わたしのともだち
子どもだけに聴こえる不思議な話し声
『好き』
『な』
『食べ』
『物』
『は?』
「いーちーご!」
『嫌い』
『な』
『物』
『は?』
「ゴキブーリ!」
『大』
『好き』
『だよ』
「りんちゃんも大好きだよ!」
今日は雨。
りんちゃんは雨の日が大好きなの。
傘に当たる雨さんが話しかけてくれるから。
「ママ!あのね、雨さんがね、りんちゃんのこと大好きだって!」
そう言うとママはいつも「そう、良かったね。」とにっこり笑ってくれる。
でもママには雨さんの声が聴こえないの、りんちゃんは知ってるんだ。
りんちゃんの幼稚園のお友達も、りんちゃんの雨さんみたいなお友達がいるの。
同じうめ組のあっくんはお花さんとお話ができるし、さくら組のゆいちゃんはお靴さんとお話ができる。
でもね、年中さんや年長さんに聞いても覚えてない知らないって言うの。不思議だよね。
もしかしたら大きくなるとこのお友達たちのこと忘れちゃうのかな?
だからママにも聴こえないのかな?
りんちゃんは覚えてるからね。
絶対に忘れないからね。
「雨嫌だなぁ」
りんは小学生になった。
学校にはもう慣れたけど、毎日勉強と宿題と習い事で疲れるし、二歳の弟が最近よく独り言を言うようになってうるさい。
憂鬱な雨の日の人気のない学校からの帰り道、今日は仲良しの子が休みだから一人で傘をさしながら歩いていると、りんの横に車が一台止まった。
「ごめん、ちょっと良いかな?」
車から顔を出したのはパパと同じくらいの年齢の男の人だった。
「道を教えて欲しいんだけど。」
道に迷っちゃったんだ、大変だ。
…あれ?でもこれ、何か知ってる。何だっけ。そうだ、これ、多分『誘拐』だ!
大人は普通、子供に道を聞いたりしないって学校で習った。だからこれはきっと誘拐だ!
早く逃げなきゃ叫ばなきゃ防犯ブザーを鳴らさなきゃ追い掛けられたらどうしようママとパパに会えなくなったらどうしようナイフで刺されたらどうしよう。
「お菓子もあるからさ、ちょっとおいでよ。」
男の人が手を伸ばして来た。
足がガクガク震えてる。
怖くて声が出ない。
身体に力が入らない。
まともに考えられない。
「さぁ、乗って。」
男の人がりんの腕を掴んだ。
心臓が大きく鳴る。もうダメだ。
その瞬間頭の上から声がした。
『嫌い』
『な』
『物』
『は?』
「ゴキブーリ!!」
反射的に叫んだ。
今の何?
大声を出したことで男の人の動きが一瞬止まった。
声が出て身体に力が入ったりんはどうにかランドセルに付いてる防犯ブザーの紐を引っ張ると、雨音をかき消す程の大きな音が辺り鳴り響いた。
男の人は「このクソガキ!」と吐き捨て、慌てて車を飛ばして去って行った。
ブザーの音で集まって来た大人たちがりんに「どうした?大丈夫?」と声を掛けてきた。
どうしよう、チクチク言葉を言ってしまった。
でも今の人もクソガキって言ったからおあいこだよね?
りんは傘を見上げた。
「気のせいだったのかなぁ」
雨はまたポツポツと傘に当たっているだけだ。
りんは大人たちに事情を説明すると、すぐに警察に連絡してくれた。
数週間後、ママと弟と三人で雨の中スーパーまで歩いて向かう途中で、防犯カメラから犯人を割り出してあの男の人は捕まったみたいとママが教えてくれた。
弟は「電車!」とか「青!」とか一人ではしゃいでいて本当うるさい、と思っていたら「お姉ちゃんお姉ちゃん。」と弟がりんに話しかけて来た。
「あのね、雨さんがね、お姉ちゃんのこと大好きだって!」
いつもは気にも留めない弟の言葉だったけど、りんは何だか懐かしいような嬉しいような気持ちになって傘を見上げた。
「りんも大好きだよ。」
傘に当たる雨の音が心なしか喜んでいるようにも聞こえた。
〈終〉