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1)プロローグ




 レオネ・ラシーヌは前世で占術師だったと思われる。それも、おそらく有能な占術師だ。

 そのことに気付き始めたのは七歳のときだった。


 レオネはラシーヌ侯爵家の次女で、腹違いの姉が一人いる。

 一つ年上の姉セイレンは第二夫人の子。

 レオネは今は亡き正妻の子だった。

 父と母の双方に似たレオネは、父と同じ白金の髪に亡き母の薄紫の瞳をもつ。

 第二夫人リリアナに似たセイレンは、赤みの強い金髪に真っ青な瞳をしている。

 中背で細身のレオネに、長身で肉感的なセイレン。

 二人は姉妹には見えないほど見た目が違っていた。セイレンとは、ほとんど口もきかない。

 その代わり、近所に住む従兄弟のイルージャとは兄妹のように仲良くしていた。イルージャは一つ年上で、穏やかで優しかった。

 レオネは幼い頃はお転婆だった。

 護衛の騎士たちが訓練をしている最中に棒きれを持って乱入し、執事のジャンに、

「危ないので他で遊びましょう」

 と抱えて避難させられたこともあった。

 木登りが得意で、木の枝に引っかけてスカートをよく破いていた。

 そんなレオネも母を亡くした六歳の頃から静かに過ごすことを少しずつ覚え、七歳の誕生日を幾日か過ぎた朝、さらなる変化へのきっかけがあった。

「今日はカードで遊ぼう」

 と、イルージャは厚紙でできた綺麗な小箱を見せた。

 彼はカードが入っているらしい二つの小箱を持ってきた。

 小さな小箱と、少し大きめの小箱だ。

 小箱には竜や森や花の絵が繊細に描かれている。入れ物からして凝っている。

「カード?」

 レオネは呟いて従兄弟の手が広げるカードを見た。

 貴族の子が与えられたカードは手の込んだものだった。

 イルージャはソラン伯爵家の次男だった。

 ソラン伯爵家は、レオネの父の実家だ。

 本当は父は、ソラン家の長男だったので跡を継ぐ予定だった。けれど、父リュカは、母と恋に落ちてラシーヌ家に婿入りした。

 そのためソラン家は、父の弟が継いだのだ。

 ソラン家には先先代にラシーヌ家の次女が嫁入りをしているので、ずっと以前から親戚だった。

 魔獣の皮製だというカードの素材は薄く丈夫で、絵と数字が書かれている。

 イルージャはカードを見せながら説明をしてくれた。

「このカードが一般的なゲームをするときのカードだ。一から十二までの数字がふってある。『数字のカード』とも言う。それから」

 と、イルージャは、もう一つの小箱を開けた。

 中にも同じようなカードが入っている。

 レオネは、なぜ同じカードが違う小箱に分けられているのかわからずに説明を待った。

 見たところ、こちらの小箱のカードはもう一つのカードよりも少ない。

「これは『絵札』だよ、特殊カードとも呼ばれる。数字が書いてないだろう? ゲームによってはこの絵札も加えるんだ」

 カードは「花」「樹木」「鳥」「竜」「本」の五つに分けられるのだ、とイルージャは説明した。

「見てごらん。『数字のカード』と『絵札』。似ているけれど違うだろう。絵札の方が絵が凝っているんだ」

 説明しながら、イルージャは「数字のカード」の方を手に取った。十二枚ずつ、五つに分けて見せた。

 数字のカードは、全部で六十枚だ。

「数字のカード」にも、絵は描かれている。けれど、見たところ「絵札」よりずっと地味だ。

 よく見ると、数字が小さいほど簡単な絵で、色も三色くらいしか使われていない。数字の二のカードは黒と灰色の絵だった。素描のようだ。

 数字が大きくなるにつれ絵は凝ったものになる。彩色も華やかだ。十二のカードは、絵札に負けないくらい綺麗な絵が描いてあった。

「絵札」の方は十五枚あるんだ、とイルージャは言う。

「数字カード」の六十枚と合わせると七十五枚だ。

 絵札も、数字のカードと同じように「花」「樹木」「鳥」「竜」「本」の五つにわかれている。それぞれ各三枚ずつで合計十五枚。

 カードは裏の模様はどれも同じ柄なので、表の絵で五種類に分けられている。五種のカードは、よく見ると絵の基本色でも見分けがつく。

「竜」は金色、「樹木」は緑色、「鳥」は青色、「本」は紫色、「花」は赤色だ。

 レオネは、ある種類の絵札に視線が惹かれた。

「神官様の絵?」

 見たところ聖職者の絵だ。国教施設でお会いした神官に似ている。

 レオネが見かけた神官は、こんな立派な衣装は着ていなかった。

「竜」の神官の傍には竜が蹲っていた。威厳のある姿は神官というより、法王を思わせる。その顔はなぜか憤怒に塗れたように歪み、聖職者の穏やかさはなかった。

「樹木」の神官は、巨木の下で経典を掲げている老神官だ。

「鳥」の神官は、神官らしくない。衣服は乱れてソファにしどけなく座り、手には酒瓶とグラスがあった。

「本」の絵札には、神官の姿はなかった。古ぼけた図書室か書斎の机に、経典と聖杯が置かれているだけだ。

「花」の神官だけは女性だった。女性の神官か、あるいは聖女かもしれない。

 レオネはそれらの絵をじっくりと見て「一癖ありそうな神官が混じってるわ」と思った。

 もう一種類の絵札は「権力者」だろうとレオネは推測した。

「竜」の絵札には、戦士のような厳つい王が描かれている。握る王笏は槍のごとく鋭く。威厳がありすぎて怖いほどだ。足元まで広がるマントを羽織り、もう片方の手には竜の姿が彫られた盾があった。

