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いかず後家のおばさん、耳年増聖母になるも、まだ誰のものでもありません。

 こうも人生は儚いものだろうか。誰も私の味方がいない。

 それは三日前の事だった。まさか、私が魔王軍に生け贄として、差し出される事になろうとは、あの時の私は思っていなかった。

 世間は非常だ。


 ここは大陸のほぼ中央にある、三方を山に囲まれた、風光明媚な田舎町、カンラーグン。王都から離れているから人々の喧騒とはほぼ遠い、良い意味をすれば自然豊かな自治区である。

 自己紹介が遅れたけど、私の名前は、【イモリット・ミユキーヌ・ド・グンマ】。失われた民の言葉で、『気高き風前に咲く魂の乙女』という意味だそうだ。

 そう、私は、気高い魂を宿す、真実の乙女。真実を探し求めて、36年。もうすぐ37年。結婚、結婚、言っていた両親は最近、その手の話に一切触れなくなり、生温かい目で、私に接してくる。

 それもそうだ。弟が先に結婚し、子供を授かった。私に、期待する事もなくなったのだろう。待望の孫を得て、それはそれはご満悦なのだから、あえて、虎の子を踏むような話題は避けるのが当然と言えば当然である。

 日がな日がな私の日常と言えば、足腰の弱った両親の面倒を見て、少ないながらも、お小遣いをもらい、お情けでもらった畑で、野菜を育て、それでもまだ時間が余るから、冒険者ギルドが運営する食堂で、アルバイトをする。

 朝から小銭をかきあつめてきたオッサンが、新聞片手に酒を喰らい、昼近くまで時間を潰す。夕方には、小腹を空かせたガキ共が小銭を握りしめて、ジャガイモを揚げたおやつを、学校帰りに買いに来る。時々、酔いつぶれたオヤジを奥さんらしき人が、迎えにくるくらいだ。

 変わったもので言えば、毒蛇を大量に飼育している人がいて、毒蛇の生き血を買いにくる人もいる。ここは山間だから、蛋白質は貴重だ。だから、蝗を佃煮にしたり、蜂の子をお酒に漬けたり、王都の人が食べないであろう珍しい物を食べる食文化がある。その珍しさもあって、町以外の人が、毒蛇の血を飲みに来たりと、若干の観光地となっていたりもする。

 弟の結婚で肩身が狭くなった私は、弟が子供を授かった事が決定打となり、やんわりと家を追い出された。

 両親は孫の誕生に上機嫌で、私の事など目に入らない。不憫に思った弟が、馬小屋を改修してくれ、私の新しい住居となった。これで家からお払い箱になるのかな、と思っていたら、弟夫婦は、自分達の生活が優先で、両親の面倒をまるで見ないらしい。孫は可愛いが、出てくるのは、弟夫婦の愚痴と体の痛い話ばっかりの母。父は母と弟夫婦の間に立たされるのが嫌らしく、まるで、聞く耳を持たない。聞こえているんだか、聞こえていないんだか、わからない父に、母の不満は募るばかりで、だから、私が呼ばれる。愚痴を聞かされる為に、私は呼ばれるのだ。僅かなお小遣いと引き換えに、弟夫婦の愚痴を聞くのが仕事だ。

 先日は、お金を出すから、王国随一と誉れ高い、温泉地クサズーンについて来てくれと言われた始末。いくら私が暇でも、24時間、母の愚痴を聞かされたらたまらない。丁重にお断りした。

 

 そんな他愛もない、面白味もない、味気ない日常を送っていた私の身に。私達の町に、想像を絶する事件が起きたのだ。

 晴天のヘキレキとはこのような事を言うのだろう。

 こんな、辺ぴな土地に、言っちゃ悪いけど、なんにもない町に、魔王軍が攻めてきたのだ。ここが王都であれば、魔王軍と渡り合える勇敢な戦士や魔法使いがいただろう。だが、ここにはそんなエリートは存在しない。まずエリートは村を捨て、町を捨て、王都に住まうのだ。田舎町に残るのは、大方、年寄りばかり。例に漏れず若い人は稼ぎが良い都会に出て行ってしまう。だから余計に人がいなくなる。これを専門用語で人口のドーナツ化現象と言う。あ、どうでもいい?あ、そう。

