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2)秘密のカード占い




 その日の夜。

 久しぶりに父が早く帰ってきていた。

 離れの向かいに見える父の書斎に灯りがついているのがわかった。

「占った通りだわ」

 今日は父の帰宅時刻までわかっていた。

 レオネは占いが当たったことを父に教えたくなり、寝間着の上にガウンを引っかけて父の書斎に向かった。

 離れの真向かいにある父の部屋へは中庭を突っ切ればすぐに行ける。

 父は夜遅くは、たとえ敷地内でも危ないから部屋から出てはいけないと言うが、ものの二分で着く距離だ。

 レオネがテラス窓をこつこつと叩くと、父が慎重にカーテンを開けた。レオネの姿を認めると父リュカが驚き慌てて窓を開いた。

「どうした、レオネ? なにかあったのか」

 父はレオネの肩を抱き、急いで部屋の中に入れた。

「なにも。ただお話しをしようと思って」

「それは嬉しいな。でも、危ないから暗くなったら部屋を出てはいけないよ」

「それなら、お父様、暗くなる前に帰ってきて」

「そうだね、悪かった」

 父が申し分けなさそうな顔になった。

 リュカ・ラシーヌ侯爵は一見すると冷たい美男だ。法務部大臣の右腕は、気苦労が絶えない。

 ラシーヌ侯爵家は代々、王宮の高官を務めている。

 ラシーヌ家は王都のすぐそばに小さい領地をもつ。大きくはないが、立地的には恵まれている。王都からもっとも近い別荘地として有名だ。領地運営は楽だろう。

「お父様。私がなにに興味を持ってるか知ってます?」

 レオネは父と並んでソファに座らされると、そう問いかけた。

「知っているよ、占いだろう? ジャンから聞いているよ」

 リュカ・ラシーヌはそう答えた。

 優しい口調だった。

「そうよ。お父様が早くに帰ってくることも占いでわかっていたのよ。それから、今日はルーが来るかどうかも占いをしたの」

「それは凄いね。どんな風に占ったんだい?」

「やって見せるわ」

 レオネは自慢げに答え、持ってきたカードをテーブルに置いた。

「カードを使うんだね」

 と物珍しそうに父に言われ、レオネは照れたように頬を染め、少し自慢げに頷いた。

「そうなの。カードで占うの。この七十五枚のカードで」

「絵札ならわかるけれどね、意味ありげな絵のカードがあるから。でも、数字のカードも要るのかい」

 リュカは学生のころ、絵札で「恋愛占い」が流行っていたのを思い出す。占いと言えるか迷うようなものだ。

「あの子は僕をどう思っている?」と念じながら絵札をめくり、『竜』の咆哮するカードなどが出ると「諦めたほうがいい」と学友たちに言われるという、占いというか遊びだ。

 数字のカードはその遊びでは使われなかった。

 数字のカードにも絵は描かれているし、中には意味のありそうな絵もあるが、ほとんどは簡単な絵だ。

 カードには、昔から決まった絵が描かれる。子供に世の中のことを教える絵でもあった。

「絵札は、お父様の言うとおり意味ありげだわ。『竜』は勇ましさ力強さ、激しさ凶暴さとかを表してて。『樹木』は、長命、孤独や孤立。それに、固執。樹木は根が深いでしょう。だから、根深さや長い年月とか。それに穏やかさ、道しるべとか」

「ほぉ」

 リュカは思わず感心の声を漏らした。

「『鳥』は華麗で自由で、でも、堕落や奔放や流されやすさや、そういったものを表して。『花』は美しさ、短命、はかなさ、魅惑とか。『本』は知識や情報、勤勉や杓子定規、伝統とか」

「なるほど。それで、数字は? 数字の小さい大きいに意味があるのかな」

「そうなの。数字のカードでもっとも意味を持つのは数字の大きさなの。でも、それだけじゃなくて。例えば、一は特別だわ。一番小さい数だけれど、最初の数だから。初代とか、『最も』とか、そういう特別なカード」

