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11)死地


本日は、2話、投稿しました。2話、同時投稿です。

こちらは1話目です。




 リュカは騎士団の詰所へ向かった。学生時代からの友人である副団長、アーシュ・グレスを訪ねた。

 詰所の受け付けで取り次ぎを頼むと、階下までアーシュが来てくれた。

 アーシュは見るからに荒れた様子をしていた。

 普段のアーシュは精悍で人目を惹く騎士だ。均整の取れた屈強な体躯は戦神のようだ。

 穏やかな顔の下に苛烈な性格を隠している男だが、今は苛つきを隠せていない。昔からの学友の前なので、余計に装っていないのかもしれない。

「リュカ。どうした? お前から来るなんて珍しいな。一年ぶりじゃないのか」

「そうだな。面と向かって会うのはそれくらいか。旧交を温めたくて来たんだ。疲れているだろうからな。二人きりで少し喋らせてくれ。恥ずかしいことも話せる場所で」

 リュカは、目は真剣ではあるが、口調は砕けた調子で話しかけた。

 アーシュはリュカの様子で何か気付いたらしく、

「そうか。まぁ、気晴らしにはなるだろう。こちらに来い」

 と話を合わせた。

 アーシュの執務室に通された。副団長の部屋は防音はしっかりしている。

 リュカは前置きなしに話し始めた。

「アーシュ。極秘情報が入った。裏切り者の情報だ」

「どうやって手に入れた」

「それは言い難いのだが。確かめてくれればわかる。厚生部大臣の側近だ」

「厚生部大臣の側近だって?」

 アーシュは呆気にとられて口を開けたまま旧友を見詰めた。

「そうだ。隠密作戦前には上級の魔導薬を用意するだろう。普段からダミーの注文を入れて紛らすようにはしてあったと思うが、完全に誤魔化すなど無理だ。大臣の側近であれば情報に触れられる」

「上級の魔導薬か」

 アーシュは思うところがあるのか、顔付きがにわかに鋭くなった。

「それに、マロウ大臣は甥の側近に甘い。実のところ、得られた情報では『マロウ大臣の側近』としかわからないのだが、私はあの甥がまずは怪しいと見ている」

「ああ、側近は四人だったな」

「残りの三人の情報は私は詳しくはない。アーシュがもしも知っていたら」

「いや、わからないな。調べよう。他に情報は?」

「裏切り者が寝返ったのは四年前からだ。他に一人は協力者がいるはずだ」

「少ないな」

「明らかな協力者が一人というだけで、知らずに使われている者はいるかもしれない。あるいは、金で使い走りや情報屋を雇うくらいはしているんじゃないか」

「わかった。情報源は明かせないのだな?」

「すまない。だが、私は信頼している。その者は、決して敵ではない。決して、だ。私の何を賭けてもいい」

「そこまで言うのなら信頼しよう。それに、確かめれば良いことだからな。ありがとう、リュカ」

「礼には及ばない。役に立ててもらえることを祈ってる」

 リュカは、それ以上に余計なことは言わなかった。

 アーシュもすぐに確かめたいだろう。

 リュカはその後、連絡を入れる際の打ち合わせをしたのち、すぐに暇乞いをした。


 のちに、騎士団は囮の情報を流して罠を張り、マロウ大臣の甥である側近を捕縛。

 囮情報を使ってアバデン側の敵軍を壊滅に追い込み、多くのアバデン軍人が捕虜となった。

 さらに半年後、ブーレ共和国との紛争は、ようやく終結の目処が立った。


□□□


 レオネは放課後、迎えに来た馬車で王宮に向かった。レオネが父に会いたいと手紙を書いた明くる日に手配された馬車だ。

 いつもの北側の門から中に入る。

 程なく、リュカが待合室まで迎えに来た。

 リュカは、愛娘の姿を見て笑みを引っ込めた。

 レオネが追い詰められたような顔をしていたからだ。

「レオネ、どうした?」

「お父様」

 前に会ってから半月は経つが、レオネはその間にやつれたように見える。


 レオネが裏切り者の情報を占ってからすでに一年近くが過ぎていた。

 厚生部大臣の側近を捕らえたのち、アバデンの悪あがきのおかげで手こずりはしたが、我が国の騎士団が被害を出すことはなくなり、ブーレ王国側の戦力は壊滅へと突き進んでいった。