 かくいう私も出て行きたかった。こんなむさ苦しい田舎町を捨てて都会に出て行きたかった。都会に出て行ってアバンギャルドな恋の一つもしてみたかった。だが、私はオーミヤという町で上京を諦めた。所詮、私は田舎者。本物の王都でもない、オーミヤでさえ人に吞まれて、息苦しくて、耐えられなかった。もしこれが本物の王都だったら取り返しのつかない事になっていただろう。オーミヤで上京を練習して、挫折して、そして、諦めた。私には都会の空気がとことん合わないらしい。たまに遊びに行く位できっと、丁度良いのだ。体の髄の髄まで、田舎者の血が流れているのだ。そしてこれは抗えない。きっとそうに違いない。

 

 私達、カンラーグンの住民は魔王軍を見るのが初めてだった。猪や猿、熊、鹿などは日常的に見慣れているが、魔王軍は初めて見た。

 それはもう町にヤスが現れた時ぐらい大騒ぎになった。やっぱり魔王軍ともなると、ファッションセンスも一流で、ハイブランドを勝手に真似して作っているブティックのママとはまるで違う。あれが本物のおしゃれというものなのだろう。私達は、魔王軍のファッションを見ただけで気後れしてしまった。

 私達の長は賢明だった。その潔い采配に私達は感銘を受けるばかりであった。

 武力行使をされる前に、降伏したのだ。

 一滴の血も流す事なく、魔王軍に、従属する事を誓った。ある意味、歴史に残る名采配となると、長は自慢気に語っていた。そもそも、戦える人材もいないのだから、早々に白旗をあげる方が無駄な時間を使わなくて済む。私でもそう思う。戦争などしない事にこしたことはない。

 無血開城。将軍様もビックリだ。私達は丁重に、魔王軍様をおもてなしした。

 飲めや、歌えや、大接待、大接待。魔王軍様も、呆気に取られていたようで。こんな人間、見た事ないっていうような感じだった。

 本来、魔王軍と、私達人間は、敵対する組織ですから、やられたらやり返す。やったらやられる、その繰り返し。一進一退の攻防を、何年も、何十年も、何百年も、繰り返してきたわけだ。

 私達、庶民にしてみたら早く、王を取って、この長く続く不毛な戦争を終わらせてもらいたいと願っていたりする。

 人間だろうが魔族だろうが、どっちが王になっても、私達の生活はきっと変わらないと思うし。取られるものは一緒だし。働いて、税として金を取られたり、育てた作物を取られたり、上納先が変わるだけだ。人間か魔族か、それぐらいの違いだけだろう。

 人間の王様だって、どんなに貧しくて困っていたって、平気で税金をむしり取る。人の心を持っていない奴だっている。人の心を持っていないのなら、魔族と変わらないじゃないか。始末に悪いには、魔王軍だけじゃない。人間だって変わらない事を私達、辺境の人間は知っている。

 魔王軍の接待をして、1日が過ぎた後、魔王軍の隊長が、真顔でこんな事を言ってきた。


「生け贄を差し出せ。さもなければ皆殺しだ。」


 え?

 え?ですよ、え?

 さっきまで、楽しく飲んでいたじゃないですか、魔王軍の皆さん。踊って歌って、和気あいあい過ごしていたじゃないですか。魔王軍歓迎の垂れ幕なんか用意して、長が、先頭をきって盛り上げていたじゃないですか。さっきのアレ嘘だったんですか?歓迎とか言われて、嫌だけど断れないノリのアレだったんですか。分からないでもないですが。敗者の暴力ですよね。弱い事を逆手にとって、被害者面して、お前達が悪いんだぞ?って社会的に強者を抹殺するアレですよ。

 私は思いましたよ。

 所詮、魔物は魔物。人間の理屈は通用しないんだ、と。屁理屈をこねた所で自然界の強者に敵うわけがないんですよ。

 みるみる青ざめていく、町の長。

 裸踊りしていた手が止まったのを、私は覚えている。無血開城と、はしゃいでいたのは何だったんだ?ああ無情。アームジョー。

 あけて次の日、町で緊急会議が行われた。誰を魔王軍の生け贄に差し出すか。会議は白熱せず、ひょうきんでお調子者の、町の長が一番、生け贄に適していると、満場一致で採択された。即決だった。

