、サレイユ王国の貴族法も関わる。

 サレイユ王国ではほとんどの場合、跡継ぎは男系継承と決まっている。跡継ぎの男子が生まれず血縁の男子が見つからなかった場合は、絶家となる。

 ただし、例外がある。初代当主が女性だった場合だ。

 ラシーヌ家の初代当主は、戦時に功を成し第三王子の命を救った女性魔導士だった。戦後、伯爵位を賜った。

 第三王子は、その後、ラシーヌ家の当主と結婚した。のちに、ラシーヌ家は侯爵へと陞爵している。

 初代当主が女性だったために、ラシーヌ家は女系継承と認められている。

 亡き母レダニアは、ラシーヌ家の跡継ぎだった。遠縁だった父は母と結婚し、婿入りした。

 ここで、問題が生じた。子が生まれなかったのだ。父が有名な美男だったのもいけなかった。

 隣国ロニク帝国の皇女に一目惚れされてしまった。

 ラシーヌ家に子が五年も生まれていないと知った皇女リリアナは父にしつこく言い寄り、ロニク帝国からも圧力があった。

 リリアナは三番目の側室の娘だ。第五皇女であり、大した力はない。皇帝もリリアナなど目にかけていないという。それでも、帝国の皇女だ。

 さらに、リリアナの母である側室は、サレイユ王国の富裕な公爵家の出で、帝国よりもむしろサレイユ王国内で力があった。抗しきれず、父はリリアナを第二夫人として娶った。

 生まれたのがセイレンだ。

 だがその後、レオネも生まれた。レオネの母は正妻のレダニアだ。

 リリアナにとっては「生まれてしまった」レオネがさぞ忌々しかったことだろう。レオネは、リリアナに疎まれている。

 目をみればわかる。蛇のような目でリリアナはレオネを見る。

 理由は容易に理解できる。侯爵家を継ぐのは亡き母の子と決まっている。父は婿で、母が当主だったのだから。ラシーヌ侯爵家は魔女の家系だ。母の産んだレオネが跡継ぎだ。

 元からわかっていたことだろう。サレイユ王国の貴族法に定められている。それでも恋するリリアナは無理を言って第二夫人となった。

 リリアナはセイレンに継がせたいのだ。そのため、セイレンをラシーヌ侯爵家の血縁である婿と結婚させようとしている。無理やり自分の娘を跡継ぎとするために。

 サレイユ王国の貴族法は、基本的に男系継承だ。ラシーヌ侯爵家は「初代当主が女性だったため、女系継承を認める」という形だ。そのために、遠縁で中継ぎの当主であるリュカの娘でいいだろう、とリリアナは解釈しようとしている。

 そんな横暴は、レオネがいる限りは許されるはずもない。けれど、リリアナは無理矢理、リュカの第二夫人となった実績がある。ごり押しすればどうとでもなると思っているらしい。

 さらに確実とするために、セイレンの婿の条件を絞った。

 ラシーヌ侯爵家の血縁の男子で、セイレンと結婚できるくらいの年齢であること。独身であること。ラシーヌ家に婿入りできること。つまり、貴族家の嫡男などではないこと。

 その条件に合っているのは、イルージャしかいなかった。

 だからイルージャは、ラシーヌ家に出入りしている。

 ソラン家には、子息は次男のイルージャと長男のオランジュの二人がいる。オランジュは嫡男で、ソラン家を継ぐと決まっている。

 ソラン家の子息は二人しかいないので、まだイルージャは、跡継ぎの予備としてソラン家は手放したくなかった。

 伯爵家から侯爵家に婿入りできれば良い話と思うが、ソラン家の長男オランジュは少し体が弱かった。そのためにイルージャの婿入りの話もどっち付かずになっていたが、ここ数年はオランジュの体調が安定しているので、徐々に婚約の話が進むかもしれない。

 嫡男のオランジュが結婚して子が生まれれば「婚約者候補」から、しっかりと「婚約者」になるのだろう。

 そういった話を、レオネはイルージャからも聞いた。

 イルージャからの情報は初めて聞く話だった。

 レオネは幼い頃、父から「レオネは跡継ぎだよ」と言われた覚えがある。セイレンが跡継ぎだなんて知らなかった。

 話の最後に、イルージャは苦い顔をして付け加えた。

「というのが、リリアナ夫人と私の父の思惑なんだよ。でも、ラシーヌ侯爵はレオネに家を継がせようと思ってるだろう?」

 イルージャに尋ねられて、レオネは口籠った。

 母がまだ元気だった頃。レオネが跡継ぎだよ、と確かに聞いた。だが、あれから何年も経つ。もう記憶はあやふやだ。

「わからないわ。母が生きていた頃にそんなことを聞いた覚えもあるけど。それきりだから」

 レオネが正直に答えると、イルージャは「ふうん」とあまり興味もないように相槌を打ち、

「まぁ、侯爵は跡継ぎ問題は先送りしてるのかもな。私も、セイレンとは結婚したくないしね」

 と肩をすくめた。

「それでも、イルージャは、セイレンの婚約者なのよね?」

「候補だよ、候補。婚約者の候補。私がこの家に出入りしているのは、父と母がセイレン嬢と少しでも親しくしなさいと、なにも知らずに言ってくるからなんだ。でも、私にとっての一番の理由は、レオネと過ごしたいからなんだけどね」