 ならず者の集まりのようなアバデンの軍は、残酷な割に弱かった。もう、紛争がぶり返すことはないだろう。

 リュカは執務室の扉をしっかりと閉めると、レオネをソファに座らせた。

 香草茶のカップを目の前においたが、レオネには見えていないようだ。

「お父様。アバデンに向かう使節団に入っていますね」

 いきなり問われ、リュカは苦笑するしかなかった。その通りだからだ。

 まだ公にはされていない。つい数日前に決まったばかりだ。

「さすがだね、我が娘」

「お断りはできないのですか」

「無理だね。とても重要な任務だ」

「一緒に、隣国に亡命」

「レオネ。まずは理由を話してくれ。結論はそれからだ」

「必ず殺されます」

 レオネの断言に、リュカは思わず額に手を当てた。

 覚悟はしていたが、こうもはっきり言われると流石に堪えるものがある。

「予めわかっていれば、大抵のことは防げるものだよ」

「お父様。私が病気になれば、行かないでいてくれますか」

「レオネ、何を言っている」

「大怪我をしたら?」

「やめなさい」

 リュカは思い詰めた様子の娘に、本気でなにかやりかねないとわかった。

「お父様こそ、死地に行くのをやめて!」

「防ぐ手立てを考えると言っているだろう」

「防ぐ手立てなんてないわ。私も行きます。一緒に死ぬわ」

「そんなことできるわけがないだろう」

 リュカは思い余って、レオネを連れてアーシュの元へ向かった。

 アーシュは信頼できる。

 レオネの予言を共に見てもらうことにした。


□□□


 三十分ほど後には、グレス家の居心地の良い応接間でリュカとレオネは、主人が戻るのを待っていた。

 程なく、アーシュが帰宅した。

「家からわけのわからない知らせが来たと思えば。まさかの殺害予告か?」

 アーシュは残業を切り上げて帰り、旧友とその愛娘を自室に招いた。

「そうではない。予言だ。私が死ぬという。まぁ、死ぬのは私一人ではないだろうけどな」

「交渉のための使節団が狙われるのはあり得る話だが。まさかの全滅予告?」

「アーシュ。この際だから打ち明けよう。この間、捕らえたマロウ大臣の甥の件は、私の情報が役にたったと思うが」

「ああ、お前は恩人だよ、リュカ」

「本当の恩人は、レオネだ。あの情報は、レオネが教えてくれた」

「な? どう言うことだ」

 さすがのアーシュも動揺を隠せず目を剥いた。

「秘密は守ってくれ。レオネは、占術の才能を持っている。昔からだ。なんなら証明して見せよう。レオネ、頼む」

「わかりました。グレス副団長が、父がアバデンに行くのを阻止してくれるのでしたら」

 レオネの要求にアーシュが答える前に、

「いや、それは約束できない」

 と、リュカが否定した。

「じゃぁ、やはり私が一緒に行くか、私が大怪我をするよう」

「だから、それもやめなさい」

「あー、レオネお嬢ちゃん、頼むから、最初から話そう? まずは、その能力を見せてくれ。マロウ大臣の件は助かった。信じ難いが、信じるべきだろうな」

「そうだな、レオネの能力を知ってもらうのはいいだろう。テスト問題を出せばいい」

「テストね、テスト。それでは、今日、騎士団では模擬戦が行われた。その結果を占ってみてくれ」

「わかりました」

 レオネはカードをテーブルに広げ、薄らと目を閉じ丹念に混ぜていく。

 指先から魔力が流れ始めると、ほわりとカードが瞬く。

 長くかからずにレオネの手はカードをまとめ上げた。

「模擬戦の結果。第一位」

 レオネはつぶやいてカードを選ぶ。

「竜」のカード、数字は五。

「一位は、五。では、第二位」

 速やかに次のカードを引く。

 「本」のカード。数字は四。

「二位は、四。第三位」

 レオネは次のカードを引いた。

 絵札だった。

「本」のカードの絵札は「裁判官」。