 長が接待などするから、魔王軍がつけあがったんだ、などの否定的な意見から、こういう非常事態では、長が責任を取って生け贄になる方が、責任者らしい責任の取り方だ、などと肯定的な意見も出された。否定的だろうが肯定的だろうが、どちらにしても、長が生け贄になった方が丸く収まるとの意見に集約され、長は魔王軍に贈呈された。

 私は初めて、人前で嗚咽しながら泣く、男の人を見た。長、最後の男泣き。

 だが、濡れた髪が渇く間もないうちに、長は、帰ってきた。魔王軍から帰ってきた。魔王軍の使者が言うには、こんな、オッサンでは、生け贄の役に立たない。お前達人間は、魔王軍を、侮辱しているのか?と相当ご立腹だったらしい。私達は、生け贄を差し出すなんて事をしたことがないから、その旨を使者に伝えたところ、魔族も、苦笑いしていたそうだ。

 帰ってきた町の長の、満面の笑みを私は忘れる事が出来ない。昇天する人間は、きっと、あんな顔をするのだろう。あれは人間が最後に見せる、唯一、幸福な顔だと思う。

 魔族が丁寧に、生け贄とはこういうものだという指標を提示してくれた。なんとありがたい親切な魔族な事だろう。こういう魔族は必ず出世すると思われる。

 では、その生け贄の条件をご覧いただこう。


一つ、生け贄は、女でなければならない。

一つ、生け贄は、処女でなければならない。

一つ、生け贄は、清き心をもった者でなければならない。


 以上の条件を満たしている者を、生け贄に捧げよとのお達しだ。最初の私の印象は。ロリコンか?魔族っていうのはロリコンが多いのか?そうでなければ童貞か?今時、処女じゃなきゃ嫌なんてこじらせた童貞ぐらいだろう?正直、ひいた。魔族にひいた。自分の事を魔族とか言ってる時点で、もう、普通じゃない。魔族って、別の意味で怖い。

 魔王軍から、お前は生け贄として失格だと言われ最後通告された長は、ほら見た事かと私達を嘲笑していたが、そんな長を無視して、次の生け贄候補選びが、始まっていた。

 まずこの生け贄の条件で、男か女か、二者択一で分けられる。人口の約半分が、生け贄候補から落選した。

 だが、次の条件が厳しい。女であっても、処女でなければならないのだ。明らかに、処女だと分かる年齢の娘ならいいが、例えば、身体的に初潮を迎える前の年齢の娘だ。だがしかし、問題はここからだった。

 処女かどうかなんて、自己申告だからだ。男に童貞?って聞いて、童貞かどうかを客観的に判断する術がない。明らかに童貞だと思われる男でも、童貞ではない、と言われてしまえばそれまでだ。確認のしようがない。

 女に処女か?と聞くのはかなりセンシティブな問題だ。子供を出産している女であれば、それは除外できる。そうでない妙齢の女が問題となった。

「あなたは処女ですか?」なんて今時、場末のホステスにだって聞かない話だし、特殊な性癖を持つ男が、喜ぶような話だけに、多くの女から嫌悪され、却下された。単純に気持ち悪いし。

 最終的に、自己申告を信じるという事で話はまとまった。納得していない人は多かった。もちろん、気持ち悪い男もそうだったし、女の敵はやはり女なのか、自分が処女でない女は、男以上に批判的であった。

 そして生け贄の条件を満たしているか、判断する為に、自己申告していく女達。

 それまで蝶よ花よと、箱入りで、育ててきた娘が、処女じゃない事がわかり、泣き崩れる父親。

 同様に、純情可憐で、男性の手も握った事がないと言っていた娘が、案の定、処女ではくて、落胆する男子達。

 逆に、男勝りで喧嘩早く、姉御姉御と、皆から慕われて、子供がいたって不思議じゃないと言われていた娘が、処女だと判明して、賛美される始末。

 女は、見た目じゃ分からないねぇ、なんて、遠巻きに男達は、彼女達を眺めていた。男が見る目がないと頷く女達。

 誰が得なのか分からない、時間が過ぎた。

 やはり同じ処女の女であっても、年端の行かない娘を生け贄に出すのはしのびないと、娘の親達は懇願する。それは当然の事だろう。かわいくて、かわいくて、仕方がない年頃だ。彼女達には将来がある。