「樹木」の絵札には、女王が君臨していた。こちらは「竜」に比べるとずいぶん優しげな陛下だ。手には聖霊樹の王笏、頭上には月桂樹の冠があった。

「鳥」の絵札は年若く美しい。王ではなく、王子殿下かもしれない。王子の背には羽ばたく鷲の羽があった。

「本」の権力者は、宰相のようだ。名宰相なのか、宰相の姿は本の表紙を飾っていた。

「花」の絵札は、麗しく若々しい王女だ。ドレスには大輪の薔薇が刺繍してあった。

 最後の絵札は「商人」や「役人」の絵だ。

「竜」の絵札は、どうやら豪商だ。贅沢な服に煌びやかな宝石を身につけている。

「樹木」の絵札は見るからに役人だ。高官なのか、上質そうな濃い灰色の制服を着ている。

「鳥」の商人はずいぶん見窄らしい。ぼろぼろの服に敗れた靴。並べた商品は怪しげな瓶や萎びた枯草だ。

「本」の絵札は、裁判官だ。手には木槌を持っている。

「花」の絵札は、芸術家のようだ。美しい青年は絵筆を持ちキャンバスに絵の具を乗せているところだった。

 どれも怪しく素晴らしく魅力的な絵札だった。

 初めて見るものだ。

 確かに、初めてなのだろう。

 この七十五枚で遊ぶやり方などわからない。わからないのに、なにか引っかかる。

 初めての気がしない。なぜだろう。

 イルージャはカードの説明を終えると、二人で遊ぶやり方も教えてくれた。

 カードは七十五枚あるが、遊ぶ人数やゲームの種類により、絵札や「花」や「本」のカードを除いてしまうのだという。

「二人で遊ぶときは三六枚くらいでいいんだよ」

 イルージャは器用にカードを扱う。元からイルージャは器用なのだ。カードを卓の上に広げてかき回し、揃えて配った。

「違う」

 レオネは小さく唇の中で呟いた。気が付いたら無意識に呟いていた。

 イルージャには聞こえなかったようだ。

 レオネは「違う」と思いはしたが、どう違うのかがわからない。

 わからないままにイルージャに教えられたゲームをする。

 楽しいはずのゲームに全くのめり込めない。

 おかげで、イルージャとのゲームは連戦連敗の有様だった。


 その日、レオネは執事に頼んで自分用のカードを手に入れて貰った。それから、日がな一日、カードをめくって過ごした。

 さらに、その日からレオネは屋敷の図書室に籠もるようになった。

 なにやら熱心に調べている。

 本を読むために、それまではおざなりだった文字の勉強を必死にするようになった。

 本をよく読むようになるに連れ他の勉強にも身を入れるようになり、お転婆ぶりは影を潜めた。


 二年後。レオネが九歳のとき。

 もう一つの転機が訪れる。

 レオネは本邸ではなく離れで暮らしていた。母が生きていたころからずっとだ。

 その週末、ラシーヌ侯爵家の本邸では茶会が開かれていた。

 十歳になる姉のセイレンは庭園で行われる茶会に参加していたが、レオネは離れにいた。いつものように従兄弟のイルージャも一緒だ。

