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お好み焼きの真実

掲載日:2025/09/12

お好み焼きと兄弟の物語です。

本作は「エブリスタ 思い出の味コンテスト」に投稿した作品です。

その頃、僕が通っていた小学校の正門は工事のため、閉鎖されていた。

だから、半年ほどだったと思うが、その間は学校の裏門から通学をしていた。

学校の正門から家までは、ゆっくり歩いても5分ほどの距離だったが、裏門から出ると、住宅街を大きく迂回するため、少し足早に歩いても、15分ほどかかる道のりになった。

土曜日の午前中の授業が終わったその日も、僕は遠回りの道を、とぼとぼと歩いていた。


そのとき、後から、筆箱がランドセルの中でカタカタと鳴る音が聞こえてきた。

「健太、今帰りか?」

「あっ、兄ちゃん。うん」

3つ上の兄と僕は、しばらく黙って並んで歩いた。

僕は兄に何も言わなかったし、兄も僕に何も言わなかったけど、お互いに何を考えているか、分かっていた。

「なぁ、今日、土曜日だよな。」

「うん。」

「また、お好み焼きだな。」

「また、お好み焼きだね。」

またお互いに黙り、兄と僕は、重い空気と足取りで、家路を歩いていた。

金木犀が甘く香り、秋の昼下がりの穏やかで、やわらかい日差しの中で、兄と僕の気持ちは、どんよりと沈んでいた。

昭和の子供たちにとって、授業が半日しかない土曜日は、心躍る日だった。

半ドンと言って、子供たちは、下校時に仲の良い友達やグループの間で午後から遊ぶ約束をして、皆、家に帰ったら、大急ぎで昼食を食べ、また外へ遊びに駆け出して行く。

そんな少し浮かれるような状況で、僕たち兄弟は、毎週土曜日、いつも気分がすぐれなかった。

「お前、あれ好きか?」

兄が僕を見ずに、石蹴りをしながら聞いた。

「あれって、お好み焼きのこと?」

「あぁ。」

「嫌い。というか、厳しい。」

「そうだよな。おいしいとかまずいとか、料理の感想って、普通そうだけど、あれの感想を言うなら「厳しい」の一言だな。」

兄は、石蹴りの小石が道端の側溝に落ちていくのを目で追いながら言った。

僕は、ハッと顔を上げて兄を見た。

「ひょっとして今日は、お好み焼き以外のお昼が用意されていたり、しないかな?」

兄は首を振りながら、可哀想なものを見るような目で僕を見た。

「気持ちはわかるけど、今までそんなことなかったし、その話は先週の帰り道でも、俺たちしたよな。」

「わかってる、言ってみただけ。」

僕は目を伏せて、少し唇を噛んだ。

「当たりだといいな。」

兄は僕を慰めるように言った。

「当たりだといいね。」

兄の気遣いが子供ながら、僕の身に沁みた。


道路が急に狭くなっている細い路地を抜け、近所のクラスメイトの家を右に折れると、もうすぐで自宅に着く。

「関西では、好んで食べるらしいぞ。」

急な兄の言葉に、僕は兄が何を言っているのかわからず、ぼんやりと兄の顔を見た。

「お好み焼きだよ。関西以西では、好んで食べるらしいぞ。」

「何を言ってるの?そんなわけないよ。」

「いや、本当にそうらしい。最近、読んだ雑誌に書いてあった。」

「そんな、そんな馬鹿な。もしそれが本当だとしたら、関西の人は、どうかしてる。」

「俺もそう思う。でも、関西圏や広島で、お好み焼きが好んで食べられているのは、どうも真実らしい。」

「そんなことがあるの?というか、そんなことが可能なの?」

「分からない。分からないけど、本当にそうらしい。」

しきりに不思議がる兄と僕が家に着き、僕が玄関の扉を開けようと、手を伸ばしたとき、兄が僕の肩を掴んだ。

「健太、先週は何が入ってた?」

「えぇと、納豆とキムチと、後は、ラディッシュだったかな?他にも色々入ってたけど。」

「そうか、当たりの週だな。」

「兄ちゃんは?」

「色々入っていたけど、メインはカタクチイワシだった。おいしいまずいの問題じゃなく、上顎にめちゃくちゃ刺さった。」

「はずれの週だね。」

どうか神様、当たりの週でありますように。

毎週土曜日、僕らは、そう願いながら、祈る気持ちで、玄関の扉を開けていた。


僕らの家では、毎週土曜日、母が、その1週間で使わなかった食材や余った食材、傷みそうな食材の全てをぶち込んで、小麦粉でプレスして円形に加工し、兄と僕の昼食に「お好み焼き」として提供していた。


それから6年後、男兄弟としては仲の良い方だった僕ら兄弟のうち、兄が神戸の大学に進学することになり、実家を離れることになった。

4月に大人びた兄の後ろ姿を見送り、兄のいなくなった、がらんとした子供部屋で、少し寂しい思いをしながら、僕は高校生活をスタートさせた。

やがて春が過ぎ、夏休みになって、兄が実家に戻ってきた。


久しぶりに会う兄に対し、僕は照れ臭さから、何と声をかけていいのか、戸惑っていた。

本当は兄の帰省が嬉しかったけれど、その嬉しさや、兄がいなくて寂しかったという感情を認めることが、恥ずかしかったからだ。

戸惑う僕に、素直に僕に会えて嬉しいと言った兄は、前にもまして、大人びて見えた。

兄は僕の肩に手をやり、伝えたいことがたくさんあるが、まず、何より言わなければならないことがあると言った。


「健太、お前がお好み焼きだと思っているものは、お好み焼きではないぞ。」


あれから、2人とも結婚して家庭を持ち、すっかりおじさんになった今も、母がお好み焼きだと言い張っていた、あの「小麦粉でプレスされた円形の物体」の話になると、兄と僕は、懐かしい少年時代に戻ることができる。

決して、もう一度食べたいとは思わないけれど。

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