 じゃ、ある程度、歳がいった女なら誰でもいいか、なんて話になったのだが、お前が行け!あんたが行け!と、誰がどう考えても、自分が生け贄になんかなりたくないものだから、話がまとまる訳がない。

 当然といえば当然だ。


 いささか会議が煮詰まった時によりにもよってあの女が口を開いた。

 母の愚痴の元凶。弟の嫁。歳上の義理の妹。

「お義姉さん。お義姉さんはその歳になるまで、男に見向きもせず、操を貫いてきたじゃありませんか。女として純潔で高貴な生き方は、私達を救ってくれる為だったのですね。」

 一斉に町中の人間が私に注目する。痛い。痛い。その視線が痛い。

 そしてお前は何を言っているんだ?私に何を期待しているんだ?

「そうか。イモリちゃん。だからずっと独身でいてくれたのか」「男のおの字もなかったものね」「信じてたよ、イモリちゃん」「おばさん、処女だったの?」

 なんですか?なんですか、この空気の流れは? 私に、私に魔王軍の生け贄になれと、皆は、おっしゃりたいのですか?

「お義姉さんは真の強い、凛々しい女です。お義父さんとお義母さんの事は私にまかせて、どうぞ、与えられた使命を全うして下さい。私は泣きません。だって、こんな素晴らしいお義姉さんを持てたのですから。」

 おい、お前、何言ってんだ? 私がいつ、生け贄になることを了承した?

「イモリちゃん、おじさんとばさんの事は俺達にまかせろ!」「おばちゃ・・・・おねえちゃん、がんばってね!」「あんたは救世主じゃ!」

 誰も引きとめてくれないのかよ?引きとめるなら今のうちですよ?いいんですか?私、このままだと魔王軍の生け贄にされちゃいますよ、あなた達に。

 誰も引きとめてくれず、なし崩し的に、私は魔王軍の生け贄となった。

 多数決って、こういう時は嫌ですよね。数の暴力ですよ。いくら私が反対を訴えても、多数決になったら、私以外皆、私に投票するんだから、そりゃ勝てませんよ。

 だいたい36の女が処女だっていうのに、誰も疑いを持たないのか?

 ええ。処女ですよ。処女です。そういう機会に恵まれませんでしたから。嘘でも学生時代、体を許してあげれば良かったなと、今になって後悔してみる。

 そして私は魔王軍に引き渡された。


「お前、生け贄か?」

「・・・はい。」

「我々は、生け贄の条件を提示したはずだ。」

「はい。全て条件を満たしております。」

「女か?」

「はい。」

「処女か?」

「はい。」

「・・・・・もう一度、聞く、処女か?」

「はい。」

「あの、もう一回だけ、聞くけど?」

「だから、処女だって言ってるでしょ!」


 などと、魔王軍の家来と、場所を移される度に同じやり取りをするハメになった。

 私が処女に見えない?それはあなた様方の勝手な偏見でございましょ?処女は若くて綺麗な女じゃなくちゃダメなんですか?

 お前等、揃いも揃って童貞クソ野郎かよ?

 そんな女、世の中にいると思うのかよ? 女に夢見てるんじゃねぇよ!

 私はついに魔王軍の隊長に引き渡された。


「隊長、人間共の生け贄でございます。」

「そうか。よく来たな。」

「一応、処女と申しております。」

「一応? 一応って何だ?」

「絶対、処女です。一度も、男性とイタした経験がございません。」

「おい女、生け贄の儀式の時、処女でない事が判明した場合、お前達の町を滅ぼすぞ?いいんだな?」

「だから何度も言わすな! 一回もヤった事がないって言ってるでしょ?」

「よろしいのですか、隊長? 生け贄、チェンジします?」


 チェンジ? チェンジってなによ? 生け贄ってそういうシステムなの?


