12)裏切り者は何人?
本日、2話、投稿してあります。2話、同時投稿です。
こちらは2話目になります。
「どうやったら助けられる?」
レオネの淡々とした声が部屋に響き、少女の指がカードをめくった。
「竜のカード。このカードは絶望」
レオネは、天に向かって咆哮する竜のカードで占いを終えた。
リュカは無表情なまま顔を青ざめさせている娘を見て、自分よりもよほどレオネの方が死んでしまいそうに思え胸が痛んだ。
「レオネ。もう少し知りたいんだ。まず、絶望の理由が知りたい。なぜそんなに壊滅的なのか」
アーシュに縋るように言われ、レオネは虚な視線をアーシュに向けた。
「理由、ですか」
「先駆隊の使節団の護衛が十分でないのは分かっている。だが、まさか壊滅というのは、いくらなんでもあり得ない。理由があるはずだ」
「あり得ない、ですか?」
レオネは虚ろなままに繰り返す。
「ああ、あり得ない。頼む。もう少し詳しく教えてくれ」
レオネは、震える手でカードに手を置き、なんとか「わかりました」と答えた。
リュカは占いに入ろうとしているレオネと、真剣に見入るアーシェに「待ってくれ」と声をかけた。
「アーシュ。レオネは重要な占いほど多くの魔力を必要とする。もしも魔力回復薬があったら用意しておいてもらえないか」
「分かった。中級の魔力回復薬でよかったら何本も常備してある。ここ最近はマシになったが、ずっとそいつをガブ飲みしないと眠れなかったのでな」
「睡眠薬代わりにもなるのか」
「精神的に疲れ過ぎていると眠れないんだ。待ってろ」
アーシュは、さすが力強くも素早い身のこなしで部屋を出ていき、隣室でごそごそと音がしていたと思えば五本くらいも瓶を抱えて戻ってきた。
我が国は魔力回復薬の材料は豊富に採れる土地柄だが、それにしても消費量はすごいのではないかと思う。
薬が用意されると、レオネは準備に入った。
目を閉じて、気を落ち着かせるように深呼吸を繰り返す。
「使節団、襲撃、壊滅、理由」
小さく呟く。
やがてレオネの指先から魔力が迸り始め、カードを瞬かせた。
無心にほっそりとした指がカードをかき回す。
リュカとアーシュは息を鎮めてその様子を見つめた。
しばらくのち、レオネはカードを手元に集めると、一枚のカードを引いた。
「鳥」の絵札だ。描かれているのは「王子」。
「原因は『王子』。補足のカードを引きます」
レオネの指が再びカードを選ぶ。
次のカードも「鳥」の絵札だった。
「神官」のカードだ。酒瓶を手にソファにだらしなく座る神官の絵に、アーシュは眉を顰めた。
「堕落」
とレオネは言葉を続ける。「理由は『王子』の『堕落』」
淡々と語られる言葉にアーシュは息を吐き、リュカは首を振った。
レオネはカードを置いてアーシュに視線を移した。
「理由に心当たりはありますか、アーシュさん」
「大有りだよ。もちろん大きな理由はそれだろう。わかるよ」
「では。どうしようもないのでは」
レオネの目が昏くなる。
「少し説明をしよう、レオネ」
リュカはどこか疲れた様子で口を開いた。
「まず、使節団は二手に分かれる。我々は、最初にブーレ国入りする。その先駆隊の使節団に護衛が不十分なのは、『それ』が理由だ」
リュカが忌々しげに言葉を吐き出すと、アーシュが眉間に不穏な皺を寄せて頷く。
「それ」が王子の堕落を指すことだけはわかるが、いくら愚かな王子でも大事な使節団の護衛を減らす意味は、もちろんわからない。
「最初に出発する使節団には、外交部の有能な外交官たちと法務部のメンバー、それに、補佐の文官たちが入っている。皆、選りすぐりだ。あとは、一行の雑務を請け負う従者たちとで先駆隊は構成されている。総勢二十四人というのは正解だ。ほぼ決まっている」
「それに、同じ人数の護衛がつく。騎馬と馬車で隊列を組んでいく」
アーシュが補足を入れ、さらに険しい顔で説明を付け足した。
「護衛の練度は心許ない。最初に出る一行には王子は入っていない。手練れの護衛は、後から来る王子に付くんだ」
「王子と先駆隊と二手に分けるのは、全滅しないようにですか?」
レオネがアーシュに尋ねた。
「そういう理由も、ほんの僅かにはあるかもな」
アーシュが皮肉な笑みを浮かべる。
「ほんの僅か、ですか?」
「もしも、全滅回避のためにメンバーの出発を分けると言うのなら、有能な外交官や高官を二手に分けるべきだろう。だが違う。後から来る殿下たちは有能でもなんでもない。殿下に侍っている連中も、どうでも良い奴らだ」
「有能、ではない?」
レオネが眉間に皺を寄せた。
「正直、殿下は要らないんだ。もともとあの第一王子は能力も低いし、やる気もない。今回の交渉でも端から役に立たないことは分かりきっている。我が国はルドア大陸連盟のメンバーだ。ブーレ共和国もだ。今回は、ルドア大陸連盟に立会人を頼んでいる」