「ふうむ」

「もちろん、数字のカードの絵も、絵札ほど華やかではないけど、色々なことを教えてくれるわ。数字のカードの絵は、数字が小さいほど貧弱な絵で、絵柄も不吉な感じのものが多かったり。数字が大きくなるほど強い絵が描かれていて。それらの絵は意味を持ってるわ、数字の大小とともに色んなことを示してる」

「興味深いね」

 数字のカードも、『竜』『木』『鳥』『花』『本』と五つの種類に分かれるが、カードの絵は俗世のあれこれが描かれていて、それらから何を読み取れるのか。確かに興味深かった。

「見てて、お父様」

 レオネは、カードに手を置いて目を閉じる。

 リュカは、カードがレオネの魔力で瞬いたのを見た。

 レオネが魔法を使ったことに、リュカは俄かに身を強張らせた。ただの遊びではないと気付いたのだ。

 しばらく後に、レオネはカードを手に取ってテーブルに広げる。それから、器用な手つきでテーブルのカードをかき回してから、手早く揃えた。

「イルージャの訪れを占った結果はこうでした。イルージャが来てくれるか、知りたいと願いながらカードをめくります。ですから当然、一枚目のカードがイルージャが来るか否かを示します」

 レオネがめくったカードは『竜の十二』だった。

「強いカードです。イルージャが来ることがわかります」

「ほう。もしも来ないときは、どんなカードになるんだい?」

「そのときは、散りそうな花や風に揺れる樹木のカードになるわ。今、知りたいと思ってめくったカードは『来るか来ないか』を示しているので、一枚でこと足りるわ」

「なるほど。それから?」

 レオネは引いたカードを元に戻し、カードの山を幾つも作っては積んで軽く混ぜていく。

「来ることがわかりましたので、次に知りたいのは時刻です」

 説明をしながら一枚のカードを手に取った。

「『花の十』。明るいカードの十ですから、午前中の十時だわ」

 レオネの答えに侯爵から笑みが消えた。

 リュカは、執事から報告を受けていた。

「イルージャ様は、今日は朝の十時頃からいらっしゃいました。珍しく青い礼服をお召しでした。レオネ様とカード遊びをされていたようです」

 執事のジャンからそう聞いた。

「そう、か」

「それから、イルージャの服装を知りたいと思いました。それによって、厩舎に馬を撫でにいけるか、庭のトカゲを探しにいけるかが決まるので」

 レオネは真剣な口調で説明したが、リュカは子供たちの普段の行動が目に浮かんで微かに頬笑んだ。

 レオネは言葉を続けながらカードをめくった。

「『鳥』の九です。高めの数字で、お洒落な鳥の絵です。青い鳥です。イルージャは、青い良い服を着てきました。今日は、ラシーヌ家の庭で茶会が開かれていたから。イルージャは離れで私と会うだけだから茶会は関係がないのだけど。それでも万が一、客人と出くわしたら困るからそれなりの服を着ていたんですって」

「レオネにこんな才能があるとはな」

 リュカはしばらくの間、考え込んでいたが、

「今日は公務は休みだったが用事で出かけたんだ。試しに、どのような用事で王宮に出向いたか占ってみてくれないか」

 と身を乗り出した。

「お父様のご用事ね、お安いご用よ」

 レオネは微笑んでこくりと頷いた。

 カードを握りしめるように手にもち、目を閉じた。

 しばらくそうしていたが、ふいに目を開いてカードをテーブルに広げ、無心に混ぜはじめた。

 レオネの手の中のカードがほわりと魔力で瞬いている。

 魔力を持つ者は、誰かが魔法を使えば大抵、それを感じることが出来る。だが、視覚化できるほどということは、レオネがカードに相当の魔力を注いでいることがわかる。

 リュカは瞬きもせずに娘の手元に視線を留めた。

 やがて、レオネは手を止めてカードを揃えた。

「まず、お父様がどんな用事で王宮に行かれたのか。その理由」

 呟きながらカードをめくる。

 鳥が囀り合う絵だった。二羽の鳥の絵は他にもあるが、これは恋人のカードとは違う。

 鳥同士は、くっついてはいないからだ。適度な距離のある二羽の鳥、とレオネは見て取る。

「これは。出会いや友人を示すカード。お父様は誰かと会うために行かれたんですね」

 レオネはそう独り言のように語った。

 引いたカードは束に戻し、カードの山を幾つかに分けては揃え、カードの山を操る。

 その指は見るからに手慣れていた。

「誰と会ったのか。このカードは『本』。学者の方か、それとも文科部の方かしら。学生とか。司書の方か? でも、数字は十だわ。高い数字、だから学生ではないわ。高名な学者か、文科部でも高官ね。説明のカードを引くわ」