「チェンジってお前。こちらから条件を出しておいて、好みじゃないから、チェンジするって、やっぱり信用問題になるじゃん?」


 ほほぉ。言っている事は腹が立つが、筋を通している所は、流石、魔王軍で隊長をやっている事だけはある。この際、好みじゃないとかそういうのは聞かなかった事にしておいてやろう。


「生け贄ってほら。生け贄やるにもイキサツがあるわけじゃない?そういうのを汲んでやらないと社会人として魔王軍としてダメなんだよ、お前、分かるか? この女も苦労しているんだよ?」

「流石隊長。人生経験が違うでありますな。」


 なに?風俗か何かの話をしていらっしゃるの、お前達は?

 場末の風俗で、ちょっととうが立った風俗嬢が出て来た時に、お察しして言う台詞だよ、それは。人生、大変だったねぇ、じゃないよ、まったく。


「ところでお前。」

「はい?」

「名前は何という?」

「私は、イモリット・ミユキーヌ・ド・グンマと申します。皆は私を親しみをこめて、イモリと呼んでくれます。」

「イモリか。・・・近くで見ると、ま、流石に肌質まではごまかせんが、なかなかどうして顔だけは良い女だな。」

「あ、ありがとうございます。私、若い時、美人コンテストで優勝した事があります!」

「・・・ああ、そうか。そこまで聞いてないが。」


 おい、お前が顔がいい女だっていうから、私の輝かしい戦歴をしれっと、放り込んでやったのに、その言い草はなんだ。失礼だろ。

 肌質ってなんだよ?お前はお肌を虫眼鏡で見ているのか!魔王軍は肌を虫眼鏡で見ているのか!化粧品会社か、お前達は!


「まあいい。人間の女。よく聞け。我が魔王様は慈悲深きお方だ。お前、一人の命で、この町が救われるのだ。

魔王様の広き、御心に、感謝するのだ。ははははははははっははははははははははははっはははははははははははは」


 出た。出たよ。悪役特有の笑い方。ふははははは笑い。こっちはなりたくて生け贄になったわけじゃないんだだからね。


「ではこれでカンラーグンの町は救われるのですね。」

「そうだ。・・・一応、お前は、生け贄の条件を満たしているから、最低限の恩赦になるとは思うが、まぁ、滅ぼされる事はないだろう。」

「恩赦?」


 よくよく隊長様に伺ってみると、やはり、生け贄にも、甲乙丙丁、松竹梅、AからC、とランク付けがあるらしい。

 可憐で愛らしく愛嬌のある若い娘は、それはそれは、魔王軍の恩赦が最大限つくらしい。未来永劫、その町は、魔王軍によって統治され、安全な暮らしが約束されるという。それに引き換え、処女の女なら誰でもいいという、カンラーグンの様な町は、気分次第で、町が滅ぼされる可能性があると言う。

 あんな生け贄をつかませやがって、腹いせに、村を滅ぼしてやる!という事らしい。

 存外な扱いだ。お前達、魔王軍は、生け贄をなんだと思っている!


「まあ今回は仕方がない。お前達の町も、初めてだったのだろう?初めてならよくある事だ。今回は大目に見てやる。

おい、人間の女。」

「はあ?」

「身を清めよ! いくら程度が知れている生け贄だとしても、身を清めれば、それなりに、格好がつくというもの。」


 いまいち言っている意味が分からないが、生け贄である以上、身を清めなければならない。別に私の所為で、私が生け贄になったかの様な物いいだ。好き好んで生け贄になる奴がいるか。それにしてもあの女だ。弟の嫁だ。

 実家から私を追い出すだけでは物足りず、生け贄という体裁を得て、私を町から追い出しやがった。何故弟は何も言わない。弟は嫁の尻に敷かれているのか。どうせ親の面倒もみない事だろう。弟を生かさず殺さず働かせて、いずれ、家も畑も財産も、全て奪うつもりだ。あの弟の嫁ならやりかねない。父と母が、私が暮らしていた改装馬小屋に追い出される事が目に浮かぶ。

 だからと言って、今の、私にどうすることも出来ないが。

 只今、私は、身を清めることのみ。生け贄として、魔王様に、身を捧げるのだ。

 ろくな恩赦は受けられないようだが、恨むなら、私を生け贄にした、自分達を恨め。もっと若い、ピチピチした、娘がいただろう?