「そうよね。ルーは、セイレンとは会ってないわよね?」

「私はセイレンに嫌われてるからね」

「え? なんで?」

 レオネは驚いて広げていた本から顔を上げた。二人は、今日はイルージャが図書館や兄のオランジュから借りてきた本を読んでいた。

「知らなかったのか」

 イルージャは苦笑しながら額に手を当てている。

 聡明で大人びたイルージャは、レオネより一つだけ年上の十二歳ながら、ときおり仕草が大人のようだった。

「知らない。二人が一緒にいるところなんてほとんど見たことないし」

「まぁ、そうだよね。セイレンは美男と結婚したいんだろう。女は格好良い男が好きなものだしね。私は身体が不自由なうえに醜いから、セイレンのお眼鏡にはかなわない」

「イルージャが醜い? なんなの、それ。嘘よ。それに身体も不自由じゃないわ、なんともなく動けているわ。私より器用なのに」

 イルージャは幼い頃に魔力閉塞症という病だったことがあり、そのときの後遺症で左半身に麻痺が残っている。ひどいものではなく、ゆっくりなら動ける。

 走るのは苦手だが歩けるし、杖も要らない。

「私は、太ってるだろ」

 イルージャは自嘲するように肩をすくめた。

「少しよ。そんなに目立たない。太ってるって言うほどでもないし。セイレンは痩せぎすの人が好きなの?」

 長年の付き合いのレオネにとっては大したものではなかった。ほんの少々太めという程度だ。

「レオネ。私は、ひいき目に見てもかなり太めだよ。まぁ、これでも気を付けてるから悪化はしてないけど、なかなか痩せないんだ。走れないし運動ができないから代謝が悪いんだ。体質もあるらしくて」

「考えすぎだと思うけど」

 レオネは首を傾げ、「あとでジャンに聞いてみよう」と考えた。かなり太め、というのは違うと思った。

「私は初等部から学園に通い始めただろ? それで、他の学生たちとも知り合う機会が格段に増えた。騎士科の学生たちは皆、筋肉質ですらっとしてる。やっぱり、格好良いよ。今までは考えないようにして見て見ない振りをしてたけど、自分の容姿の酷さには呆れるよ」

「そんなことないわ!」

 レオネが声をあげると、イルージャは力なく笑った。

「セイレンは美人だ。いくら、侯爵家の後を継ぐためと言っても嫌なものは嫌だろう」

「そんなの、イルージャの良いところを見ようとしないのはセイレンの我儘よ」

「ありがとう、レオネ」

 イルージャは宥めるようにレオネの髪を撫で「レオネと結婚できたら良かったんだけどね」とぽつりと呟いた。

「そう? 出来るかな」

 レオネは首を傾げた。

「冗談だよ、レオネ。リリアナ夫人が許すはずが無い。無理だよね」

「う、ん」

 レオネは誰と結婚することになるのか、まだわからない。

 婚約や結婚や跡継ぎのことなどは、今はまだ考えたくなかった。

 侯爵家の跡継ぎとしてそれでは駄目だとわかっているが、自分の立ち位置がぐらぐらしているような気がしてならない。

 レオネは唐突に、イルージャに気持ちを打ち明けようかと思った。

 イルージャの落ち込んだ様子に、不意に思い付いた。

 けれど、その想いは浮かぶと同時に萎んでいった。

 イルージャにとってレオネは妹みたいなもので、ただの従姉妹だ。わかっている。それ以上の意味はない。ずっと一緒にいたのだから。わかりたくなくてもわかる。

 自分が子供なのは知っている。たった一歳違いなのに。

 たった十一歳だとしても、人を好きになれる。

 でも、彼には言えない。

 イルージャが姉と婚約すると聞いた時は、心に重りを括り付けられたみたいに暗く沈んだ。

 姉に嫌われているのなら自分が相手でも良いのにと思う。

 思うけれど、どうにもできない。姉の婚約者を取ることなどできない。

 でも、言えなかったのはそれだけが理由ではない。

 レオネには、予感がある。

 カードで占う以前に、その予感が微かに告げる。




ありがとうございました。明日も夜20時に投稿いたします。

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