 レオネは自分の世界に入ってしまったかのように、リュカの方をちらりとも見ずに呟き無心にカードを操る。

 引かれたのは『樹木』の絵札だ。

 濃灰色の制服を着た役人が描かれている。

「役人のカードね。文科部の方だわ。相手の方の年齢は」

 再び、二枚のカードを引いた。

「一の位は五。二の位は二。それから、二人はどんな会話を」

「あぁ、レオネ。そのくらいで良いだろう。よくわかった。すべて正解だ」

 リュカは苦笑しながら身を乗り出してレオネの髪を撫でた。

「レオネ、このことを誰かに話したか?」

 父に尋ねられ、レオネは首を振った。

「話さないわ。話せるような友達もいないし。ジャンは興味ないだろうし」

 レオネはつまらなそうに答えた。

 執事のジャンは、きっとこの話を聞いたら興味を持つだろうとリュカは思ったが、話さなかったのは正しい。ジャンは信用しているが、なるべく知っている者は少ない方が良い。

「イルージャには話したのか?」

「少しだけ。ルーは、私が占いに興味があって図書室で調べ物をしていることは知っているわ」

「それで?」

 リュカは険しくなりそうな表情を抑えて優しく先を促す。

「それから、ルーが来るか来ないかを占ったこととか。でも、ルーは少しも興味を持ってくれなかったの。『ふーん』しか答えてくれなかったわ。だから、ほとんど話せなかったの」

「では、占ったことは話したんだね? それで、占った結果も話したのかい?」

「話してあげなかったわ。だって、私が『占った』と言っても、『ふーん』って。いかにも興味ないって態度だったから。結果までは言わなかったの」

「本当かい?」

 レオネは、父に思いのほか真剣に問われて頷いた。

「ルーは初等部に通っているから、ここのところあまり来てくれなかったの。学園で忙しかったみたい。それで、久しぶりに会って。せっかく占えるようになったことを教えてあげようとしたらそんな風でしょ? だから、話してないわ」

「良かった」

 リュカは思わず安堵の息を吐き、レオネはますます戸惑った。

「レオネ、これからも話さないでくれ。まだ話していなかったのは幸運だった」

「話してはいけないの? 占いのことを?」

 レオネは首を傾げた。

「そうだ。出来るだけなにも話さないでくれ。占いの話題になったら、うっかり話してしまうかもしれないだろう?」

「あの、ええ、話してしまう、かも」

 レオネは自信なげに答えた。

「たとえ大魔導師でも予知は難しいのだよ。『予知』という非常に希なスキルを持っていなければ予知などできない。占術の知識は、それが優れたものであるほど秘匿されているのだ。もしも占術の才能があると知られたら、レオネは注目されるだろう」

「そ、そう、なの? お父様」

 レオネは話が大きくなりすぎて、よくわかっていなかった。そのために余計に怖いと感じた。レオネが怯えた目で父を見ると、リュカは宥めるように娘の華奢な背を撫でた。

「希な能力を持っていることなんて、人に知られては誘拐されるかもしれない。あるいは犯罪者は、自分の秘密を守るために何でもするものだ。レオネの能力は犯罪を暴くのにも使えるだろう。迂闊に話してはいけない。決して、誰にも話さないように」

「わ、わかりました」

 レオネは父に繰り返し言われ、父の様子からも決して言ってはいけなのだと理解した。

 イルージャにも話せないのはつまらないと思ったが、それと同時に、なぜかこれまで話さなかったのは本当に幸運だったとも思えた。

 レオネは父との約束を胸に仕舞った。




ありがとうございました。

明日も夜20時に投稿いたします。

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