 近いうちに魔王軍は、生け贄の私を連れ、魔王様のいらっしゃる本拠地へ移動するという。

 魔王様への貢ぎ物であり、生け贄である私は、その身を清める必要がある。だが腹は減る。腹が減るのは仕方がない。生きているのだから仕方がない。生け贄として魔王様に捧げられるまで残り少ない人生を謳歌しよう。

 ここまできたら逃げられない。腹をくくるしかない。嫌だけども。町の長もこんな気持ちだったのだろうか。町の長なら仕方が無いと思う。普段が普段だし。

 生け贄は、そこそこVIP待遇のようで、ある程度、融通が利くものだ。それもこれも直々に魔王様に捧げられる命だから、という事らしい。

 腹が減った私はそれで実家で昔から食べられている、パンのようなお菓子。大豆から作られる甘辛いソースをそれに塗り、火であぶって食べる伝統的な食べ物。それを作って食べた。

『ヤキマンジュウ』と言う。

 パンのようでいてパンではない。お菓子のようでいてお菓子ではない。さらに、大豆を発酵させて作る甘辛いソースは、焼かれると、香ばしい、えも言われぬ香りを発する。それはもう、殺人的な、香りだ。人々を魅了する悪魔の臭いだ。誰もこの焼いたソースの臭いに敵うものなどいない。

 どこからともなく臭いに誘われ、魔王軍共が、集まってきた。そして、ヤキマンジュウを見つけると、それはなんだ、それはなんだ、と好奇の目で、ヤキマンジュウを見つめる。魔王軍でも、人間でも、子供でもない、まごう事なき純粋な食べ物を欲する、無垢な赤子の目であった。

 これはヤキマンジュウと言って、カンラーグンに古来より伝わる、料理だと言うと、そんな説明などまるで聞かず、我先に我先に、ヤキマンジュウを奪い合った。さすが魔族。えげつない。

 食への好奇心とは、あのように、浅ましいものなのだろうか。

 魔王軍の軍勢は、欲望のままヤキマンジュウを頬張った。こんな美味いものは食べた事が無いと口々に言う。

 そりゃそうだ。

 私が住む王国でも、このヤキマンジュウを知る人間は少ない。カンラーグンを含めて、火の鳥が舞う、その姿を模した領地に住む私達の国だけだ。

 そう。ヤキマンジュウは奇跡の料理なのだ。


 魔王軍の隊長は、泣きながら、ヤキマンジュウを3串も頬張っていた。魔王軍の故郷に置いてきた年老いた、母を思い出して泣いているのだと言う。

 魔王軍で出世はしたが、母を一人、苦労をさせてしまった事に悔い、泣いているのである。早く結婚して孫を見せてやりたいとも言う。

 本当は出世なんかより、給料が安くても、ずっと母親の側にいるべきだったと、打ち明けてくれた。

 ヤキマンジュウは母の味であり、故郷の味。生命の源へいざなう味なのだ。

 私もそうだ。年老いた父と母に、私は何が出来ただろうか。孫を見せてやれたのは弟の手柄ではないか。私は今だ、何もしてあげられていない。

 せめて、私は、生け贄として、その責務を全うしよう。嫌だが。

 なんで処女のまま死ななきゃならんのだ、アホか。私の人生を返せ。と、心の中で叫んでみる。むなしく心の中を同じ言葉が木霊するだけであった。


 数日後、私は、超超超VIP待遇で、魔王軍の本拠地、魔王城に移送された。

 ヤキマンジュウを魔王軍に振舞った事で、魔王軍に対する最大限の貢献により、最上級の恩赦が与えられたと言う。その最大級の恩赦とは、一国を滅ぼしたと同等と、隊長は自分の手柄の様に誇らしく言う。魔族にとって最大の栄誉であり、その功績は、魔王から授与される勲章と共に、未来永劫語り継がれるそうだ。加えて、特権階級の暮らしが約束され、魔族の中でもエリート魔族として将来を約束されたのだ。もうこの世に怖いものもないし、楽して遊んで生涯暮らしていける。こんなに素晴らしい事はない。