「第三位は、決まらなかった。判定。つまり、タイ? その結果は」

 選ばれたカードは「鳥」の一。

 さらに次のカード。「樹木」の二。

「第三位は、一と二です」

 レオネは占いを終えて、アーシュを見た。

 リュカも、娘から友人へと視線を移した。

 アーシュは驚愕に目を見開き、レオネのカードを凝視していた。

「その通りだ。優勝は第五騎士団だった。準優勝は第四騎士団。第三位は、第一と第二だった」

 呆然と答えたのち、

「とりあえず、気を落ち着かせよう」

 とアーシュは飲み物を用意した。

 気を落ち着かせる必要があるのはアーシュだろうと思ったが、リュカはなにも言わずにおいた。

 アーシュとリュカは果実酒、レオネには果実水のグラスが渡された。

「驚いたよ。目の前で奇跡を見た気分だ」

 酒を一口飲むと、アーシュは幾らか顔色を戻した。

「そう驚くほどのことはないだろう。騎士団ではもっと酷い目に遭っている副団長が」

「驚きの種類が違いすぎるな」

「本当はこのカードでは、物足りないんです。思うように読めなくて。ゲーム用のカードですから」

 レオネが暗い顔で呟く。

「占い用のカードというのがあるのかい?」

 アーシュが尋ねると、レオネが何か考え込む様子を見せた。

「我が国にはないみたいですけど。でも、もっと多くの事柄を表せるカードがどこかにあるような気がするんです。私は実際にカードで占うことが出来ますから。でも、私の占いの技術が上がるほどに選ばれたカードを正しく深読みできるようになっていますので、今はこれで占っていきます」

「そうだな。カードの問題はなんとか考えてみよう」

 リュカが頷く。

「私も探しておくよ。だが、レオネお嬢さんのことは機密だからな。気をつけて探そう」

「頼む」

「あの、グレス様。私のことはレオネで結構です。長ったらしく呼ぶの、面倒そうですから」

「ハハ。面倒じゃないけどレオネと呼ばせていただくよ。恩人を呼びつけはし難いけどな」

 アーシュがそう言って苦笑した。

「いえ、私が恩人なんて烏滸がましいです。いつも命を張って国を守ってくださっているのは騎士団のかたです」

「お前の娘は良い子だな、リュカ」

「当然だ」

「私のこともアーシュおじさんか、アーシュさんと呼んでくれ。で、使節団がどう危険なのか教えてもらえないか」

「わかりました」

 レオネは昏い顔で頷いた。

 カードを扱うレオネの表情は、いつもに増して無表情で、人形めいていた。

 やがて準備が整うと、レオネの指がカードを選ぶ。

「使節団の出発。何月? 金の竜、金の月だわ。何日? 一桁目、本のカード、三。二桁目、絵札ね。つまり、金の月の三日に使節団は出発する」

 レオネの占った結果に、アーシュの目がまた見開かれる。

 使節団が出発する日は伏せられている。両国の和平を邪魔しようとする輩はどこにいるかわからない。単なる嫌がらせ目的も含めて。ゆえにかなり直前まで公になどしない。

 だが、副団長のアーシュは知っていた。

 レオネはさらに次のカードを引く。

「どの経路? 鳥のカード、五。これは雪の絵、北の経路ね。補助のカードを引くわ。説明のカードになります。竜のカード、七。川の絵ね、川沿いの道を行く」

 今のところ、すべて正解だった。

 アーシュは思わずごくりと喉を鳴らした。

 静まり返った部屋に少女の声だけが響いていた。

「使節団の人数。一の位は四。二の位は二。二十四人ね。彼らは、無事に着く? 竜の二」

 選ばれたのは竜のカード。焼け焦げた竜の絵に、リュカとアーシュは目を剥いた。

「死。それに敗北。何人死ぬの? 一の位は四。二の位は二。全員、死亡」

 全員死亡。

 二人の男は顔色を失った。


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