 イルージャは姉と同じ歳で王立学園初等部の学生だが、週末なので休みだった。

 ラシーヌ家の近くにイルージャの実家ソラン伯爵家はあった。レオネの住む別邸から馬車で十分ほどの距離だ。

 ソラン家は、ラシーヌ家よりも二回りくらい小さい屋敷で、それはそのまま、ラシーヌ家とソラン家の家格や力の違いを表していた。

 観光地を領地に持ち代々王宮に使えるラシーヌ侯爵家と、領地もとうに無くし細々と商会を営むソラン家は、資産がだいぶ違っていた。まだ子供で呑気な気質のレオネは、そんな違いなど気にしたこともなかったが。

 レオネは初等部から王立学園に通うイルージャと姉がうらやましかった。

 レオネが通うのは三年後、十二歳になってからだ。レオネは中等部から通う予定になっていた。姉とイルージャとは一歳しか違わないのに自分が通うのは三年後となっていることにレオネは納得がいかなかったが、父が決めたことを覆せそうになかった。

 週末はレオネにとっては久しぶりに従兄弟と過ごすひとときだ。

 二人の今日の遊びはカードゲームだった。

 一人きりの時はカードを一人で並べてなにかやっているレオネだったが、イルージャと一緒のときは普通にゲームを楽しんでいる。

 何度かカードの絵柄を揃えるゲームをしたのち、レオネは鮮やかな手つきでカードをきった。

 毎日のようにカードを扱っているうちに、ずいぶん上手になっていた。

「レオネ。図書室での調べ物は上手くいったのか」

 イルージャは、レオネが図書室で熱心に調べものをしていることは知っていた。

「思うようにはいってないわ」

 レオネは首を振って答えた。

「まだ占術のことを調べてるのか」

「うん」

「どうせ、なにもわからないんだろ?」

「そうでもないけど」

 レオネは言葉を濁した。

 確かに大して進んではいないけれど、あれから工夫して少しずつ占いが出来るようになっていた。

「今日はイルージャは来る」とか、「今日はお父様は早く帰ってくる」とか。自分の家族や、家族のように思っている者は占いやすい。占えばたいがい当たる。

 イルージャはいつも、なんら先触れも無く来るので占うのは丁度良い。それに、レオネにとってはイルージャは実の兄のようなものだ。腹違いの姉よりもずっと身近な存在だ。

 おかげで占いがよく当たる。

 でも、イルージャが来るか来ないかを占った話をしても、彼は面白がってくれない。

 レオネはだから、もう話さないと決めていた。

 先々週、「ルーが来ることを占ったのよ」と自慢げに話したら、イルージャは「ふーん」しか反応がなかった。

 以前に自慢しようとしたときもそうだ。だから、話す気がしなくなった。

 馬鹿にされたくなかったので言わないだけだ。



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