 私は人間として大した功績をあげられなかったが、魔族として才を発覚できたようだ。たかだか1%のエリート魔族に昇格してしまった。

 隊長の喜びようは、それはもう、自分の子供の事の様に喜んでくれた。私はいつの間にか人間の最大の敵となってしまったようだ。

 ヤキマンジュウは魔王軍、全土に広がった。ヤキマンジュウと言えば私。私と言えば魔王軍の奇跡の女。・・・後戻りが出来なくなってしまった。

 その頃から、その功績により、生け贄として魔王様に捧げられた方が良いのか、それとも、ヤキマンジュウ貴族として君臨するか、真剣に話し合われるようになったと、隊長から聞かされた。

 既に私の権力は絶大のものとなり、あれほど偉大であった隊長より、力を持つようになってしまった。隊長も私と話す時は、正装をしてくるようになり、言葉遣いも変わってしまった。

 なにせイモリ派という派閥が出来てしまったのだ。

 イモリ派は、ヤキマンジュウを武器に、魔王軍で着々と、勢力を拡大していった。魔王様の生け贄となるべく、魔王様のひざ元に到着する頃には、魔王軍を二分する勢力の頂点に立っていた。


 誠に申し訳ないと思っている。


 私がヤキマンジュウを広めてしまった為に、魔王様の権力を削いでしまったのだ。私は只のおばさん。生け贄になるべく放り出された只のおばさんだ。魔王様に楯突く気など毛頭ない。

 その事を旧知の中である隊長に告げたら、悲しい目をしていた。

「あなたは、ここで終わる人ではない。」と。

 いやいや。私はここで終わる女なんですよ。私を連れて来たのはあなたでしょ?責任、取りなさいよ?辺ぴな田舎町からおばさんを連れ出したくせに、生け贄にするとか、言ったくせに何を言っているんだ、お前は。


 魔王軍の中で、私を魔族として招き入れ、生け贄にする事を白紙に戻す署名運動が行われた。当然、私は魔王軍の半分を制圧しているので、最大野党として、その意見書は魔王様に届けられた。いかに魔族を束ねる王とは言え、魔族の半分の意見をないがしろに出来ないから、イモリ擁護派の意見陳述が行われた。

「この女は魔族の為になる。」「ヤキマンジュウが無くなるのは魔族の歴史上、最大の汚点だ!」「ヤキマンジュウを救うには残念ながらこの女を生かす必要がある。」などと肯定的な意見も後ろ向きに肯定的な意見も交わされた。

 そんな事もあって魔王様も私という存在を捨ててはおけなくなったわけである。

「お前が生け贄の女か?」

「はい。」

「お前は、我が魔王軍において多大稀なる功績を残した。それは大変名誉な事である。だが同時にお前は、余の生け贄である。生け贄として生を全うするか、生き恥を晒しながらも魔王軍の一翼として余の為、働くか、お前はどう考えている?」

「あ、ああ。ええ。そうですね。正直、どっちでもいいかなぁって思ってます。はい。」

 一斉にざわめき立つ魔王軍。

「余にはお前の考えが理解できない。余にも分かるように、詳しく話せ。」

 魔王様の幹部や魔族の貴族。魔王軍の権力者達は、ひとりの人間である私が、魔王様を前にして、命乞いをしない事に驚いているのである。魔族だって魔王様の前では、その命は紙より軽い。誰でも命乞いをするものである。それをしない私を驚きと称賛と畏怖の目で見るのである。そう、この時、賽は投げられたのである。


 神託は決せられた。


「高潔なる血をもって、我が前に、その命を捧げよ」


 あちゃぁ~。私は踏んではいけない尻尾を踏んでしまったようである。もれなく、魔王軍最大派閥イモリ派はこれをもって解散。怒号が如き、うめき声とむせび泣く声が、魔王と私の前に響き渡った。

 これぞ魔王。真なる悪。冷酷とはこうであるべき、お手本である。魔王の株がうなぎ上り。

 何故か、私のカリスマ性もうなぎ上り。最後まで魔王と命のやり取りをした女として、魔王軍の歴史に名を刻むこととなった。

 本来、生け贄とは魔王様の権威を示す儀式のはずだった。ところが、今回、私のおかげで、この生け贄の儀式は、魔王に、屈しなかった初めての女。魔族でさえ持ち合わせない崇高な魂の持ち主。魔王よりも魔王。神よりも神。

 自分の命は誰も汚すことが出来ない。自分の命は自分のものだ。例えそれが、魔族より弱い、人間のおばさんであっても、それは変わらない。そう魔族共は私に酔いしれていた。

 怒涛のイモリコール!