リュカの説明にレオネは頷いて相槌を打つ。
新聞の記事でそれは知っていた。
「ルドア大陸連盟は、二か国の紛争が長引くと隣国の治安にも影響があるとみなし立会を承諾した。彼らが立ち合って見届け、全権委任された使節が魔法契約書に署名さえすればそれで事足りる。こういう大事な場面では、殿下だけではなく使節団の代表も必ず全権委任されている。つまり、法律の知識もあやふやな殿下は、飾りでしかない」
リュカの説明にレオネは頷く。
「本当に大事なのは、先にブーレ国入りする使節団の方だ。ブーレと話し合いをする。もう、事前におおよそのことは決まっているが、詰めの作業だ。この詰めの作業は、アバデンが話の通じない連中なために手こずるだろう。だから、有能な外交官や高官がメンバーに集められた」
アバデンがまるで犯罪組織みたいな領であることは授業でも聞いた。我が国では有名な話だった。
「小難しい部分を全て終わらせて、すっかりうまくいく目処がついたところで王子が到着し、署名するという手筈になっている。本当は、たかが署名だけのために王子が来る必要はない。だが、アロイス王子は、自分の安全を確保するために必要以上に騎士団の戦力を自分の護衛に指名した。おかげで、先に出発する使節団の護衛は本当に最低限でしかない」
リュカの説明に、さらにアーシュが捕捉した。
「それが『王子』の『堕落』。防げない『壊滅』と『絶望』の理由ですか?」
レオネが呪詛のごとく呟く。
「いや、防ぐ。防ぐとも。こんな理由で友を失くしてたまるか! 絶対に防ぐ。安心しろ、レオネ」
「アーシュさん」
「壊滅の原因は王子の堕落だけではないはずだ。とりあえず、護衛はつくんだ。できれば、もっと十分な護衛をつけたいが『危険だ』と訴えると、あの王子はさらに自分の護衛を増やそうとする。それが分かっているので、これ以上は言わない。団長も苦渋の選択をするしかなかった。何も言わない、という選択だ」
アーシュは憎々しげな顔をもう隠そうともしなかった。
余計に悪化するのを防ぐためとリュカはわかってはいたが、騎士団は苦労しているな、と重いため息が出る。
「これ以上はそれぞれが自衛の魔導具でも装備し、有事には援軍を待つしかない。俺は王都で殿下の護衛につくために待機しているが、ぎりぎりまで西の端で救援要請を待とう。レオネが襲撃の日時を占ってくれれば待ちやすい。それから、詳細もわかるだけ教えてもらえれば準備もしておくし、対策も施しておく」
「わかりました。占います」
リュカはレオネがカードを手に取る前に、その手に魔力回復薬を持たせた。
「顔色が悪い。飲みなさい」
レオネの顔色が魔力不足のためか、占いの結果のせいかわからないが、大人しく魔力回復薬を一気飲みすると、占う準備を始めた。
「使節団、襲撃。壊滅の理由。詳細、日時」
レオネは眉間に皺を寄せたまま、じっと目を閉じる。
カードを華奢な指がかき混ぜていく。
やがてレオネの手の中にカードが集められ、一枚のカードが引かれた。
「竜」の十。
羽を広げる竜の前に立つ美丈夫。だが、彼の影は斧を振り上げる男の姿だった。
「裏切りのカード。敵方についている者が混じっている可能性。裏切り者は何人いるのか」
次のカード。「竜」の四。さらに補足のカードを引くと絵札の「裁判官」。
つまり、二桁目はない。
「四人」
内通者が四人もいるのかと、アーシュは項垂れそうになった。
「どんな人?」
次のカードは「樹木」。数字は五。男が荷運びをしている。籠には酒瓶が見える。薪を割る男が傍にいる。
「働く男たち。使用人のカード」
レオネの呟きに、アーシュは同行する従者だろうと見当をつけた。
従者も当然ながら、厳選してある。だが十分ではなかったようだ。
「裏切り者は使用人だけ?」
レオネはカードを操りながら問いかけ、カードをめくる。
「本の四。この絵は『衛兵』」
アーシュが息をのむ。
確かに、腕の良い衛兵が護衛に入れられている。
衛兵本部長が選んだはずだ。
上級騎士は皆、王子に付けられてしまったために、穴を塞ぐのに衛兵を入れた。
衛兵本部長は信頼のおける人物だ。どこで過ちがあったのか。
「使用人の裏切り者は何人?」
レオネが呟きながら引いた次のカードは「鳥」の一。
従者の裏切り者は一人らしい。
その後も、レオネは「壊滅の理由」を詳細に占い続けた。
内通者は護衛の任務に就く者に三人、従者に一人。
合わせて四人だ。
内通者の名の頭文字も分かった。
アーシュは慎重に調べを進めることにした。
この日は週末休みの前日で、レオネは外出許可を取っていたため、アーシュの家に泊まった。
占う作業はあくる日の午前中まで続き、レオネは魔力回復薬を五本、全て飲み切ってしまった。やむなく、午後は休息してから学園に戻った。
ありがとうございました。
また明日、夜20時に投稿します。