「イーモリ!」「イモーリ!」「イモーリ!」「イモーリ!」「イーモリ!」「イモーリ!」「イモーリ!」「イモーリ!」「イーモリ!」「イモーリ!」「イモーリ!」「イモーリ!」・・・・・

 私は何も言っていないのに・・・・・。


 私は生け贄の祭壇の前に立った。

 そして魔王様に、最後の発言を許された。いや、魔王もそれを許さざるを得なかった。いまや魔王軍の9割9分がイモリ派となってしまったからだ。

 私の最後の言葉を、皆が待っているのである。いくら魔王とてそれを許さなければ、人民に粛清される事だろう。数は力だ。強大な力を持っていたとしても所詮一人の魔王。数の暴力には勝てるはずがない。苦々しくも、私の言葉を許さざるを得なかったのが真相だろう。

「私を見守ってくれたみんな、ありがとう。そのお礼に、人生最後の渾身のダンスを披露します。さあ、私を見てぇぇぇぇえええ!」

 私は服を脱いだ。レオタードになった。美しい空と水の色をたたえたレオタードだ。吸い込まれるような薄いブルーのレオタード。 

 私は踊った。誠心誠意。力の限り、踊った。イモリダンスを。

 両手を伸ばし、リズムに合わせて、足を思い切り、伸ばした。

 私の魂の叫びが、このダンスによって、体から放出されていく! 生きとし生きるものすべてに感謝を。出会いに感謝を。生まれてきた喜びに感謝を。命を感謝を。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ! 浄化、浄化されるぅぅぅぅぅぅぅぅうううううううううううううう!」



 気が付いた時には、魔王軍は全滅していた。

 私のダンスから発せられた聖なる力が、魔王軍を浄化してしまったのだ。残るのは、焼け落ちた灰と屍だけ。何も無くなっていた。そこにあった人達はいなくなっていた。もう、私のヤキマンジュウを美味しいと言って食べてくれる魔族の姿はどこにもなかった。ただただ地平線があっただけだった。

 私の心からの叫びが、聖なる力。生きたいという生への執着心が、奇跡の力を与えたのだろうと、勝手に解釈した。だが、そこには虚しさしかなかった。

 もっと時間があったら、もっと違う形で出会っていたなら、こんな結末にはなっていなかっただろうと思った。

 まだみんなの「イモリ死ぬな」「イモリがんばれ」の声が、嘘のように耳元で聞こえる。

 私は取り返しのつかない事をしてしまったのだ。とても許される事ではない。私は悔いた。悔いたが、腹が減って、ヤキマンジュウを喰らった。無心でヤキマンジュウを喰らった。


 それから何か月かして、自宅のあるカンラーグンの町に戻る事が出来た。

 どうやって連れてこられたか分からなかったけど、ナカセンロードか、アラリバーまたはトネリバーにさえ出れば家に帰る事ができる。ナカセンロードを見つけた時には安堵したものだった。

 生け贄と差し出された女が帰って来たのだ。そりゃ町の人間は驚く、と思っていたが、どうもその熱も冷めていたらしく、すんなり受け入れられた。人間の熱の、熱しやすさと冷めやすさは、魔族でもきっと驚く程だろう。いやきっと魔族以上だ。魔王軍のみんなは情に厚かった。みんなよくしてくれた。親切だった。こんなおばさんに。

 父と母は、相変わらずだった。父は何も言ってくれなかったが、母は私を抱きしめててくれた。幾つになっても、娘は娘と言って、抱きしめてくれた。

 私が心配をかけていた間に、父も母もまた一回り小さくなっていた。年老いた母に、歳を取った娘が、抱きしめられるなんて、私も思っていなかった。今度は親孝行しなければならないと、思った。出来る範囲で。


 私はあれから毎日、私の為に死んだ魔王軍の為に祈っている。

 魔族は死んだら天国に行くのか、地獄に行くのか、知らないけれどあなた達が美味しいと言ってくれたヤキマンジュウを沢山食べられるように、と。

 そして私は相変わらず、独り身だ。早く父と母に孫の顔を見せてやりたいが、まだ、誰のものでもない。

 


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